5-8.這いよる影
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。便利なツールを使うのはいいのですが、それを過信するあまり目視の違和感に気がつかなくて、思わぬ失敗をする事がありますよね。
日常でも仕事でも、そして異世界でも。
◇
アリサとリザの夜番が終わる少し前、マップの端に敵影が映った。
這いよる影という魔物が3体だ。聞いたことの無い魔物なので詳細を調べる。レベルは12、「物理攻撃半減」「吸精」という種族固有スキルがあるので、対抗手段が無いと難敵かもしれない。アンデッドではないみたいだ。移動速度はそれほど速く無いので、ここまでたどり着くのは早くて1時間後だろう。飛行型の魔物が尽きたのかもしれない。
オレはメニューの各種表示を戦闘に向いた配置に並べなおす。
そうして開けた視界を胸元に向ける。さっきから胸が圧迫されると思ったらポチとタマが胸と腹の上に乗っかって、「ぐで~」という効果音がでそうな姿勢で腹ばいになって眠っている。
起こさないように一人ずつシートの上に移動させて起き上がる。
「あら? ご主人さま、夜這い?」
「眠れませんか? ご主人さま?」
なぜかリザにダッコされているアリサが声を掛けてくる。リザも眠いのかやや声に力が無い。敵が来るまで少し仮眠させてやるか。
「交代するから眠っていいよ」
「いいの? 次はポチとタマじゃなかった?」
「2人はルル達と一緒に朝方の当番をしてもらうよ」
リザの拘束から解き放たれたアリサが「膝枕して~」と襲ってくるが、抱え上げてルルの横に転がす。アリサも今日は疲れているのだろう、特に文句も言わずルルを抱き枕代わりにして眠ってしまった。アリサにしがみ付かれて苦しそうな表情のルルも可愛い。思わず邪念に囚われそうになったが理性の力で振り払った。
焚き火に小枝を足しながら、マップの監視を続ける。魔物の到着まで、あと50分ほどだ。あれから魔物の追加は無い。
「……喉渇いた」
起き上がってきたミーアに水筒を渡してやる。受け取るとストンとオレの横に座って、コクコクと飲む。
「どうして?」
小さな声でミーアが聞いてくる。独り言でも無さそうだ。
「魔術士から君を庇う理由かい?」
「そう」
「実のところ、そんなに深い理由も無いんだ」
オレの返答がお気に召さなかったのかミーアが黙る。
「危険なの」
「そうみたいだね、昼間は沢山の魔物を使役していたみたいだし」
「ミゼ達も……死んじゃった」
そういえば、エルフと鼠人の接点はなんだろう?
「赤兜さんとは、どこで知り合ったの?」
「森よ」
「ボルエナンの森かい」
「そう」
言葉少なに話すミーアの話を纏めると、10年ほど前にボルエナンの森の外側で、ゴブリンに囲まれて瀕死だった赤兜を彼女の両親が救ったらしい。赤兜は暫くミーアの家に滞在し、ミーアの両親から色々な事を教えてもらい、一緒に学んでいたミーアとも仲良くなったそうだ。彼の被っていた赤い兜は、ミーアの両親が贈った品でミスリル製の逸品なのだそうだ。やはりあるのかミスリル。
赤兜がミーアの事を姫と呼んでいたのは、この事が理由だろう。
「一緒にミゼさんの故郷に遊びに来たところを魔術士に襲われたのかい?」
「ちがう」
いくつか角度を変えた質問で大体の事情がわかった。ミーアは故郷の森で魔術士に攫われて、山中にある迷路に拉致されたらしい。魔術士に「迷路の主」になれと言われて強制的に迷路と契約の儀式をさせられたそうだ。主としては、魔術士を代行者として指名させられたのと一日の半分を主の間の椅子に座らされていた事だけらしい。
ミーアでは迷路を動かす動力には弱いはずだから、鍵か触媒として必要だったのだろう。
「ミゼさんが迷路まで助けに来てくれたのかい?」
「偶然」
ミーアが首を振りながら否定する。詳しく過程を聞いてみると、まず、部屋に戻されるときに魔術士の隙を見て迷路核に触れて緊急脱出コマンドを実行したそうだ。「よく分かったね」と聞いたら「エルフ語」と答えが返ってきた。恐らくエルフ語で書かれたボタンとかを押したんだろう。
そして脱出した先に鼠人族の集落があり、そこで赤兜に再会したのだそうだ。
「村が焼かれたのは私のせい」
辛そうに言うミーア。肩を抱いて「君のせいじゃないよ」と気休めを言う。こんな時はたとえ気休めでも誰かに慰めてほしいものだ。
