4-幕間2:ユニの友達
主人公視点ではありません。
セーリュー市の門前宿の使用人ユニ視点です。
※4/13 「文字を知らないユニが日記を書けるのはおかしい」と指摘を受けサブタイトルと一部文章を修正しました。
※2018/6/11 誤字修正しました。
今日は新しい友達ができました。
ポチちゃんとタマちゃんっていう亜人の女の子です。
今まで会った事のある亜人は、目が合うと飢えた野良猫のように牙を剥いて威嚇してくる怖い子ばかりだったのに、あの子達はちょっと違いました。
◇
あたしの朝は早い。夜が明ける前に門前宿まで行かないと叱られるからだ。空が白み始める頃に孤児院を出て大通りを駆ける。
薄暗いけど、怖くはない。あたしと同じように奉公先に向かって道を走る子供達がいるからだ。
馬車が入る大きな門は閉じられてるので勝手口から入る。ここも鍵が閉まっているのだが、背の低いあたしは門の下の隙間を潜って中に入る。
中庭を通って通用口から中に入る。水瓶を覗くと残り少ない。女将さん達が起きてくる前に水を汲まなきゃ!
桶を持って井戸に向かう。
「くぅ~~~~~、重い~~~~」
あたしは体重を掛けて井戸の釣瓶に繋がったロープを引っ張る。水を汲むのは重労働だ。特に体重の軽いあたしには辛い。
マーサさんみたいに軽々と水を汲めるようになるのはいつの日だろう?
「侵入者~?」
「不審者なのです~」
暗がりから声を掛けられてロープから手を離してしまう。
ああ、あと少しで汲み上げられたのに……。
あたしはいきなり声を掛けてきたバカモノの方を向く。
そこには暢気な声とは裏腹に暗闇に浮かぶ4つの光!
「きゃーーーーーー!」
「うにゃーーーーー」
「にゅーーーーーー」
あたしは悲鳴を上げるのを抑えられなかった。でも暗闇にいた誰かも同じように驚いたようだ。
その事実に勇気付けられて、あたしは暗闇の中の誰かを叱りつける事ができた。
「いきなり声かけないでよ! また汲みなおさなきゃいけないじゃない!」
「ごめん~?」
「なのです~」
その誰かは、あたしが拍子抜けするくらいあっさり謝ってきた。
だんだん日が昇って明るくなって、その子達の姿が見えてくる。
その子たちは獣人の子だった。
◇
驚いたあたしは最初「あっち行きなさいよ!」とか言ってしまったんだけど。
ポチとタマは、そんな事を気にしなかった。
「手伝う~」「のです~」
そう言うと、あたしの代わりに水を汲み出す。ポチが、冗談みたいな速さでロープを巻き上げていく。
獣人の子は、なんて力持ちなのだろう。それとも、この子が特別なんだろうか?
ポチが水を汲み終わると、今度はタマが「ずるい~? タマもやる~」と言って水を汲み始める。この子達は、ぜったい遊びか何かだと勘違いしてる!
神様ごめんなさい、ユニは悪い子です。
楽しんでる2人を利用してそのまま水瓶が一杯になるまで手伝ってもらっちゃいました。しかも汲むだけじゃなく運ぶのまで手伝ってもらってしまったのです。
お礼に、今日貰った賄いの食事は、この子達と分けようと思います。
◇
朝御飯に貰った黒パンと煮崩れて原型の無くなったスープを持って2人の所に行きます。
ここは仕事が大変だけど美味しい御飯が貰えるのがいいのです。
具が無くても孤児院でたまに出る薄い塩スープよりは遥かに美味しいですし、ちょっとすっぱい黒パンにもよく合うんです。
孤児院で出される、にっが~いガボの実を蒸かしただけの食事やガボの葉の漬物なんて出ないのですよ!
きっと2人も喜んでくれるはず!
そう思って厩舎に行きました。
そこに居たのは2人だけじゃなく、大きな蜥蜴人の女の人もいたんです!
怖くてスープの深皿を落としそうになったけど、大事な食事を落とすなんてできません! 必死で堪えました。
「ユニ~?」「なのです~」
2人があたしを歓迎してくれます。
でも、まって?
ねえ、その手に持ってるのは何?
「にく~?」「チーズなのです~」
うそ~~~~~!
え? え? 嘘よね?
肉なんて年に何度も食べられないよね?
奴隷の、それも亜人奴隷の2人が、どうして、そんなに高いものを?
しかも、けっこう、大きな塊よ? アレ。
よだれが出そうなのを我慢する。
ちょっと垂れたけど、すぐ拭ったから平気なの。
「一緒に食べようと思ってきたんだけど……」
これでは分けてあげるなんて、上から目線の施しなんて、コッケイもいいところです。
「あら、小間使い少女Aじゃない? 名前なんだっけ? せっかくだから一緒に食べましょう?」
蜥蜴人の陰から2人の女の子が出てきました。話しかけてきたのは紫色の髪の同い年くらいの少女で、もう一人は黒髪で顔の残念なお姉さんです。
紫髪の子は、すごく偉そうな口調なので年上なのかと思いましたが、アリサという同い年の子でした。なんと彼女はあたしにも干し肉とチーズの塊を分けてくれたのです。
蜥蜴人のリザという女性が何か言っていましたが「いいのよ、ちみっ子の食べる量なんてしれてるわ。ご主人様も快諾してくれるって! 叱られるときはわたしだけにしてもらうからモーマンタイ」と言うと、リザさんも納得したようです。アリサの言葉はよく分かりませんでしたが、今はこの肉とチーズを味わう方が大事です。
リスのように頬を膨らましながら何度も何度も噛み締めて味を堪能します。きっと今日を思い出してしばらくは、ガボの実でも肉とチーズのつもりでたべられる自信があります!
