18-24.流れ星(1)
※このお話は本編10章あたりのこぼれ話です。
星が一つ流れた。
昼間ゆえ、それに気付いた者も少なく、人里離れた未開地に落ちたのもあって、口の端に上る事も少なく、人々に忘れ去られていった。
この出来事があった日、オレ達は運悪く地下に潜っていてそれを知らなかった。
もし、それを目撃していたなら、あの惨事を防げたのだろうか……。
◇
『サトゥー! 我らはやったぞ』
その「無限遠話」が届いたのは、久々の迷宮行から戻った日だった。
『世界樹を狙ってきた数百ものクラゲどもを「ぶるぐとむ・あい」で一掃してみせたぞ!』
通信相手はブライナン氏族のハイエルフ、ケーゼさんからだ。
彼女の言う「ブルグトム・アイ」というのは、ブライナン氏族で開発された超射程レーザーを操る虚空専用の目玉型の疑似精霊だ。
開発にはオレも協力させてもらったから、わざわざ戦果報告をしてくれたのだろう。
「それはおめでとうございます」
『うむ。これもクラゲの接近を早期に発見したカカシのお陰だ。感謝するぞ、サトゥー!』
自立型ゴーレムのカカシはちゃんと任務を果たしたようだ。
それにしても、今日のケーゼさんはテンションが高い。
ライバルであるベリウナン氏族のサーゼさんみたいだ。
その後、少しテンション高めのケーゼさんと今後のクラゲ警戒網の改善点なんかを話し合った後、通信は切れた。
「終わった? 口調からしてアーゼたんからじゃないわよね?」
「ブライナン氏族のケーゼさんからだよ」
興味津々のアリサ達にケーゼさんからの話を伝え、屋敷へと帰還した。
「――流れ星?」
「はい! 昨日、北の空にいっぱい降ったんですよ!」
「半年ほど前の星降りと違って、すぐに終わっちゃいましたけどね」
屋敷に戻ると幼女メイドが、そんな話をしてくれた。
迷宮に潜っている間は、地上の事に疎くなるので、非常にありがたい。
「そんな事より、アリサちゃん! ネルさん達の屋台がすごい人気だよ!」
「粉物の屋台よね? アドバイザーとしては鼻が高いわね」
「新製品の甘~い、蟻蜜お好み焼きが人気なんだって!」
「へー、じゃ、明日のお使いの帰りに奢ってあげるわ」
「ほんとー? やったー!」
幼女メイドがアリサの周りで飛び跳ねて喜ぶ。
甘いお好み焼きというのは味が想像つかないけど、ホットケーキやクレープ的なモノと考えたらアリかな?
この日に得られた情報はありきたりなモノばかりで、すぐに迷宮都市セリビーラでの刺激的なできごとに埋もれてしまった。
今日の事を思い出すのはもう少し先の事になる。
◇◇◆◇◆◇◆◆
「森の様子がおかしい?」
「んだ。森の奥にしかいない獣が沢まで出てきてただよ」
「今日は緑猪が獲れたぞ。斑鹿も獲れたんだが、運べないから沢に漬けてきた。肉を食いたいヤツは手伝ってくれ」
ノロォーク王国の辺境にある村で異変が起きていた。
異変と呼ぶには些細な出来事だが、後で考えればそれは凶事の前触れだったのだ。
「今日も獲物か?」
「ああ、今日は大角と六足猪だ。そろそろ狩るのが難しい獲物が増えてきたよ」
「大角は高く売れるし、六足猪は美味い。人手が足りなかったら、若い衆を行かせるぞ」
「それもいいかもしれねぇな」
村のそこかしこで食べきれなかった肉が干し肉に加工されていた。
「緑猪はー?」
「それも狩ったぞ、ゴフェー。斑鹿もだ」
「えー、斑鹿はあんまり美味しくないからなー」
「贅沢を言うヤツにはスジ肉しかやらんぞ」
今までは取り合いになった肉も、部位や種類を選別するほどに豊猟だった。
「ゴフェーはどうした? いつもなら狩りから戻ったら駆け寄ってくるのに」
「いい加減肉に飽きたんじゃないか?」
「違う違う、珍しく熱出して寝込んでるってよ」
「そうか、健康だけが取り柄のゴフェーがな~。新鮮なレバーがあるから持っていってやってくれ」
「いつも悪いねぇ」
「良いって事よ」
一晩で治ると思われていた肉好きのゴフェーだったが、村人の予想に反して長く伏せる事になる。
