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デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )  作者: 愛七ひろ
第五章

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5-7.失敗と清掃

※2/11 誤字修正しました。



 サトゥーです。油断大敵と言いますが、油断した事に気づけないからこそ失敗する気がします。

 慣れた頃が一番危ないのはどの世界も同じなようです。





 さて、夜中のうちに魔術士の所に訪問しようか。

 朝になって蟻の大群に襲われるのは嫌だ。……蟻は夜行性じゃないよな?


 オレは一人、馬車の中で着替えを始める。アリサが覗きに来たので汗臭くなったシャツを丸めて、顔にぶつけてやる。臭さに苦しむがいい。


 外に着る外套はそのまま変更しないが、中は厚手のズボンとシャツ、それに膝丈の革のブーツに替えた。山の中を歩く以上、ローブのままだと都合が悪いだろう。


「くんかくんか」

「アリサ、はしたないから止めて」


 ルルがアリサを叱る図というのは初めて見た。それにしても、コイツは何をやってるんだ? いや、見れば判るんだが正直なところ理解したくない……汗臭いシャツの臭いを嗅ぐっていうのは変態すぎないか?

 アリサからシャツを取り上げルルに預ける。


「悪いけど、洗濯の時に一緒に洗っておいてくれ」

「はい、ご主人さま」

「その前に10代の香りを堪能させて」「あうっ」


 最後まで言わさずデコピンで黙らせる。


「愛が痛すぎる~、お仕置きはもっと性的な方向で!」

「他には穢れなき乙女が沢山いるんだ、もう少し自重しろ」

「う~ わたしも乙女なのに」


 乙女はそんな事はしない――少なくとも人前では。


「それにしても着替えて何するの?」

「ちょっと偵察してくる」


 正直に魔術士の所に行くとは言えない。


「わたしもお供いたします」


 そう言ってリザが進言してきたが、野営地の守りに徹してもらうように説得した。せめてポチとタマを護衛に付けてほしいと言われたが、日が落ちるまでに帰ると言って一人で行かせてもらう。





 実のところ、今すぐ魔法使いの所に行くつもりは無い。次の追跡部隊が来る前に索敵エリアを広げておきたかったので、鼠騎兵が踏み荒らしたコースを逆に辿って未探査エリアまで行くつもりだ。走れば、日が落ちるまでに辿り着けるだろう。


 野営地から見えない場所まで来たので、道を抉らないレベルで走る。ほんの5分で、さっきアリサがユニークスキルで蟻を惨殺した場所に通りかかる。

 折り重なるように重なる蟻が邪魔だ。ジャンプで軽やかに飛び越える。

 魔物の死体は美味しいのか、沢山の小動物が(たか)っている。


 それにしても、こんなに魔物の死体があったら通行の邪魔だろう。

 ゲームなら放置したら一定時間で消えるのに現実(リアル)は面倒だ。


 ……ん?


 ……しまった。


現実(リアル)は面倒だ、じゃない!」


 オレは足を止めてさっきの死体の山を振り返る。


 ちょっと想像してみよう。

 人通りの少ない街道で、累々と魔物の死体が転がっている。外傷無く内出血で死んでる死体に矢で一撃死している死体。普通の人なら誰が倒したか気になるはずだ。そして、この街道を通った馬車はオレ達だけ。

 よほどのバカじゃない限り、魔物の死体とオレ達を結びつけるだろう。


 不味いな。


 オレは予定を変更して、手当たり次第に魔物の死体をストレージの蟻の屍骸フォルダに収納していく。解体して路肩に捨てる事も考えたがストレージに仕舞う方が手間がかからない。

 死体はレーダーに映らないので目視だけが頼りだ。街道にある死体は簡単だが、藪の中や少し離れた木にひっかかっているヤツの始末が大変だった。

 それでも全力で死体回収作業を繰り返したお陰で、日が暮れるまでに、街道から見える範囲の死体の始末が完了した。


 街道に落ちた血糊や戦闘の痕跡は、適当な木を一本折って何往復か引き摺って隠蔽する。かえって目立つかもしれないが、あからさまな血溜りがあるよりはいいだろう。

 野営地からポチとタマが、オレを迎えに出発したのをマップで確認したので、隠蔽に使った木をストレージに仕舞って引き返す事にした。


 思わぬ事に時間を喰ってしまったので、当初の予定は消化できなかったのが残念だ。





 ポチとタマを両手に下げて、日暮れの街道を歩く。

 路肩の茂みからコリコリカリカリと小動物達の咀嚼音が聞こえる。草陰に蟻の屍骸の破片があるんだろうが、小動物の晩御飯を取り上げるのも可哀相だ。それよりも、その度にポチとタマが茂みに分け入ろうとするのを止めるのが意外に大変だった。


