12-10.紛糾する折衝
※2014/11/5 誤字修正しました。
※2014/7/21 加筆修正しました。
サトゥーです。ふとしたタイミングにアイデアが湧く事ってありますよね。幾ら悩んでも思いつかなかったアルゴリズムがメイド喫茶に入店した瞬間に思いついて、ダッシュで会社に戻った事もあります。
◇
シガ酒を傾けながら、膝枕で眠るアリサの髪を弄る。
舞い散る桜の花びらを見ているうちに思いついたアイデアを基に魔法回路を設計する。何度も書き直す場合は、メニューの交流欄のメモ帳に書くのが楽で良い。
なかなか難しくやりがいのある回路だったが、なんとか上手く纏める事ができた。明日にでもアリサとミーアに手伝ってもらって試作しよう。
男爵とニナさんが戻ってきたのはそんなタイミングだった。
窓外に見えた男爵は使用人の男性に背負われている。顔が土気色だ。
オレは狸寝入りをしていたアリサを膝から降ろすと、男爵に魔法薬を差し入れに玄関ホールに向かう。
もちろん、狸寝入りを止めて目をぱっちり開けたアリサも悪びれない顔でついてくる。
「おかえりなさい、ニナさん。ピナ、男爵様にこの栄養剤を」
「おう、ただいま。くそう、美味そうな酒の香りを漂わせやがって。私にも飲ませやがれ」
ニナさんがオレの吐息に含まれた酒気を嗅いで悪態を吐く。
息も絶え絶えな男爵はそのままベッドへと連行されていった。
寝かせる前に栄養剤を飲ませるようにだけ念を押しておく。これさえ飲んでおけば、翌朝には元気になるはずだ。
「ニナさんってば、やさぐれてるわね」
「ああ、アリサ殿が執政官補佐に就任してくれたら、私の苦労も半分になるんだがね」
「や~よ。そんなのに就任したらご主人様の傍にいられないじゃない」
ニナ執政官も疲労が蓄積しているのか、アリサとの言葉の応酬にも力が無い。
オレはポケット経由でストレージから取り出した栄養剤をニナさんに手渡す。お疲れの2人の為に用意しておいた砂糖多めの特別バージョンだ。
「なんだい? えらく甘い匂いだが」
「ぐっ、といってください。疲れに効きますよ」
ニナさんは一気に栄養剤を飲み下し、凄く嫌そうに「甘い」と呟いた。
応接間に辿りついた時にはニナさんに元気が戻っていた。さすが魔法薬。
「凄い効き目だね」
「トリスメギストスとかいう新進気鋭の錬金術士の品です」
「どこかで聞いた名だね」
気の無い返事をするニナさんに、アリサに回収してきてもらったシガ酒を注ぐ。
肴は下級バジリスクの燻製だ。
◇
「――だから、ほどほどに活躍してくれよ」
「無茶を言わないで下さい」
ニナさんが愚痴混じりに状況説明をしてくれる。
なんでも、ニナさんはオレを准男爵に陞爵させようと根回しをしていたらしい。
オレの実績からして問題なく通るはずの話が、思わぬところから待ったが掛かった。それも同じ派閥であるはずのオーユゴック公爵の身内からだ。
「まったく、あんたを伯爵に推挙するとか、公爵閣下もボケたんじゃないかと本気で心配したよ」
「……伯爵とは無茶振りをしますね」
伯爵といえばシガ王国でも32家しか無い上級貴族だ。当然の如く他の派閥から反対意見が続出し、その提案は却下された。
――本来なら、そこで終わるはずだった。
西の空に無数の星が流れ、その震動は王都まで届いたらしい。
ニナさんと男爵も、王城からそれを見たそうだ。
さらに神殿から迷宮都市の西方の砂漠に狗頭の邪神が復活したという神託があったと報告が入ってきた。
王都ではパニックが起こり、なかなかに酷い有様だったらしい。神託も良し悪しだ。
特に家柄の古い門閥貴族達の取り乱し方が滑稽だったと、ニナさんが酒を呷りながら嗤う。
迷宮都市から勇者ナナシが魔王――神殿のいうところの狗頭の邪神――を討伐したと通信が届くまで、パニックによる暴動や混乱が原因で結構な数の犠牲が出てしまったそうだ。