「干し肉は余りそうだな」
「なら、街まで売りに行くべ」
「そろそろ行商人が来る時期だ。たまには儲けさせてやろう」
「んだな」
加工された肉は冬越しに必要な分を軽く超え、余分なモノは行商人達の手によって王国の各地へと運ばれ、村の人々に少なくない臨時収入を齎したのだ。
村では季節外れの流行病で寝込む村人が増えてきたが、この臨時収入のお陰で薬を買い求める事ができた。
「村長! 若い衆が二人やられた」
「早く治療を! 何に襲われたんだ? 大角か? それとも魔物か?」
「いや、斑鹿だ」
「斑鹿? 慣れない若衆が逃げ道を塞いじまったのか?」
「違う。斑鹿の群れが襲いかかってきたんだ」
「――あの臆病な斑鹿が?」
「ああ、変だろ? オヤジや爺様からも聞いた事がない。村長は何かしらんか?」
「代々狩人を営むお前の一族が知らん事をワシが知るはずもなかろう」
「しばらくは猟を休むか」
「そうだな。肉はもう十分だ。干し肉を作る為の塩が足りんほどだしな」
「問題は――」
「ああ、獣が山を降りてくるかもしれん。しばらくは麓の辺りに罠を仕掛けて回るよ」
「頼んだぞ」
幸いにして村長や猟師が警戒していた山の獣達による村の襲撃という事態は起きなかったが、罠に掛かる獣がやたら暴れ回るという。
「ゴフェーが死んだ?」
「ああ、血を吐いて死んだらしい」
「いつもの流行病じゃないんだべか?」
「分からん。今年は金もあるし、街から神官様か薬師様に来ていただこう」
「んだ。それがええ」
彼らは知らなかった。
この病が近隣の村々でも少しずつ蔓延を始めていた事を。
◆◆◇◆◇◆◇◇
年の瀬も迫ったある日――。
迷宮都市セリビーラから王都への移動準備を進めていたオレ達ペンドラゴン家一行の所に、ノロォーク王国のミーティア王女が訪れていた。
「――相談、ですか?」
幼い顔に深刻な表情を浮かべてミーティア王女が頷いた。
「うむ、我が国で原因不明の病が蔓延しているのじゃ」
「どのような病でしょう? 病名は分かっているのですか?」
「分からぬ。太守夫人の紹介で医術を治めた高位神官を派遣したのじゃが、その方にも原因はおろか病名すら分からぬとの事じゃった」
「鑑定スキル持ちも同じ答えを?」
「うむ、その高位神官殿の助手が高レベルの鑑定スキル持ちじゃった」
病気の人が少数なら万能薬や下級エリクサーで解決だけど、国中に蔓延しているなら難しいだろう。
「症状」
「そうそう患者はどんな症状を発症しているの?」
浮気防止に同席していたミーアとアリサがミーティア王女に問う。
「色々あるが、共通しているのは発熱と吐血じゃ。詳しくはココに書いてある」
ミーティア王女の老侍女が書類を渡してくれる。
発熱が長く続く病で、症状が悪化して血を吐いたら、その日の内に一〇〇パーセント確実に死に至るらしい。
発疹ができたり、攻撃衝動が高くなったり、逆に眠気を訴えたりする者も多く、中には吐血前にお腹が痒いと訴える者もいたそうだ。
「何か変なモノを食べたとか?」
「分からぬ。書類には書かれておらなんだし、昨年は豊作だったゆえ、喰い慣れておらぬモノを口に運ぶような事もないはずじゃ」
「異変は?」
「森の獣がいつもより凶暴になったと手紙や書類を届けた兵士が言っておった。魔物の領域から強大な魔物が移動してきたのかもしれん」
ミーティア王女がアリサとミーアの質問に答える。
ここまで答えが返ってくるとは思わなかった。
ミーティア王女は幼い外見でも、ちゃんと王族をしているね。
「事情は分かりました」
聞き取りを終え、居住まいを正す。
ミーティア王女が真剣な目でオレを見つめる。
「私は病の専門家ではありませんし、仲間達を感染の危険に晒すわけにはいきません」
「……そうか」
アリサとミーアが何か言いたそうだったが、オレは目配せでそれを制した。
「ですが、専門家には心当たりがあります。近日中にノロォーク王国に派遣できると思いますよ」
