4-幕間1:ある主従の会話
主人公視点ではありません。
※2018/6/11 誤字修正しました。
※2015/1/16 後書きの記述を訂正しました。
「――というわけで、市内の各神殿、魔法使い達の協力で迷宮が町の下に延びないように聖別を行い結界を張りました。後日、結界を強化するために東街の一部に聖碑を幾つか建てます。後ほど用地確保の為の書類にサインをお願いいたします」
白髪の文官――伯爵領の執政官オルテスがモノクルの位置を調整しながら手元の報告書を読む。
「それで使えそうなのか? その迷宮は?!」
執務机から身を乗り出すように喜色を浮かべた男――セーリュー伯が問う。
迷宮の商業化は可能なのか? と。
「パリオン、ガルレオン、テニオンの3大神殿で神託の儀を執り行ってもらいましたが、『諾』『励』『諾』と比較的良好な結果が出ました」
執政官はそこで言葉を切り「ただし」と付け加える。
「識者に相談したところ、幾つか問題点を指摘されました」
「一つ目は市内に出口があることだな」
「その通りです。他の迷宮でも何年かに一度は魔物が入り口から溢れ出る事があります。その場合に遮るものが無いのを解消しなければなりません」
「結界の外側に内壁を追加するか……。結構な出費だな。石材は3年前に開いた石切り場があるから人手だけか」
「はい、ちょうど奴隷市が開かれておりましたので男奴隷と力のありそうな女奴隷はすべて確保しておきました」
執政官の答えに伯爵は訝しむ。
「わざわざ奴隷を買ったのか? 賦役で十分だろう?」
「人心が乱れておりますので、仮壁が完成するまでは奴隷を使用します。使い終わったら鉱山夫にすれば宜しいでしょう。従順なものは兵士として補充しても宜しいかと」
伯爵は先行投資と考える事にした。迷宮から産出される魔核が安定供給されれば、伯爵領の経済は加速的に成長するだろう。
「当面は出口を塞いでおくか?」
「完全に封鎖するのは危険だと識者達から警告を受けました」
「理由は?」
「滅んだ国があったそうです」
「『イシュターンの悪夢』とかいう戯曲か? 創作物かと思ったが史実だったのか?」
200年ほど昔にイシュターンという国があった。かの国には迷宮があり、そこから現れる魔物の被害は無視できないほど多かった。魔物の被害に苦しんだ王は高名な魔法使いを招聘して迷宮の出口を封鎖した。迷宮は無事塞がれ魔物の被害も無くなり、王は名君と呼ばれた。しかし10年後、出口を突き破った魔物たちが津波のように外に溢れ出て、彼の国は一昼夜で滅んでしまう。
「イシュターンは10年無事だったのだろう? なら、しばらくなら塞いでも問題なかろう?」
「はい、断定はできませんが恐らく大丈夫でしょう」
「よし内壁工事が終わるまでは迷宮の出入り口を塞ぐ」
「直ちに手配いたしましょう。この書類に署名をお願いいたします」
執政官はあらかじめ用意していた指令書を差し出す。
伯爵がサインするのを目で追いつつ執政官は話を続ける。
「迷宮の問題点はもう一つあります」
「なんだ?」
「迷宮の主が先般、この城を襲った上級魔族な点です」
伯爵は激しく表情を崩し、無表情な執政官に問い直す。
「それは確かなのか?」
「はい、城の防衛戦にも参加していた領軍の魔法兵がその場に居たそうです。それにガルレオン神殿のネビネン副神官長殿も魔族の腕を見たと証言をしています」
「ふむ、魔族の狙いが分からんが、神託で肯定的な答えを得ているのだ、あまり気を揉んでもしかたあるまい」
執政官は眉間に皺を刻むが、諫言を飲み込んだ。
「迷宮の件は国王陛下に報告する義務があるのですが、人選はいかが致しましょう」
「そうだな、たしか迷宮からの生還者の中に貴族が居たな」
「ベルトン子爵ですな」
「ではベルトンに文官を幾人か付けて行かせるか」
「わかりました。ベルトン子爵に登城するよう使者を出しておきます」
モノクルを嵌めなおしながら、部下に呼び出し状の作成と使者の手配を言いつける。
王国への報告自体は魔法の鏡を使って連絡済みではある。ただ、形式として貴族階級の者が直接使者として出向くのが王への礼儀とされているだけの事なのだ。
