5-12.トラザユーヤの迷路(3)
※今回は残酷な描写が存在します。苦手な方は注意してください。
※2018/6/11 誤字修正しました。
サトゥーです。飽食と言われる日本に住んでいるせいか今まで飢えた事はありません。
曾祖母が昔話してくれた戦時中の話のように、どこか遠くの出来事のように感じてしまいます。
◇
魔術士の体から噴出した紫色のオーラが、ゴーレムや美女達だけでなく、オレをも包む。
ログで一応確認したが、ちゃんとレジストできたみたいだ。スキルを取得できなかったのはユニークスキルだからだろう。
「では良き死闘を期待するのだよ」
そう言って魔術士は手元の譜面台のような迷路核の操作板に指を走らせる。
玉座の間と広間との間に壁ができた。マップで確認すると単なる壁ではなく、他の迷路のブロックと同じように別の場所に移動したようだ。
顔に向かってきた魔法の矢を、首を傾けて避ける。
飛んできたほうを見ると、夜叉もかくやというような形相の元美女達が居る。殴りかかってくるゴーレムを、その勢いのまま空気投げの様に投げ飛ばす。
瞬殺してもいいのだが、ゴーレムの方は魔術士のユニークスキルの見極めに利用したい。
1体目をいなしている間に2体目が来る。
距離を調整しつつ、ゴーレムの片足に連射魔法銃の弾丸を集中的に撃ち込む。10発ほどで膝が破壊できた。
3体目の殴打を受けてみる。体力は一桁しか減らないので数値的にはよく判らないが、ワガハイ君と同程度には強いんじゃないだろうか?
レベルは30のままだが倍のレベル相当なんだろうか? 広間のゴーレムと比べたいところだが、一撃で倒したので比較できない。ちゃんと戦っておけば良かった。
それでも多くて倍のレベル相当までしか強化できないなら、このユニークスキルは心配する程でもないな。
次に3体目の殴打を受け流して、2体目に直撃させる。2体目の頭が砕かれただけでなく、殴ったほうのゴーレムの拳も破壊されている。
なるほど、「限界突破」と言うだけはあるみたいだ。
その隙を突いて元美女達が、魔法の矢を連射してくる。魔法の矢は彼女達の額の前に出現した小さな魔法陣から発射されている。
適当に動いて回避するが、多少は追尾する機能があるらしくしつこく追ってくる。避け切れなかった分は、連射魔法銃で迎撃した。
5人で撃ってるにしては本数が多い。よくこれだけMPが保つな。
頭が破壊された2体目も、まだ動いている。そして、両手をオレに突き出してくる。
もしかして?
おれの予想とは少し違ったが、10本の指をミサイルのように発射してきた。オレはそれを余裕を持ってかわすが、近くまで来たところで爆発しやがった。
体へのダメージはともかく、服がボロボロだ。
空中に浮いているときを狙って、元美女達の魔法の矢が殺到する。
タイミングを合わせたゴーレムの拳も接近する。最初に投げ飛ばした1体目だ。
銃はさっきの爆発の影響が怖いので、使いたくない。
ゴーレムの拳を足場にしたいところだが矢の方が先に当たりそうだ。
オレは早着替えスキルで外したマントを、近くの柱に叩きつけて軌道を変え――
――矢と拳を回避する。
矢はゴーレムに突き刺さったが、ゴーレムの体力が1割弱減る程度だった。当たってもダメージ自体は少なそうだが、痛いのは嫌だ。
それよりも元美女達の様子が変だ。なんというか夜叉からゾンビにクラスチェンジしたように動きが怪しい。「う~」とか「ああ~」とか言いながら苦しそうにしながら、それでも変わらず、魔法の矢を撃ち出している。
彼女達の様子が気になったので、ゴーレム達にはこの辺で退場してもらう事にする。
落ちていたゴーレムの破片を超高速で投擲する。額の文字とか関係なく胴体を粉砕され1体目が粉砕される。
その投擲後の姿勢の最中に、元美女達の破滅的な姿が見えた。
目や毛穴から血を流し、体の前に槍のように巨大な魔法の矢、いや魔法の槍を出現させている。
さっさと気絶させてやらないと、本当に死んでしまいそうだ。
オレは体勢が戻るのももどかしく、体を彼女達の方に向ける。
だが、それは遅かった。
魔法の槍はオレに放たれ、それを最後に彼女達の命の火も消える。HPゲージがゼロになりゲームキャラのように弾けて消えてしまった。
5本の槍は回避行動を取らなかったオレの体に次々と突き刺さる。
痛い。
「なぜ、そこまでするんだ」
人造生命体の彼女達と自分の価値観が同じとは思わないが、やるせない。
魔法の矢が多すぎる事の意味を考えていたなら……。
