18-37.リーングランデ異世界に行く(1)
※ハヤト側のお話は「15-幕間1:ハヤト・マサキ」を参照ください。
サトゥーです。忙しい間は目の前の仕事に追われて気がつきませんが、急に暇になるとついつい自分の人生について考えてナイーブになってしまう事があります。まあ、そんな時は友人を誘ってカラオケやキャンプにでも行けば解消されますけどね。
◇
「ただいま! 異世界ベジガルドの危機は解決したわよ」
「おかえりなさい、アリサ。サトゥー様、今回は早かったですね」
孤島宮殿で留守番をしていたシスティーナ王女が出迎えてくれた。
神様としての力は、この世界の防衛システムを再構築するのに回しているから、今のオレには昇神直後に宇宙怪獣狩りをした時のような超越的な力は残していない。
必要ならすぐにあの状態に戻せるけど、あの全能感を常に持っていたら、そのうち増長して「人類を導かねば!」とか言い出しそうで怖かったんだよね。
「たらりま~?」
「駆けつけ三倍のお肉さんを希望なのです!」
「ポチ、はしたないですよ」
「でもでも、野菜の味がするお肉はもう嫌なのです」
さっきまで行っていた異世界は植物優位の世界だったせいか、普通の動物性タンパク質があんまり摂取できなかったんだよね。
ストレージの中には豊富にお肉があったんだけど、世界の違いからか腐敗しやすくて、少量ずつしか調理しなかった。
そのせいで獣娘達がお肉欠乏症ぎみだったのだ。
「そう?」
「イエス・ミーア。あれはあれで美味だったと告げます」
野菜好きのミーアや好き嫌いのないナナは問題なかったらしい。
「うふふ、すぐに用意してあげるわね」
「ルル様、宴の準備なら私達メイドにお任せください!」
ルルや家妖精のメイド達の後を追って、ポチとタマが駆け出し、おすまし顔のリザも尻尾を楽しげに揺らしながら食堂の方へと歩いていく。尻尾は正直だ。
「おかえり、イチロー兄ぃ」
「ただいま、ヒカル。こっちは何も起きてない?」
ゲートを潜って王祖ヤマトことヒカルが姿を見せた。
オレの帰還を察知したようだ。
「無論じゃ、わらわ達が目を光らせておるからな」
ふああとあくびをしながらカグラ――竜神アコンカグラが答えた。
お寝坊さんのカグラの事だから、世界の監視は七柱の神々や魔神に任せてのんびり昼寝をしていたに違いない。
その証拠に、オレの内心が読めるカグラが文句も言わずにそっぽを向いて口笛を吹いている。
オレはカグラの髪を撫で、庭園に向かう。
庭園の屋根付き洋風東屋には、ボルエナンの森のハイエルフ、愛しのアーゼさんと鬱魔王シズカ、そして聖女セーラの三人がいた。元魔法兵のゼナさんはマップ情報によるとセーリュー市に里帰り中らしい。
他のブライダル・ナイツのメンバーは、地上のパトロールをしているようだ。
「ただいま」
「サトゥー!」
「おかえりなさい、サトゥーさん」
アーゼさんが笑顔で立ち上がり、セーラさんもにこやかに迎えてくれる。
「――やばっ」
鬱魔王シズカだけは、慌てた様子でテーブルの上の薄い本を必死に隠そうとして失敗している。
裸の男性が絡み合う表紙が見えたが、そこは言及せずにアーゼさんやセーラとにこやかに立ち話してシズカが片付け終わるのを待つ。
「こちらは変わりありませんでしたか?」
「ええ――」
アーゼさんが少し口籠もった。
「何かあったんですか?」
「いいえ、ありません」
強い口調で否定したのはアーゼさんではなくセーラだ。
どうしたのかとアーゼさんに視線で問うたが、曖昧な笑みが返ってくるだけで明確な回答はない。
「私の愚姉がお酒に溺れてみっともない姿を晒しているだけです」
セーラはそう言うと、この話はこれでお終いと言って、異世界ベジガルド救済の話に変わってしまった。
セーラの姉、リーングランデ嬢が酒に溺れているという話は気になるが、セーラは話を続けたくなさそうなので、後で様子を見に行くとしよう。
◇
「リーン、あんまりー飲み過ぎはー良くないですよー」
「何よ! ロレイヤだって飲んでるじゃにゃいの! ろうして私はらめなのよ!」
「もうー、呂律が回ってーないじゃないですかー?」
酒保の奥から先代勇者ハヤトの従者であるリーングランデ嬢と神官ロレイヤの声が聞こえる。
「らによー! そこのあんた! こっちきてお酌しなさい!」
「絡み酒はー、だめなんですよー?」