「迷宮関係はそんなところか?」
あまり似合っていない顎鬚を触りながら確認する伯爵。
「いえ、迷宮都市セリビーラへ視察団を送るべきかと」
「先駆者に学べ、か。どの程度の規模で送る?」
「武官、文官、商人と一般市民の4つのグループを送るのがよろしいでしょう。治安上の問題点、税制や探索者ギルドの仕組みやノウハウを持ち帰らせましょう。できれば高位の探索者を勧誘して、あの迷宮のランクを調査してもらいたいと思います」
「一般市民もか? 庶民など送っても意味がなかろう?」
伯爵が訝しげに尋ねる。
「一般市民とは言い方が悪かったですな。市井の有識者を送るべきだと愚考いたしました」
執政官の答えに納得したのか、伯爵が大仰に許可を与える。
「よかろう、人選は任せる。候補が決まったら言え」
「かしこまりました」
◇
「銀仮面の勇者とやらの正体は掴めたか?」
巷では勇者と呼ばれているが、その正体は未だ掴めていない。上級魔族と互角の存在が市内に潜伏しているのは、為政者として看過できないので伯爵は正規の諜報員だけでなく、執政官子飼いの密偵にも調査させるように命じていた。
「候補は幾人か絞れましたが、決め手に欠けます」
「誰と誰だ?」
「一人目は、騎士団のキゴーリ卿。身体強化系の魔法と剛力スキルの持ち主です。当日は非番で家にいたそうです。長い金髪など符号する点も多いのですが、彼が銀仮面殿だとしたらもっと功を誇るはずです」
「そうだな、あいつは自己顕示欲の塊のような男だ。仮面で偽るような事はするまい」
「二人目は、探索者のヤサク氏。レベル45の戦士です。高レベルなのに加えて、探索者は強力な魔法具で身を固めているので魔族の強力な攻撃も凌げるでしょう。魔物や魔族との戦いも慣れているでしょうからな。ただし彼は黒髪です」
「そんな男がどうしてこんな辺境に?」
「閣下、御自分の領土を辺境と卑下なさるのはおやめください」
伯爵は苦笑しつつ軽く手を上げて謝意を伝える。
「恐らく竜の谷の竜鱗が狙いでしょう」
「自殺志願者か?」
「いえ、言い方が正しくありませんでしたな、竜の谷からあぶれたハグレ竜の巣にある竜鱗狙いでしょう。さすがに竜の谷に出向いて生きて帰れるとは思えません」
「そうだな竜に会う前に鱗族に囲まれて終わりだ」
執政官は咳払いをして話を戻す。
「話が逸れましたな。3人目はヤサク氏の仲間の魔法剣士のタン氏です。彼もレベル42と高位ですし、ヤサク氏と同様に魔族相手も慣れているでしょう。彼は金髪ですが、上級魔族相手に身体強化以外の魔法を使わないというのも納得がいきません」
「そうだな、魔法が効かない相手というわけでもないからな」
「それに、探索者ならパーティー単位で戦うでしょう」
しばしの沈思黙考の後に、
「なるほど、確かに誰が銀仮面でもおかしくないが、決め手に欠けるな」
「はい」
「他に候補はいないのか?」
「いない事はありませんが、その3名以外は実力的に不可能と思われますので……」
「実力を隠しているのかもしれんぞ?」
ニヤリと伯爵。
「候補に漏れたものは4人です。一人目は先代の庶子ラッツ殿です。2つの騒ぎのいずれも現場に居り、背格好、金髪と条件に合います。立場的にも実力や正体を隠す必要があります。とは言え、彼なら最後まで傍観に徹するでしょう」
「そうだな、義弟はそういうヤツだ」
伯爵の脳裏に酷薄な表情の義弟の顔が浮かぶ。実物よりも悪人面なのは、伯爵との長年の確執のせいだろう。
銀仮面と2つ目の事件に関連性は無いが、いずれも上級魔族がかかわっているため執政官は注目したようだ。
「二人目は錬金術士の赤鼻殿。銀仮面殿と似た色のローブを着ており、家にも銀仮面と同じものがあったそうです。当日広場にもいたらしく、救護所に顔を出しています」
「ほう? 怪しいな」
その言葉を執政官は首を振って否定する。
「ですが銀仮面自体は珍しいものではありません。収穫祭で魔避けにも使われるので同じものを扱う店は10以上あるでしょう」
「ふむ、戦える男なのか?」
「いえ、痩身で病的なほど色白だそうで、およそ暴力的な事には向かないと、彼の知人からも証言を得ています」
「身体機能を増加する薬品などの線はないか?」