「本当かや?!」
まあ、専門家は変装したオレ自身だ。
オレなら疾病耐性で感染の危険も低いし、メニューのAR表示なら病気の種類も判明しそうだ。
もし、オレに病気が特定できなくても、専門知識豊富なエルフやノーム達に助力を求める事もできるからね。
「ええ、すぐに連絡を取ります。ヒポクラテスという人物を派遣しますので、国許に手紙を出していただけると幸いです」
「分かったのじゃ! 鳥人便と伝書鳩で今日中に送る!」
ミーティア王女はそう口にすると、挨拶も忘れてバタバタと部屋を飛び出ていった。老侍女さんがミーティア王女の代わりに非礼を詫び、「お姫様~」と呼びかけながら後を追いかけていった。
「ミーティアたんってば、そんなに嬉しかったのね」
「ん」
アリサとミーアがそんな会話をしていると、ふたたびバタバタと足音がしてミーティア王女が扉から顔を出した。
「サトゥー殿! 助力感謝なのじゃ!」
それだけ笑顔で告げると、再び廊下へと消える。
途中でお礼を言っていないのを思い出して駆け戻ってきたらしい。
「わたし達も行くわよ?」
「ん、同行希望」
「ダメだよ」
未知の病気が蔓延している場所には連れていけない。
「病気がうつるから? そんなのご主人様も一緒じゃない」
「一緒じゃないよ。オレには疾病耐性がある」
「それなら私も――」
「待って、アリサ」
勢いでスキルを取ろうとするアリサを手で制する。
「まず、オレが現地に赴いて調査する」
「だから、ダメだってば! ご主人様の耐性だって完璧じゃないのよ? 疾病耐性スキルのツリーには疾病無効だってあるんだから」
それは初耳。
「それに無策じゃ行かないよ。虚空で使った風防の魔法と生存スキルを併用して無菌空間を維持するつもりだ」
「接触」
「そうよ! インフル予防にも手指の消毒が重要だったじゃない! 無菌空間の中にいても安全とは限らないわ!」
ミーアとアリサがなかなか手強い。
「それなら、エルフ達が着ていた虚空服を着ていくよ。あれなら、宇宙空間での作業用だし、漏れもないだろ?」
虚空用ゴーレムの操縦士が着ていた薄手の虚空服なら、作業の邪魔にもならないだろうしね。
「それなら――」
「呪詛」
「――呪詛?」
ミーアから意外な言葉が飛び出した。
「病気の原因が呪詛かも知れないって事?」
「ん、呪詛疽、呪悔病……他にも、いっぱい」
ミーアが言葉を継ぎ足しながら説明してくれた。
なるほど、現代知識で防疫していても、そっちは防げないか――。
「そっちは虚空服の裏側に、聖碑に使った浄化の魔法陣やルーンを組み込んでおくよ。それなら、安心だろ?」
「……ん」
ミーアはまだ心配そうだけど、なんとか納得してくれそうだ。
「アリサもそれでいいね?」
「うん、そうね。それだけあれば――ちょっと待って」
納得しかけたアリサだが、何かに気付いたような顔で待ったを掛けた。
「それだけの装備があれば、わたし達も同行できるじゃない!」
「――あっ」
しまった。
そう言われて見れば確かにそうだ。
「よっしゃー! それじゃ、ご主人様! 装備の調達よろしく!」
アリサにしてやられたけど、それだけの装備があれば連れていっても大丈夫だろう。
オレは空間魔法の「遠話」でボルエナンの森に連絡を取り、人数分の虚空服の調達をお願いした。
意外にも在庫があったので、その日の内に対呪詛魔法陣を組み込む改造ができた。
さて、ミーティア王女の手紙より早く着きそうだけど、善は急げで、さっそくノロォーク王国へ向かうとしようか――。
※次回更新は 7/9(金) 12時頃を予定しています。
※小説版「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」23巻「要塞都市アーカティア」編は7/9発売予定です。
コミカライズ版デスマ12巻「ドワーフの里」編も同日発売なので、こちらもよろしくお願いいたします。
詳しくは活動報告の記事をご覧ください。