「そうよー、私は駄目な女れすよーだ」
執事っぽい服装のウェイターに絡もうとしたリーングランデ嬢が、ロレイヤに羽交い締めにされていた。
「どうせ、私なんかハヤトに捨てられちゃうような女ですよー」
リーングランデ嬢がやさぐれている。
「空きっ腹にお酒は身体に悪いですよ」
テーブルの上がお酒の空き瓶ばかりだったので、ストレージから取り出した肴をテーブルに並べる。
「サトゥーも一緒に飲みなさい」
リーングランデ嬢に手を引かれて席に座らされた。
酔っ払っているせいか、リーングランデ嬢がスキンシップ過多だ。
神官ロレイヤに視線で救助を求めたら、なぜかリーングランデ嬢の反対側に座ってスキンシップが二倍になった。
なんとか柔らか天国から逃げ出せた頃には、神官ロレイヤは酔い潰れており、リーングランデ嬢もぐだぐだな状態だった。
「閣下、我が神殿の者が失礼いたしました」
神官ロレイヤは神殿の人達が迎えにきてくれた。
「リーングランデ様、こんな場所で眠らずに、ベッドで寝てください」
「……うーん。運んで」
「では使用人を呼びましょう」
「イヤ、サトゥーが運んで」
今日のリーングランデ嬢は我が儘だ。
肩を貸そうとしたら、お姫様抱っこで運ぶのを要求された。
甘やかさず「理力の手」で浮かべて運ぼうと思ったのだが、彼女が漏らした「ハヤトのバカ」という甘い呟きに負けて彼女のリクエスト通り運んでやる。
「さあ、着きましたよ。ここに水差しとコップをおいておきますから、寝る前に飲むようにしてください」
水分をちゃんと取っておけば、二日酔いになりにくいからね。
「……うん」
リーングランデ嬢が素直に頷いた。
さて、帰ろう――。
「うわっ」
いきなり腕を引かれてベッドに引き摺り込まれた。
「あれだけ女の子を侍らしてるんだから、慣れてるんでしょ?」
そういいながら、リーングランデ嬢が服をはだける。
「ハヤトの事……忘れさせてよ」
リーングランデ嬢の潤んだ瞳と甘い呟きに、一瞬だけ誘惑に負けそうになったが、愛しのアーゼさんの顔が脳裏を過って回避できた。
「悪ふざけはいけませんよ」
オレはリーングランデ嬢を魔法で眠らせ、部屋の入り口から覗いていたメイドに、彼女の着替えを頼んで逃げ出す。
リーングランデ嬢がやさぐれている原因もなんとなく分かったし、あとは恋愛系に強い仲間達に相談してみよう。
◇
「なるほどね~」
一通り状況を話し、どう対応したら良いかを相談する。
相談相手はアリサ、ミーア、カグラ、アーゼさんの四人だ。
「素直に抱いて忘れさせてやればいいじゃろ」
カグラがいきなり問題発言をする。
アーゼさんがいるのに、その選択肢はない。
もっとも、当のアーゼさんは――。
「サトゥーとリーンの子ならきっと可愛いわ」
――なんて発言をしていた。
「そんなの、ダメよ!」
「ん、ダメ」
「どうして? リーンはいい子よ?」
即座に却下するアリサとミーアの鉄壁ペアの反応に、アーゼさんが不思議そうに首を傾げた。
長寿過ぎる彼女の感覚はたまに驚かされる。独占欲がないというか、好きな人は子だくさんの方がいつまでも一緒にいられるという価値観をしているんだよね。普通の人間だった頃にも言われたけど、それは昇神した今も同じらしい。
「男というのは種を拡散させる生き物じゃ。そんなに束縛ばかりしていては嫌われるぞ?」
「き、嫌われたりしないわ」
「ん、心配無用」
カグラが意地悪な顔でアリサとミーアをからかう。
「ね、ご主人様」
アリサとミーアが不安そうな顔で見上げてきたので、即座に首肯する。
「カグラ、意見を出してくれたけど、その案は却下で」
「なぜじゃ? 庶民の頃の倫理観など、今のそなたには無意味じゃぞ?」
「それは暴論だわ!」
カグラの言葉にアリサが抗議する。
「自然界では力のあるオスが多数のメスと子をなすのは普通じゃ」
「飛躍」
「そうそう。動物と一緒にしないでよ」
「そんなに違いはないんじゃがなあ」
カグラが神様視点でぼやく。
「ねぇ、サトゥー。リーンは先代勇者の子が好きだったのよね?」
「ええ、そうです」
「だったら、その子に会わせてあげたら? サトゥーならできるでしょ?」
「確かに出来ますが……」
アーゼさんにこの世界と地球の社会や文化の違いについて説明して、会わせるだけでは解決しない旨を伝える。