「老師の話では薬品自体は存在するそうですが体への反動が大きく、健康な者でないと自殺行為だそうです」
「そうか」
可能だったとしても、体に障害を残してまで戦う意味は無いだろう。伯爵はそう考え、興味を次の候補に移す。
「三人目はドブネズミという犯罪ギルドのウースという男です」
「勇者とは真逆のヤツが出てきたな」
「この男も背格好が近く髪色が一致する事と2つの騒ぎの何れも現場に居た事が確認されています。しかも暴動騒ぎの時に魔族の腕を宿していたのもこの男です」
「ほう? 上級魔族の腕を切り落とし、その腕に憑依されたのか?」
「可能性はありますな」
執政官は手元の書類を捌き、一枚の報告書を伯爵に見せる。
「老師より仮説が届いております。ウースという男に取り付いていた魔族は城を襲った上級魔族とは別の個体なのではないか? と」
「同時期に上級魔族が2体も現れるなぞ、それこそありえんだろう?」
「取り付いていた魔族は迷宮作成のために長期潜伏していたのではないかと」
「それで縄張りを荒らされて怒った魔族が同士討ちした、か?」
「仮説にはそう書かれています」
「雷爺の言う事はどこまで真実味がある?」
伯爵は自分の頤に手を当てつつ問う。
他の者の話なら一笑に付しても構わないが、執政官の言う老師――伯爵の言う雷爺は、この領内で屈指の魔法使い、王国内でも5指に入る逸材だ、荒唐無稽に思えても彼の言う事を無下にはできない。
「そうですな、物証が無いのでなんとも言えませんが、事実ならいろいろと符合します」
「異常な頑丈さとか?」
「さようです。上級魔族と殴り合いをし、魔法使い30人の集中攻撃を受けて平気な者など人ではありません」
魔法の道具を使えば可能なのかも知れないが、伯爵も執政官も心当たりがなかった。
最初に挙げた3人の候補も、この問題点をクリアできないので候補止まりだったのだ。
「魔族同士なら、その疑問も解けるか」
「指揮をしていた騎士団長からも『強者なのは間違いないが、動きが戦いの素人としか思えなかった』との報告もあります」
「戦いなれていない高位魔族か……」
「もしくは、憑依した体と本来の体の違いに戸惑っていたか……」
もし他にも魔族が潜伏しているとなると、無視できない脅威だ。
伯爵はそう考え、行動に移す事を決断する。
「よし、ドブネズミギルドとやらの構成員を全て捕縛しろ。ウースという男を徹底的に洗え」
「かしこまりました」
◇
「そうだ、泡沫候補の最後の一人を聞き忘れていたな」
書類を捲り報告書を手繰る執政官。
「サトゥーという自称商人です」
「自称?」
「はい、本人は行商人と名乗っておりますが、商業ギルドに確認しても知っている者はおりませんし、セーリュー市に来てからも商業活動らしき事は行っていないようです」
興味のなさそうな伯爵が適当に相槌を打つ。
「他国の間者か?」
「いえ、間者にしてはお粗末です。この街に来てからした事は、観光と女性との逢引くらいだそうです。羽振りは良いそうですが、豪遊したりするわけでもないようです」
「観光? こんな辺……観光資源の乏しい都市でか?」
「はい、国力を調べ、都市の施設や道を確認するには良い手段といえますが、目立ちすぎます」
「そうだな、このセーリュー市で観光をする人間など見たことが無い」
咳払いしつつ話を戻す執政官。
「この者が候補に挙がったのは先ほどの3人と同じく、2つの騒ぎのいずれも現場に居た事と、迷宮からの生還者だった事です」
「自称商人、正体は探索者か?」
さして面白くもなさそうな伯爵。
「それなのですが、ベルトン子爵によると『亜人奴隷を巧みに指揮する姿は見事だが本人は凡夫。剣も振るえず、魔法も使えず、亜人奴隷の陰から、こそこそ投石で牽制するだけの臆病者』とのことです」
「そいつはベルトン子爵と面識があるのか?」
「面識というか魔物に捕らえられていた子爵を救出したのが、その男のようです」
「ほう、何か勲章でもやるか?」
「子爵自身が褒美を与えるので不要かと……」
伯爵は頷きつつ話に戻る。
「個人の戦闘力が無いにもかかわらず迷宮から脱出を果たした以上、なんらかの経験があると見るべきでしょう」