流星雨のような派手な魔法じゃなかったら犠牲はでなかったのかもしれないが、たらればを思い悩んでも仕方ない。この教訓を次回に活かそう。
具体的には、詠唱の宝珠をゲットして上級魔法や禁呪を使えるようになる事だ。流星雨に頼らず強敵を倒せるようにならないとね。
さて、話を戻そう。
国王は民心を宥める為に勇者ナナシを「シガ王国の勇者」として発表したが、効果は薄かったそうだ。
一度も王都の民衆の前で活躍していないのだから当然だ。
民衆からは、勇者ナナシの実在自体が疑われていたらしい。
そんな不安に揺れる王都に入ってきたのが、オレがレイドリーダーを務める集団が「階層の主」を撃破したという報告だ。
本来ならジェリル達の二番煎じとして埋もれるはずが、そんな事情もあいまって無駄にクローズアップされる事になってしまった。
魔王と「階層の主」では強さが全く違うが、普通の人からしたらどちらも同じ強大なバケモノだ。
それに対抗できる存在は、いるかいないか判らない勇者より余程頼もしく映ったのか、オレをムーノ男爵から引き離して王家の直臣に迎えるべきだという変な主張が王都の門閥貴族達の間から出始めたらしい。
溺れる者は藁をも掴むというが、実に迷惑な話だ。
ある意味、自業自得だが……。
それに止めを刺したのが、リザがシガ八剣に勝利したという続報だった。
危うくオレを伯爵に推挙するという馬鹿げた提案が通る寸前だったらしいが、ニナさんとムーノ男爵のファインプレイで水際で阻止する事に成功したそうだ。
GJと言わざるを得ない。
最終的に、名誉子爵か永代の男爵という線で纏まりそうだとニナさんが言っていた。
「ところで、あんたと『階層の主』撃破した集団があんたの雇った妖精族を中心とした傭兵団ってのは本当かい?」
「ええ、貿易都市や旅の途中で知己を結んだ方達です」
ほとんどアーゼさんの紹介だが、嘘は言ってない。
「しかも、あんたの家来は一人も欠けずとか非常識な偉業を達成したそうじゃないか」
「犠牲は少ないほうが良いじゃないですか」
実際には損害ゼロで重度の怪我人も無く、安全な狩りだった。
「おまけに迷宮都市で慈善事業や探索者育成学校まで設立したって?」
「ええ、手紙に書いた通りですよ。人的資源は有効に活用するべきです」
少し露悪的な言い方だが、魔核や食材などの資源を迷宮から効率的に回収するなら、探索者達の初期能力を底上げして中堅レベルの人間を増やした方が良い。
ある程度余裕のある人間が増えれば、後進を育てようという人間も出てくるだろうしね。
「はっきり言って、あんたは一介の名誉士爵の範疇に納まらないよ」
「買い被りですよ」
謙遜ではなくそう思う。
炊き出しをしたり育成校を作ったのは崇高な理想があるわけではなく、成り行きみたいなものだ。
◇
「ところで、さっきから疑問だったのですが……」
「なんだい? それにしても、この肴は美味しいね。鰻にしちゃ肉厚だし、穴子にしては味が繊細だ」
――ああ、それは白角蛇です。
下級バジリスクの燻製が無くなったので追加したのだが、うっかり魔物の肉を出してしまっていたので「当ててみてください」と言って誤魔化しておく。
この蒲焼がシガ酒に合うんだよ。
ちなみに、シガ王国近海の穴子は野球のバットくらいの太さがある。
おっと、また話が逸れた。
オレは強引に話を戻す。
「名誉准男爵や永代の准男爵以上の爵位は、国王陛下にしか陞爵や叙爵ができないと記憶しているのですが?」
「もちろん、そうさ」
「なら、どうして貴族達が陞爵する階位を決める話になったのでしょう?」
ニナさんが答えを言う前に空になった酒瓶を振って催促してきたので、ソファの後ろでストレージから出した竜泉酒を出す。迷惑料代わりに一番良い酒を選んだ。
「あたしらがしていたのは、陞爵や叙爵に値する功績を上げた者を陛下に推挙する為の事前折衝さ。この大国に貴族が何千人いると思ってるんだい。陛下の目が届かない場所から有為の人材を推挙するのが、上級貴族達の権利であり義務なんだよ」