オレは迫ってくる残り2体のゴーレムを1体目の破片で破壊した。
ゴーレムとホムンクルス、どちらも作られた存在かもしれないが、見た目がロボのゴーレムを破壊するのには躊躇いを覚えなかった。たぶん、オレの中でゴーレムは機械、ホムンクルスは人と認識しているんだろう。
全ての敵が排除され、オレだけになった広間に再び玉座の間が連結される。
オレはヤツの望みどおり、称号をセットした。
◇
魔術士の拍手の音が広間に響く。
「素晴らしいのだよ。ようこそ、新たなる勇者よ」
魔術士の影が聖剣をオレのもとへと運ぶ。
猫背の魔術士の顔は、背後にある迷路核の虹色の光のせいで見えない。
「あんたの目的は勇者なのか?」
「然り」
「なら、こんな回りくどいマネをしなくても、サガ帝国に行けばいいんじゃないか?」
問いかけるオレの声に険が宿る。美女達の無残な死がショックで、心が荒んでいたようだ。
「ふむ、パリオンの勇者か。我が訪れた時には、既に送還された後だったのだよ」
「次代がいるだろう?」
「もう、そんな季節であったのか。だが、時期が悪いのだよ」
「どういう意味だ」
「説明しても理解できぬよ」
答える気は無いようだ。
問答をしながら、オレは心を鎮めていく。
「なあ魔術士、あんたは本当に死にたいだけなのか?」
「その答えは是であり否なのだよ」
「禅問答はしたくないんだ」
その答えを聞いて、魔術士は狂ったような笑い声を上げる。
フードの影に2つの紫光が点る。
「くははは、そうかキサマも神国から来た輩だったのだな」
「そんな国は知らんよ」
いや、大昔の日本でそんな呼び名があったような気がする。
「カカカカ、誤魔化したところで無意味、キサマは無慈悲な神に何を祈った、何を求めた、何を望んだのだ!」
「何も望んでないよ」
ほんと会った事もないから。
「しいて言えば、休みが欲しいとかかな?」
それならよく願ってた。
「フハハハ、なんと無欲なのだ。正に勇者に相応しいのだよ」
「アンタは、何を望んだんだ?」
そう、どうしてあんたの種族は人族じゃないんだ。
「知っているのだろう? 見えているのだろう? そう我は夜の王にして不死の存在。全能の神に祈ったのは、死なない体、飢えない生活、理不尽な暴力に歯向かう力なのだよ」
「だからそんな体に生まれ変わったのか……」
魔術士は手を横に広げたまま哄笑を止めて首を振る。
「それは穿ち過ぎなのだよ。神は、我を健康な赤子として転生させてくれた。そして、尊敬できる良き両親に育てられ、美しく健気で我には勿体無い伴侶との出会いまで、用意してくれたのだよ」
なら、どうして。
「我は新しい人生に馴染み過ぎたのだよ。前世ではあれほど理不尽な暴力で奪われたというのに、今生は違うと思い込んでしまったのだ」
魔術士はフードを取る。
「妻を見初めた貴族の手によって、我は投獄され、無実の罪で処刑された。神の祝福で今の姿で蘇った我が見たのは、城門前に並べられる両親を始めとする一族郎党のもの言わぬ首。そしてその台の下に、壊れた人形のように投げ捨てられた妻の躯……」
白い頬には涙の雫も無い。
眼窩からは噴出すような憤怒の紫炎。
「哀れみは不要なのだよ。我は一族の躯を不死の一族に変え、同じ境遇で死んだ多くの人々の遺体と共にその貴族に牙を剥き、全て滅ぼしたのだ」
涙が零れるはずも無い。
その姿は白骨なのだから。
「復讐を果たした我は、妻の待つ来世へと旅立つつもりだったのだよ。しかし神の祝福がそれを許さぬ。聖職者の浄化も、苦労して手に入れた聖剣でも、我は死ぬことができなかった」
彼は言う「まさに神の祝福」だと。
「さあ、勇者よ。語るべきすべては語り終えた。我に最後の一突きを! せめて心まで魔王となる前に我を殺してくれ」
そう魔術士ゼン、いや不死の王ゼンが言う。
その狂気を孕んだ言葉に呑まれるように、オレは聖剣ジュルラホーンを抜く。
捩れたドリル状の刃を持つ不思議な剣だ。
その剣を一度祈るように掲げ、不死の王ゼンに渾身の突きを放つ。
「くは、くははは。エナよ、我の片翼よ。今こそ君の許に……」
ゼンの体は砂のように崩れていく。
遅れて地面に広がるローブ。
最後に「感謝するのだよ」と微かに聞こえた。
>称号「不死王殺し」を得た。
>称号「迷路踏破者」を得た。
初めはリッチの予定だったんですが、D&Dの版権という事だったのでノーライフ・キングにしてみました。
※4/23 リッチという名称は版権に触れないそうです。
※お知らせ※
4/23「5-9.影と魔術士」を改稿しました。