 野営地まで歩いて10分ほどまで戻ってきた所で、レーダーに魔物が引っかかった。


 詳細を調べる。


 ガーゴイル、レベル5。端的に言うと空飛ぶ石像だな。特筆するべき箇所は、精神攻撃の完全耐性と暗視能力がある事だ。あと石像なだけに硬い。

 単独でも動くが、魔法使いが使い魔とする事もある。今回は後者だろう。


 移動速度は人が走るよりやや速いくらいだ。

 ガーゴイルの目標地点は、アリサが蟻の大集団を殲滅した場所あたりだろうか?


「ご主人さま~?」「どうしたです?」


 ポチとタマが手を引っ張って聞いてくる。手に全体重を掛けてブラブラするのは止めなさい。


「タマ、投石用の石は持ってる?」

「あい」


 なら石で落とすか。


「ちょっと忘れ物したから、引き返すよ」

「はいなのです~」「あい~」


 二人を両手に下げたまま、ぐり~んとコマのように半回転する。もう一度やってと強請(ねだ)られたので、そのまま3回くらいしてやる。

 もっと、と言われたが、ガーゴイルを攻撃するベストの位置取りができないと困るので野営地に戻ってからしてあげる約束をして道を引き返した。





 遮蔽物の陰にオレ達3人は隠れる。遮蔽物と言っても人の背丈ほどの高さの岩石だ。


 ガーゴイルが頭上を飛びすぎる。

 一呼吸置いて、2人の手から拳大の石が投擲される。オレは投げるのを一拍遅らせて投げた。3つの石はすべて命中しガーゴイルをただの壊れた石像に変える。


「こあっこあっこあ~」「コアなのです~」


 それは魔核(コア)回収の歌なのか? タマの変な節回しにポチの合いの手が入る謎の歌を聴きながら石像から魔核(コア)を回収するのを見守る。

 蟻のもそうだったが、レベルの低い魔物の魔核(コア)は小さい上に色が薄いようだ。恐らく売値も安いんだろう。


「あい」と言って差し出されるコアをポケット経由でストレージに仕舞い、オレ達は野営地に向かって出発する。


 オレの「忘れ物」について2人が追及しなかったのは言うまでもない。





 ルルやミーアを無意味に不安にさせたくなかったので、ガーゴイルの事はアリサとリザにだけ伝えておく。


 オレが魔術士の所に出向いている間に野営地が襲われる危険性が高いので、深夜の訪問はやめることにした。

 もっとも、オレが出向かなくても向こうから来そうな気もする。


 今夜の見張り番は3交代にした。最初がリザ、アリサ、2番目がポチ、タマ、3番目がオレ、ミーア、ルルだ。それぞれ索敵と戦力が均等になるように割り振った。ルルはアリサと一緒にしても良かったが、無口っ子と2人は辛そうなのでこっちに組み込んだ。


 シートに横になるとポチとタマが左右に陣取る。一緒に寝るのは迷宮以来だ。もっともあの時は警戒で一睡もしていなかったんだが。


「一緒~」「なのです~」

「おやすみ、ポチ、タマ」

「あい~」「おやす~」


 遠くでアリサのボヤきが聞こえたが、大した内容じゃないからいいだろう。ルルとミーアは寝る場所を迷っているみたいだったが、アリサに言われてオレ達とアリサ達の中間に寝床を確保したようだ。ちょっと密集度が高いが暖かいからいいと思う。


 オレは心地よい温もりで手放しそうになる意識を、必死で引き止める。3交代にしているが、確実に夜襲がありそうなので眠らないように注意する。

 眠気覚ましにメニューに表示した本を読みながら、レーダーとマップを監視する。長い夜になりそうだ。


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