なるほど、会社とかと一緒か。
課長や部長が部下の成績とかと一緒に役員会とかに昇進の推薦をするのを、国家規模にした感じだな。
「もっとも、推挙した人間がそのまま陞爵や叙爵する割合は半分以下だ。今回のアンタみたいな例だと一つ二つ低い位で納まる事が多い」
なるほど、「名誉子爵か永代の男爵」を推挙という事は「名誉男爵とか永代の准男爵」あたりの爵位が転がり込んできそうなわけか。
「名誉准男爵あたりで一つお願いします。永代貴族だと縁談の話が増えそうですからね」
「ふん、縁談が嫌なら、さっさと嫁を貰え。ナナ殿なら年も近かろう。私としては嫁き遅れているカリナ様を貰ってほしいんだがね」
そうすれば転籍を企む貴族が減る、とニナさんが嘯いた。
◇
その後、ムーノ男爵領の近況を色々と聞かせてもらった。
手紙でも聞いていたが、ムーノ男爵領の復興は順調過ぎるくらい順調らしい。
公都の貴族達がこぞって支援や技術交流――という名の技術提供をしてくれたお陰だそうだ。
内政の人材も、公都から行儀見習いにやってきた侍女達やその随行員からスカウトしたりしてある程度の定数を確保できたそうだ。
更に領内の治安も、謎の人物――たぶん、福神漬けを探していた時のオレだろう――による盗賊の大量捕縛で改善した上に、迷宮都市から仕官に来る青銅の探索者達が幾人も訪れたお陰で戦力の増強ができたらしい。
ゾトル卿が新参の元探索者達を相手に活き活きと訓練に勤しんでいるらしい。元偽勇者のハウト君も、士官として一人前になってきたそうだ。
大体の近況が終わったところで世間話になった。
ニナさん、そろそろ寝ないと明日が大変ですよ?
「そうそう、エムリン子爵令嬢もこっちに来るよ。今は公都に里帰りしているけど、子爵殿と一緒に飛空艇で来るはずだ」
誰だっけ――そうそう、確かエムリン子爵は「ルルの実」の果樹園を経営している貴族さんだ。令嬢のリナちゃんとは何度かお茶会でご一緒した事がある。中一くらいなのにしっかりした子だった。
おっと、そんな事より一番重要な事を尋ねるのを忘れていた。
「ニナさん、重要な案件がありまして――」
「なんだい、真剣な顔をして」
引き気味のニナさんを問い詰め、ついに干瓢の情報を得ることができた。
正確には干瓢の元になるユウガオの実らしき物の情報だ。
「あんたも変な物に興味を持つね。あんなもの味も薄いし表皮も固くて代用食以外に食べようってヤツはいないんだけどねぇ」
「あれ単体で食べる物じゃないですからね。食物繊維が豊富ですから胃腸に良いんですよ」
「ふ~ん、薬草の一種なわけか」
商売のネタになると思ったのかニナさんが腕を組んで唸る。
ニナさんがユウガオの実の情報を知っていたのは、ムーノ領の財政再建をする為に使える産物が無いか調べさせた時に集めた中にあったからだそうだ。
なんと、真祖バンの言っていた大森林だけではなく、ムーノ領の北部一帯ならどこでも自生しているらしい。
魔族が暗躍していて農民が貧窮に喘いでいた時に干瓢の実で命を繋いでいた村もあったそうだ。
オレがユウガオの実を欲していると察したニナさんが、快く迷宮都市の屋敷に送ると確約してくれた。
美味く食べるレシピができたらムーノ城の料理長ゲルトさんに送る事にしよう。
大瓶の竜泉酒が尽きたのを機に酒宴はお開きとなった。
いつの間にかオレの肩を枕に寝ていたアリサを抱き上げて寝室へ戻る。
朝まで3時間ほどだが、少しでも睡眠をとっておく事にしよう。
※次回更新は 7/27(日) の予定です。
※7/21 魔王討伐までの間に犠牲が出た理由を加筆しました。
※8/20 かんぴょう⇒ユウガオの実に変更
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