ミーアを連れ戻しに来た魔術士の部下達が、見せしめに村を焼いたらしい。部下達は赤兜たちの逆襲で始末されたそうなのだが、村からも何人か被害がでたらしい。そのため村に滞在し辛くなったので、赤兜とその手下達に送られて、セーリュー市にいるエルフに会うために村を出たそうだ。
そして下山している最中に――
「襲われたの」
「大羽蟻にだね?」
「そう」
そこから先はオレ達が見たのとそう変わらないだろう。
◇
一方、這いよる影達は、昼間にアリサがユニークスキルで大羽蟻を撃退した地点まで来ている。
そろそろ、みんなを起こすかな。
オレはポットを載せた弱暖板に魔力を送り込みながらポチに声を掛ける。
「ポチ」
タマと二人で毛玉のようになって寝ていたポチの耳が、ピクピク反応する。ポチは眠そうに、目を擦りながら起き上がる。
「うにゅ~、御飯?」
「違うよ、林の向こうに気配を感じたからみんなを起こして」
このメンバーの中で、ポチが一番目覚めがいい。一番寝起きが悪いのはリザだ。
「朝じゃないけど起きるのです~」
タマのお腹を足で踏んで、アリサの頭をポカリと叩く。ルルはポチの声で起き上がる。
「リザも起きるのです」
ゆさゆさとリザの体を揺するがリザは唸るばかりで起き上がらない。タマが加勢とばかりにリザのお腹の上に乗っかる。しかしリザは寝ぼけながら2人を掴むと、おもむろに抱きしめて二度寝の体勢に入った。
「むぎゅ~」「おきて~?」
2人がリザを起こすまで、もうしばらく掛かりそうだ。
アリサが無防備に大口を開けて欠伸をしながら焚き火の場所へやってくる。ルルは口の前に手を当てて可愛く欠伸をしている。この女子力の違いはどこから来るのだろう。
「ふあ~ 敵なの?」
「まだ遠いけど3匹ほど来てる」
「雰囲気からして強敵じゃないんでしょ?」
オレは敵の種類や特性を教える。
「アンデッドじゃないのよね? なら精神魔法の餌食ね」
火の側まで来てオレの横にミーアが凭れ掛って座っているのを見て、「恐ろしい子!」と白目を剥きそうな大げさなジェスチャーで驚くアリサ。なんの物真似だ?
「ちょっと、手を付けるならわたしからにしてよ!」
「人聞きの悪い。色々事件のあらましを聞いてたんだよ」
「じゃあ、どうして手に抱きついてるのよ?」
そういえばいつのまにかミーアがオレの右手に抱きついていた。さっき弱暖板を操作していた時は離していたはずなんだが。ポチやタマもよく抱きついてくるので気にしてなかった。
アリサに指摘されたミーアは、おもむろに手を放す。
『抱きついてないの』
「抱きついてないってさ」
「うそ! 今離したの見てたわよ」
『きっと見間違い』
「大人なら、あんまり追及してやるなよ」
「ぐぬぬぬ~」
お茶を淹れたルルがカップを差し出してくれたので受け取る。何気にミーアの座っている側の手に渡したのは思い過ごしか?
「リザ、こっちなのです」
「にゃ、しっぽいたい~」
2人に連れられてリザも起きてきた。
ポチとタマはお茶が嫌いなのかルルに白湯を入れてもらって飲んでいる。ちなみにタマは猫舌じゃない。そういえばスープも普通に飲んでいた。
「リザ、そろそろ目を覚まして」
オレがそう声を掛けると、急速にリザの緩んでいた顔が引き締まる。オレを視認すると取り繕ったように澄ました顔で挨拶してくる。
「お、おはようございます、ご主人さま」
「おはよう」
朝じゃないけどね。
そろそろ気を引き締めてもらった方がいいな。
「敵が近くまで来ているみたいだ。顔を洗って目を覚ましておいて」
みんなが準備を始めるが、タマだけは近くの雑木林の天辺の方を見ている。そっちにはレーダーにも敵影は無い。
「何かいるのかい?」
「あの鳥、変~?」
鳥?
そこには梟が20羽近く留まっている。確かにちょっと怖いな。
◇
三方に散開した這いよる影が焚き火に気がついたのか、この野営地を囲むように接近し始めてきた。ちょうど梟の木の反対側だ。
中央の敵を獣娘3人で担当する。右側の敵はアリサが魔法で対処。左側の敵はオレとミーアが担当にした。ルルは安全のために馬車の荷台に避難してもらう。
後ろからバサバサッと羽音がする。
さっきの梟か?
一応振り返って確認する。
やはり、さっきの梟のうちの一羽だ。一本だけ生えた赤いアホ毛のような羽根が特徴的だ。梟が降り立った所は夕飯の猪の残骸を埋めた場所なので臭いにでも魅かれたのだろう。
オレはそう納得して視線を正面に戻す。
その時だ、唐突にレーダーに敵を示す一つの赤い光点が出現した――それも至近距離に。







