18-28.迷宮都市の少年(2)
「すごい人だな」
大盾のジェルさんと別れてしばらくして、俺達はさっきの白い建物――西探索者ギルドへと辿り着いていた。
ここはどこも人がいっぱいで、ここにいる人達だけで、うちの村の人達の倍はいるんじゃないかって思う。
俺達は前を歩いていた探索者志願の子達に続いて列に並ぶ。
「本当に登録はこの列なのかな?」
「ここで合ってるだろ。ザキは心配性だな」
「だって、ほら。前の方に並んでいる人――」
「服に返り血が付いてる。あれって迷宮から帰ってきた人なんじゃないかな?」
俺の指摘を聞いたゴンとザキが顔を見合わせ、「ちょっと聞いてくる」と言って列の先頭に駆けていった。
「聞いてきたぞ。新規登録はあっちの行列だ」
「えー、こっちの行列はなんだったんだよ?」
「こっちは新人探索者講習ってヤツの申し込みだってさ」
新人探索者講習の名前は知ってる。
妹が絶対に受けろって言っていたヤツだ。
「行こうぜ、シャロン」
「待ってくれ、俺は講習を受けてみたい」
「おいおい、俺達は探索者になりに来たんだぜ? コーシューってようはベンキョーだろ? そんなのは村長の息子とか薬師見習いがやってりゃいいのさ」
ゴンがそう言って、強引に俺を引っ張っていく。
「そんな事ないガウよ?」
突然掛けられた声に俺達は驚いて飛び退る。
振り返った先には青いマントを纏った巨漢の犬人がいた。
「おい、あれ見ろ」
「青いマント――『ぺんどら』か!」
「あれは暴風剣のガウガルだぜ。見ろよ、向こうには疾風殺刃のウササや魔弓のラビビもいる」
「一期メンバー勢揃いかよ」
「あいつら、パーティー単独で『区画の主』を狩ったんだろ?」
「マジかよ。眷属でも凄いのに、ついに『区画の主』までか!」
ギルドにいたベテラン探索者達が口々にざわつく。
「騒がしいガウね。とにかく新人講習は必ず受けるガウ。生き延びる確率が上がるガウよ」
犬人がそう言って青いマントの人達が集まる方に歩いていく。
その向こう、入口の方が騒がしくなった。
「――『業火の牙』だ」
体格のいい探索者達が恐れ戦くように左右に割れて、屈強な男達が姿を見せた。
「筆頭――ザリゴンだ」
「『業火の牙』の主力が全員いるぜ」
ザリゴンと呼ばれた人族の男が、青マント達の方に行く。
後で聞いた話だけど、筆頭っていうのは探索者の中で一番偉い纏め役の事だ。アサクだかヤセクだかいう先代の筆頭が引退して彼が継いだらしい。
「よく来てくれた、ウササ」
「ザリゴンさんの誘いとあっちゃ引き受けない訳にはいかないぜ」
ザリゴンが頬傷の兎人と軽く拳を重ねる。
「――聞けぇええええ!」
ザリゴンが兎人と肩を組み、ギルドの人々に向かって叫ぶ。
「俺達、『業火の牙』とウササ率いる『ぺんどら』は――」
「『階層の主』討伐を開始する事を宣言する!」
二人がそう宣言すると、ギルドの人々が足を踏みならし、拳を振り上げて歓声を上げた。
俺達もたぶん周りの新人達も、場の雰囲気に呑まれて、訳が分からないまま一緒に叫んでいた。
うねるような探索者達の叫びに身を委ねていると、轟音とともに炎が飛び散った。
ギルドの高い天井付近で火球が爆発したらしい。
探索者達はその火球を放ったであろう老婆の方に視線を集めた。
「げっ、ギルド長だ」
「あいかわらず、やべぇ婆さんだぜ」
ベテラン探索者達が老婆を見て呆れた口調で言う。
「やかましい奴らだね、まったく」
「あなたもやりすぎ。燃え移ったらどうするの」
「あたしがそんなへまをするわけないだろ」
老婆の後ろから華奢な女の子が出てきた。
周りのベテラン探索者達が「やべぇ、セベルケーア様までいる」「逃げろ、セベルケーア様のお仕置きは洒落にならん」と言ってそそくさと逃げていく。
建物の中で火球を放つようないかれた老婆よりも怖がられる女の子の事が少し気になったが、うちの妹みたいに「触るな危険」みたいな存在に違いないので、迂闊に近寄らないようにしよう。
「ザリゴン、四年ぶりに挑戦する気になったんだね」
「ああ、ウササ達若手に追いつかれる前に、きっちりリベンジしねぇとな」
「今回はカジロさんも手伝ってくれるって話だからな、なあ、ウササ」
「ああ、そうだ。アヤゥメさんには子育てを理由に断られたが、カジロさんは快諾してくれたよ」
ギルド長達の会話に耳を傾けていると、誰かに服の袖を引っ張られた。
「今のうち」
物静かなラサに促されて、俺達は探索者のいなくなったカウンターで探索者登録を済ませた。