「そんなの、愛する二人の前では問題にならないと思うの」
「まったくじゃ。愛は時空を超越するのじゃ」
アーゼさんの尻馬に乗ったカグラが、色っぽい目でオレを見る。
まあ、言わんとする事は分かる。彼女の愛ゆえに、今のオレがここにいるわけだし。
「ん、同意」
「問題になるのは言葉と戸籍くらいでしょ? ご主人様ならなんとかできるんじゃない?」
ミーアとアリサもアーゼさんの意見に賛成らしい。
「言葉は日本語用の翻訳指輪を作れば良いし、精神魔法を使えば、戸籍くらい作れるんじゃない?」
それは可能だ。
「問題はそこじゃないんだ」
そもそも勇者ハヤトはリーングランデ嬢に恋愛感情を抱いていなかったんだよね。
「件の勇者には他に好きな女子がおったのかや?」
カグラの問いに、アリサが恥ずかしそうに小さく手を挙げる。
「なんじゃ、アリサが好きじゃったのか」
「そうなの?」
「ええ、彼は小さい子が好みみたいで」
アーゼさんの問いに答える。
「つまり、ハヤトさんは背の低いスレンダーな子が好みなのね?」
「まあ、間違っておらんが、ようは幼女趣味なんじゃよ」
彼はイエス・ロリータ、ノー・タッチな紳士です。
「よく分からないけど、十数歳くらいなら誤差じゃない?」
「ん、誤差」
アーゼさんの言葉にミーアが同意する。
長命種らしい意見だ。
「人族だと誤差じゃないの」
低年齢での出産は母体への負担が大きいし、倫理的な問題もあるしね。
「なら、若返らせればいい。若い娘が好きな男なら、リーンをロリコン勇者が求める歳まで若返らせれば問題あるまい」
カグラがなんでもない事のように言う。
「そういえば若返り薬とかあったわね」
「そんなものに頼らずとも、イチローなら年齢遡行くらいできるじゃろ」
まあ、できるけどさ。
「でも、リーングランデさんを幼女にしたからといってハヤトが振り返ってくれるかは――」
「無論じゃ。我らはお膳立てだけで良かろう。若返った状態で相手の男を堕とせるかどうかはリーンの腕次第じゃな」
その方が面白いとカグラが言う。
◇
「ここがハヤトのいる世界なのね!」
とりあえず話だけでもと思って、カグラの提案をリーングランデ嬢に伝えたところ、即決で同意したので、さっそく小学生くらいの年齢に若返らせてから、地球までユニット配置でやってきた。
今の彼女はアリサコーデの幼女ファッションに身を包んでいる。どちらかというとリアル小学生の服装ではなく、魔法少女系の衣装だ。
リーングランデ嬢の戸籍はまだ作っていない。
身分証代わりの偽造パスポートだけだ。
「それでハヤトはどこにいるの?」
「今からハヤトさんの家に行くから落ち着いて」
オレは拠点用に確保していたタワーマンションの最上階から地上へと降りる。
移動用のタクシーはエレベーターに乗る前に呼んでおいた。
目的地もタクシーアプリで配車する時に登録済みなので楽だ。決済も登録してあるクレカで引き落とされるので手間がなくていい。
もちろん、このクレカもスマホも正規の契約だ。海外では大金を積めば国籍を買える国もあるので、重宝している。リーングランデ嬢の戸籍も同じ方法でゲットするつもりだ。
オレ達が乗り込んだタクシーは、十数分で真崎家へと到着した。
「ここね」
ドアノッカーを探すリーングランデ嬢に「これを押すんですよ」とインターフォンを指し示す。
「はい、どちら様――」
ハヤトの声にリーングランデ嬢の瞳が輝く。
「――サトゥー? 久しぶりだな。すぐ開けるよ」
インターフォンのカメラには、小学生サイズのリーングランデ嬢は映っていなかったようだ。
「今日はどうし――」
「ハヤト!」
扉を開けて出てきた高校生の勇者ハヤトに、リーングランデ嬢がタックルするような勢いで抱き着いた。
「うわっ――ロリっ子?」
ハヤトは顔をほころばせた後、視線でオレに説明を求めてきた。
「私、来たわ!」
「まさか、リーン?」
「そうよ!」
一目で見抜いたハヤトの首に、リーングランデ嬢は幸せそうに抱き着いた。
※次回の更新は 5/8(日)の予定です。
※最新刊の「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」25巻は5/9(月)に発売予定です。セーラ・ファンの方お待たせしました。久々にセーラが本編に登場しますよ~。詳しくは活動報告の記事をご覧下さい。