◇
手伝ってもらったお礼に食事を分けるどころか、美味しいものを貰ってしまいました。
それなのに食事の後、さらにポチとタマに馬の世話を手伝ってもらいました。2人とも本当に力持ちです。
手持ち無沙汰だったリザさんまで、馬の敷き藁の交換作業を手伝ってくれたのです。
亜人は怖い人だと思っていたのに違うのかな?
◇
良い事があれば悪いこともあるのです。
女将さんに言いつけられてマーサさんと2人で、木材加工所まで薪を買いに行く事になったのです。
あの? 本当にこれを2束も宿まで持っていくんですか?
マーサさんは、「よし! がんばろ~」と気軽に気合を掛けていますが、そんなに簡単に運べませんよ?
それでも雇われ者の身では、文句も言えません。ヘタに文句を言って首にされたら、次の仕事にありつけるかも分からないのですから。将来、街角で春を売るのはできれば避けたいのです。
頑張って薪束を持ち上げます。
足がふらふらしますが負けません。
だって、マーサさんの薪束はあたしのより、さらに大きいんですから!
薪を運ぶ。
そう運ぶんです。
……マキをはこぶ。
ちょっと意識が朦朧としかけたときに片方の重みが無くなりました。
見上げると知らない男の人があたしの薪束を取り上げていました。
だめ、盗らないで! それを持って帰らなきゃいけないの!
あたしが文句をつけるより先にマーサさんが礼を言ったの。
知らない人って言っちゃったけど、よく見たら宿のお客さんだった。今朝、頼まれて水差しを部屋に運んだだけで、小銭をくれた気前のいい人だ。サトゥーさんというらしい。
サトゥーさんは、あたしだけじゃなくマーサさんの薪束まで持ってあげている。
やっぱり男の人は力持ちだ。重そうな素振りもなく軽々と持っている。気が付かなかったけど、大きなリュックを持ったポチとタマも一緒にいた。2人のご主人さまって、この人なのか。こんな人の奴隷ならなってもいいかな、なんて思ってしまった。
◇
宿に戻って馬の世話の続きを始めると、ポチとタマが朝みたいに手伝ってくれた。
それはいい。
いいよ?
でもね。
「ダメです、お客さんに手伝いなんてさせたら女将さんに叱られちゃいます!」
高そうなローブを着たご主人さままで、馬の世話を手伝おうとするのは止めてほしい。
その残念そうな表情もやめてください。
何かあたしが悪いみたいじゃないですか!
◇
「皿!」
あたしはそう宣言してカードをめくる。
裏には皿の絵が描かれている。
「やった~ 3枚目!」
やっと正解して取れたカードを大事に手札に加える。
これは字を覚えるための遊び道具らしい。はじめは字を知ってるマーサさんが教えてくれていたんだけど、途中からアリサがこの遊びを考案したの。
それからは皆、夢中で遊んでるの! こんな遊びは初めて。
今まで文字を覚えたいと思っても、それは鳥を見て「空を飛びたい」って考えるような夢みたいなものだったけど……。
今は違うの!
たった数時間で、もう7つも字を覚えたのよ!
◇
楽しい事は長く続かないって言うけど、これはあんまりです。
せっかく友達になれたのにポチもタマも明日、このセーリュー市を出て行ってしまうそうなんです。
でも、2人と約束しました。絶対に字を覚えて手紙を出し合おうって!
手紙が幾らするのかは知りませんが、へそくりの銅貨が2枚もあるんです。これだけあれば手紙くらいだせるはずです。
夕方、仕事を終えて帰る前に、サトゥーさんが木片のたくさん入った袋をくれました。中をみると絵が少しヘタですが、あの学習カードと同じものです。
彼は「うちの子たちと仲良くしてくれたお礼だよ」と言って、それをあたしにくれました。すぐにお礼を言いましたが、この感謝の気持ちはどう伝えればいいのでしょう?
◇
そうそう、サトゥーさんに貰った木片カードですが、孤児院で大人気です。この遊びを気に入った年長の子が木材屋さんで端材を貰ってきて、絵の上手い子がそれに絵を描いてくれました。
まだ一週間しかたってないのに、もう3組も学習カードセットができちゃいました。
一年後にはみんな文字が読み書きできるようになっていたらいいな~
なんて夢を見ちゃいます。
本当にそうなったらいいのに。
仕事は相変わらず大変だけど、あの日から幸せな夢を見る日が増えた気がします。
ちょっと買い物回のリザ編みたいになってしまった気がします。
遊ぶための子供の工夫や努力は凄いですよね~
主人公がユニに上げたのは学習カードの作者が自作した方の品物です。作中では省略しましたが、出発前日に東街に行った時に作者の現在位置を検索して直接交渉して買いました。