「亜人奴隷が強かっただけではないのか?」
「ヤマト石ではどの奴隷もレベル13、平均的な正騎士と同等の強さとの事です」
淡々と報告する執政官。彼の横顔から亜人への差別は読み取れない。
「どの奴隷も? 騎士並みの亜人奴隷が1人だけではないのか?」
「はい3人です」
「なかなかの戦力だな」
「はい、亜人奴隷なので市内での帯刀は許可されていないので治安面では心配はないでしょうが、自称商人の護衛としては破格です」
伯爵が黙考したのを見て、執政官は主を待つ。
「他国の貴族や豪商の息子……ではないな、それなら人間の護衛を付けるはずだ。亡国の王子……」
「それは発想が飛躍しすぎかと思われます」
「そうだな、正体を想像するのは楽しいが意味は無いな」
「はい」
「迷宮都市への視察団にスカウトするか?」
「本気でお考えですか?」
「候補に入れておけ」
「畏まりました」
◇
「それにしてもセーリュー市を訪れた翌日に上級魔族の襲撃の現場に遭遇、さらにその翌日、暴動の現場に居合わせ、さらに迷宮騒動に巻き込まれるなど運が悪い男ですな」
「その男が魔族を呼び込んでいるなら領内から追い出せば解決なんだが……」
「それは無いでしょう。ネビネン殿の証言では暴動を止め、その首謀者を見つけだして魔族と看破した慧眼の持ち主だそうです」
執政官の報告に視線を上げる伯爵。
「なかなか有能だな。ネビネンの言う事だ嘘ではあるまいが……」
「ネビネン殿だけでなく現場に居合わせた領軍の魔法兵も同じ証言をしております」
「ふむ、謎の男か……興味があるが、会う時間は取れんな」
「はい、領軍の再編成、破壊された街の再建、迷宮の隔離などやることが山積しておりますから」
いたずらを思いついたかのように伯爵がニヤリと口元を歪める。
「さっきの勲章の件だが」
「やはり、お与えになりますか?」
「いや、勲章ではなく名誉士爵の爵位をくれてやれ」
「……爵位ですか?」
伯爵の言葉に、珍しく動揺を隠せず執政官の言葉に棘が混ざる。
「構わんだろう? 年に10人は与えている爵位だ。役職を与えるわけでも恩給が出るわけでもない。せいぜい一代限り貴族の末席に並べることと、人頭税が不要になるくらいの特典しかない」
「身元も定かではない男に爵位など、譜代の家臣から反発がありましょう」
執政官の反論を予想していた伯爵はもっともらしい言い分を口にする。
「その譜代の家臣の中でも最古参のベルトン子爵の命を救い、暴動を治め、魔族の陰謀を暴いたのだ。功績としては十分だろう?」
「功績は申し分ありませんが……」
「それに士爵や准男爵ならともかく、家臣共が言うエセ貴族の名誉士爵だ」
執政官は伯爵の表情から、彼が本気でない事を悟る。
「ご冗談はお止めください。今は伯爵領が飛躍する大切な時期です」
「すまん、許せ。流れ者に爵位を与えたと聞いた家臣共の慌てふためく姿を想像すると楽しくてな……」
執政官の諫言を受け入れ、謝罪する。
ふざけた話でガス抜きを終え、伯爵と執政官の話は次の議題に移る。彼らの夜は長い。
時系列的には3-3と4-6の間くらいの会話です。
何となく主人公以外は何を考えてるのかと妄想してたらこんな話が~
今回は3人称視点にチャレンジしてみました。
ネビネン副神官長=美中年神官です。
●シガ王国の貴族制度
・貴族の順位は公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵>准男爵>士爵です。
・公爵~子爵は上級貴族、男爵~士爵は下級貴族です。
・シガ王国の貴族は代々爵位を受け継ぐ永代貴族と一代限りの名誉貴族に別れます。
・シガ王国の大多数の貴族達は法衣貴族と呼ばれる土地を持たない貴族です。
・領主は士爵および名誉士爵の位を授ける特権を持ちます。
この理由は後ほど「幕間:領主の秘密」あたりで開示されます。
名誉~爵は永代貴族から『成り上がり者』と言われ下に見られます。
名誉士爵は平民からは貴族としてみられるものの、永代貴族(特に門閥貴族)からは『エセ貴族』と言われ同格の存在とは認められていません。法律上は問題なく貴族として扱われます。