「登録完了しました。シャロンさん、これで今日からあなたは探索者です」
俺は職員から受け取った木証を握りしめる。
これから俺の冒険が始まるんだ。
「これが探索者証か……木片じゃん」
「ほんとだな。何か数字が書いてあるだけだし」
感極まった俺と違って、ケロスとゴンは受け取った木証を見て不満そうだ。
「木証は仮の探索者証だから、仕方ないよ。まずは翌々月までに魔物を倒して魔核を五個集める事からだね」
ザキがケロスとゴンを諭す。
「次、行こう」
そんな不満をスルーして、ラサが俺達を引っ張る。
新人講習の登録もすぐにできたが、予約が詰まっているとかで、受講できるのは三日も先らしい。
ついでに新人探索者だけが利用できる長屋の登録もしておいた。一つのパーティーについて一部屋だけど、太守様や迷宮都市の貴族様達が費用を負担してくれるのでタダで泊まれるそうだ。
「貴族なんてサクシュするだけだと思ってた」
「太守様達が投資してくださるようになったのはここ六、七年ですよ。最初に大金を投資してくださったペンドラゴン閣下の影響でしょうね」
ケロスが漏らした呟きを聞き取った職員が、苦笑交じりに教えてくれた。
「行こう。次は二階」
ゴンやケロスはまだギルド長の話を聞きたいみたいだったけど、ザキとラサが人がいない隙に行動しようと主張して、ギルドの二階へ向かった。ここには迷宮の地図があるらしい。
「これが第一区画の地図だよ。ボクは前に写したから持ってるけど、皆もどんな場所か一度見ておいた方がいい」
「これが迷宮――」
俺が想像していたよりも遥かに広い。
「見てみろよ! 魔物の剥製があるぞ!」
地図を見るのに飽きたゴンが、展示コーナーにある剥製の方へ走っていった。
「迫力があるね」
「ああ、ゴブは見た事あるけど、他は初めて見たよ」
迷宮ではアリさえも巨大だ。
「これから、俺達はこの魔物達と命のやりとりをする」
「そう。だから、弱点を知るのは重要」
ラサが台座の板を指さした。
そこには魔物の習性や弱点なんかが書いてある。俺が見ていた迷宮蟻は甲殻が硬く、普通の剣では刃筋を立てて斬らないと弾かれてしまうらしい。甲殻の接合部を狙って突くのがいいらしい。
「よっしゃ! やるぞ! これから迷宮に行こうぜ!」
剥製を見てテンションの上がったゴンがそう言って皆を誘う。
「でも、迷宮に入る前に新人講習を受けろって――」
――妹が。
「三日も待ってられるかよ! 奥に行かなきゃ大丈夫だって! 先っちょだけだから!」
「そうだよ! ゴンの言う通りだ!」
「路銀が心許ないんだから、食費は稼がなくっちゃ?」
「うん、ご飯は大事」
「それはそうなんですが……」
村のダメな大人みたいな事を言うゴンやケロスの勢いに流されるように俺達は迷宮へと向かった。
俺もそうだけど、シナやラサやザキも迷宮への興味が抑え切れなかったみたいだ。
「武器はどうするのさ?」
完全装備のケロスはともかく、他はザキが鉈を持っているほかは短剣くらいしか持っていない。シナなんて調理用の小さなナイフだから、戦闘に使うのはちょっと危ないだろう。
「それなら当てがある。来てくれ」
ザキについていくと、ギルドの裏手にある訓練所の端に幾つもの籠が置いてあった。中身は空だ。
「おかしいな。前はここに破棄直前の武器があったんだけど」
ザキの話だと、訓練で傷んだ武器が置いてあり、欲しい人間が好きに持っていって良かったそうだ。
「新人には危ないから、この時期はギルドの方で回収しているんですよ」
通りかかった太った商人風の人が教えてくれる。
「仕方ねぇ、短剣だけあればなんとかなるって! 行くぞ!」
「ちょっと待ちなさい」
行こうとしたゴンを商人が止める。
「ベテランなら短剣でも大丈夫ですが、素人では危険ですよ。仕方ありません、袖擦り合うも他生の縁と申しますし」
ソデスリャーウ? 他の国の人かな? なんとなく妹語に似ている気がする。
「これをどうぞ。蟻爪の短槍です。エチゴヤ商会の見習職人達が手がけたもので、あまり頑丈ではありませんがデミゴブリンくらいの相手なら使えるでしょう」
「くれるのか? 俺達、金ないぞ?」
「もちろん、無料で差し上げます」
「やったー! これで迷宮に行けるぞ!」
「ありがとうございます、本当にいいんですか?」
「ありがとう、おじさん」
「感謝する」
「ありがとう、大切に使う」
「僕はいいや。盾があるし、立派な剣があるからね」
ケロスだけは断っていたけど、俺達は口々に礼を言って短槍を受け取る。
「名前、教えて」
「私の名前ですか?」
「うん。将来強くなったら、お礼したいから」
「俺も知りたいです」
「私も」
ラサが引き留め、俺やシナが言葉を重ねると、商人がほっこりした顔で口を開いた。
「私は行商人のアキンドーです。ギルドか中央通りにあるエチゴヤ商会の支店に言伝していただければ会えますよ」
アキンドーさんはそう言って俺達の前を去っていった。
俺達が名乗り忘れていたのを気付いたのは、彼の姿が建物の向こうに姿を消した後で、慌てて追いかけたけど、彼の姿は既になく、名乗りを上げる事はできなかった。
俺達は気を取り直して迷宮へと向かった。
◇
「これが迷宮!」
重厚な扉を入ると、半地下のような通路に出た。
天井付近に等間隔で明かり取りの窓があり、そこから落ちる明かりで通路が見える。
前の方には俺達と同じような新人探索者が何人もいる。
「ここはまだ迷宮じゃないよ。『死の通路』っていう迷宮に繋がる通路さ」
「おいおい、物騒な名前だな」
ザキの発言にゴンが気味悪そうな顔をする。
俺も同感だ。これから迷宮に行くって言うのに、そんな縁起の悪い名前を付けないでほしい。
「どけどけえぇえええええ!」
前方の方から怒声が聞こえた。
焦ったような足音がどんどん近付いてくる。
前を歩いていた新人達が左右に割れ、その中央を探索者達が駆けてくる。
よく見ると血だらけで、担架のようなモノに誰かを乗せているようだ。
俺達の横を通る時、担架に寝かされている人の身体に巻かれた布が真っ赤に染まっているのが見え、通り過ぎた地面にボタボタと血が垂れているのに気付いた。
――あれはもう助からない。
狩りで怪我した大人達が死ぬのを何度も見たから分かる。
「止まれ!」
「邪魔するな!」
後ろで言い争う声が聞こえた。
「このままじゃ、外まで保たないぞ。これを使え」
「魔法薬? 悪いが金がない」
「構わん。代金はいらん、使え」
「恩に着る」
ベテラン探索者が与えた魔法薬で、怪我人の傷が癒えたらしく、ここまで歓声が聞こえた。
「ありがとう、助かった。俺達に恩人の名前を教えてくれ」
「俺は『赤い氷』のジェジェだ」
「この恩は必ず返す」
「気にするな。俺達も同じように助けられた事があるんだ。今度はお前達が誰かを助けてやれ」
ジェジェと名乗った探索者がそう言って立ち去り、呆然と見物していた俺達を追い抜いて迷宮の方へ去っていく。
「かっけー、俺もあんな風に言ってみたいぜ」
「はい、尊敬に値しますね」
ゴンとザキが感心した顔でジェジェの消えた方を見つめる。
俺も彼と同じように、誰かを助けられる人間になりたい。
そう思ったのは他の探索者達も同じようで、同じような事を語り合う探索者達が何組もいた。
俺達はジェジェの後を追うように通路を進んだが、追いつく事はできずに迷宮門に辿り着いてしまった。
「あれ、なんだろう?」
俺達より年下の子供達が、迷宮門前の少し広い場所に固まって座っている。
誰も彼も空の背負い籠を持っていて、女の子の比率が高めだ。
「運搬人の子達でしょう。探索者だけだと戦利品を運びきれませんから、ああした運搬人を雇うんですよ」
ザキが教えてくれた。
「迷宮に行くなら、ここで探索者証の番号と探索期間を申告しろ!」
迷宮門前にいたギルド職員がそう言って俺達を呼ぶ。
俺達は順番に木証を見せ、日帰りで戻る旨を伝え、職員から簡単な注意を受けた。
「ドゾン様だ!」
「「「ドゾン様ー!」」」
運搬人達の騒ぎに振り返ると、巨漢の探索者達が迷宮門から帰ってきたところだった。
「有名人なんですか?」
「ええ、人望では探索者一ですね」
さっきの筆頭さんよりも人望があるのかな?
ドゾン様の仲間が大きな背負い籠を床に置き、魔核や戦利品の報告をしている。
「行こう」
なんとなく見物していた俺達をラサが促し、迷宮門に行く。
「今日は暴食犬の肉を持って帰ってきたぞ!」
「「「わーい! お肉だー」」」
背後に歓声を聞きながら迷宮門を潜る。
ちょっと心惹かれるものがあったけど、早く迷宮に入りたい気持ちが勝って、俺達はそのまま先を進んだ。
※次回更新は、9/12(日) を予定しています。
※小説版「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」EX2巻が8/10に発売されました! 店舗特典SSや描き下ろし短編120ページ、あやめぐむ先生の漫画やサトゥーの旅路をTRPGサプリメント風に描いたロードマップなど、盛りだくさんです。詳しくは活動報告をご覧ください。







