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デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )  作者: 愛七ひろ
第九章

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9-11.山脈の出会い(2)

※2/11 誤字修正しました。

※8/19 一部加筆修正しました。


 サトゥーです。新人歓迎会、忘年会、新年会。酒宴には色々ありますが、総じてコミュニケーションの潤滑剤になる気がします。酒量を弁えない酔っ払いは困りますけどね。





「あっぶねっ!」


 肩に牙が刺さる寸前で、手加減抜きの拳を叩き込む。折れた牙がそのまま黒竜の口内を傷つけ鮮血が溢れる。まあ、竜ならすぐ治るだろう。たぶん。

 その勢いのまま体を捻りこんで、黒竜の横顔に回し蹴りを叩き込む。


 しかし、油断大敵とはよく言ったもんだ。自在盾や自在鎧が、あそこまで脆く喰い破られるとは思わなかったよ。自在盾で止めたところをカウンターで殴るつもりが、あっさり食い破られすぎて焦ってしまった。


 直ぐ横で昏倒する黒竜の横顔を眺める。

 少し、強く蹴り過ぎたか? 頭蓋骨にヒビが入るような感触があったが、竜なら自然治癒するだろう。最強生物らしいし。


 だが、小一時間待って、バッドステータスの「昏倒」が消えても、黒竜が起き上がらない。


 死んだ振りか?


 そういえば、絵本に出てきた竜は、みんな酒好きだった。元の世界のドラゴンも酒好きが多かったから、試してみるか。下戸竜なら、もう一度戦えばいい。今度は、もう油断しない。


 黒竜の鼻先に酒の樽を置いてやる。公都の酒造蔵のなかでも「竜殺し」という名前の強い酒だ。アルコール度数でも火酒とタメを張るが、こちらは火酒と違い、口当たりまでキツイので有名だ。


 折った牙を叩き付けて酒樽の蓋を割ると、芳醇な酒の香りが周囲に広がる。いつのまにか、黒竜の鼻腔が広がっている。

 チラリと開いた黒竜の目が、オレの視線に気が付いて慌てて閉じる。


 いや、遅いって。


「起きているんだろう? お互いの健闘を讃えて酒盃を交わさないか?」

「うううむうう、よかろう、特別に引き分けにしてやろう。しかし、盃を交すには量が足りん」


 黒竜は、いかにも不承不承(ふしょうぶしょう)という風に取り繕いながら、起き上がる。威厳を保とうとしてるのは分かるが、視線がそんなに酒樽に固定されていたらダメだろう。

 オレが気を利かせて酒を勧めたら、いそいそと酒樽に口を付けはじめた。意外に素直だな。


「うむむぅ、良い。やはり人の作る酒は美味い。だが、竜の酒も負けてはおらぬぞ? 返杯だ、さあ竜の酒を――」


 黒竜が長々と歌うように吼える。それは「酒の泉(ソウル・ウェル)」という名前の酒が湧き出す泉を召喚する魔法。なんて不思議(ファンタジー)な。


 飲んでばかりというのも何なので、酒の肴に、ワイバーンの姿焼きや、一切れ200キロのクジラ肉の串焼きを添える。串にはクジラの小骨を利用した。加熱には火炎炉(フォージ)を使う。


 酒宴の途中、追加の食材を調理している時に、「遠話(テレフォン)」の魔法で、アリサに連絡しておいた。オレが向かった山の方から怪獣大決戦のような咆哮や破壊音がしたはずなので、安心させるためだ。前ほどではないが、アリサとリザには心配させてしまったようだ。


 そして、アリサ達には、後始末をしてから戻ると言っておいたわけだが――


「うむ、美味、美味、実に甘露」

「この泉の酒も、美味いな。なんというか肉に合う味だ」


 ――単なる飲み会になってしまっていた。

 主に黒竜の戦闘遍歴の話を聞きつつ、酒盃を交わす。


 黒竜の話で、一番安心したのは竜の話。


 竜の谷にいたのは全体の7割程度で、残り3割は、他の大陸にいるらしい。全滅寸前とかじゃなくて良かった。


 この大陸にいる――竜の谷以外の――竜は、目の前の黒竜や西の霊峰に棲む天竜、それから数匹の若い成竜を除くと、下級竜くらいしかいないそうだ。


 下級竜は、一応竜族らしいのだが、明確な知性の芽生えない獣と変わらない存在らしい。黒竜曰く、下級竜と竜を一緒にするのは、人と山羊を哺乳類だからと一括りにするようなモノなのだそうだ。例えに山羊が出たのは黒竜の趣味のようだ。よほど山羊の肉が好きなのか、彼の例え話によく出てくる。残念ながらストレージ内に山羊の肉が残っていなかったので振舞えなかった。


 安心したところで、もう一杯、泉から酌んだ透き通った緑色の酒を口に含む。深い森の中で飲む吟醸酒のような不思議な味わいだ。


 戦い終わった後に時計を見て気が付いたが、半日も戦っていたらしい。黒竜のスタミナって凄いな。とてもレベル68には見えない。実際、レベル69の勇者よりも強く感じた。


 手加減をしつつとはいえ、半日も戦っていたせいか、いつもより空腹だ。黒竜のギャグマンガのような喰いっぷりを目の前にしているせいで勘違いしそうになるが、もう肉だけで10キロは食っているはずだ。そろそろ終わりにしないと。


 そんな事を考えていたにもかかわらず、肴を次々に追加しつつ、そのまま酒宴は翌朝まで続いた。食った肉の量は30キロを超えたところで数えるのを止めた。自分の平らな腹を見つめ、どこに食ったものが消えたのか少し不安になったが、わずかな酔いがそんな疑念を飲み込んで消してしまう。


 今度はドワーフ達も連れてきて一緒に飲みたいものだ。


>称号「黒竜の友」を得た。

>称号「山砕き」を得た。

>称号「健啖家」を得た。

>称号「大食漢」を得た。





 翌朝未明に、黒竜の背に乗って山脈を越えた。


 一度、竜に乗ってみたかったんだよ。


 雲海を抜け、黒竜の棲家がある最高峰を眼下に見下ろして山脈を越える。夜明けの光に照らされて見えたものは「樹海」。水平線の彼方まで続く森だった。


 そして、遥か彼方の森の中央には、公爵領に入ってからずっと見えていた天空へと伸びる1本の糸。その正体はミーアに教えられて知っていた。


 世界樹。


 しっかし、どう見ても、木には見えない。

 どちらかと言うと、軌道エレベーターにしか見えないんだよな。ファンタジーじゃなくてSFの世界だったのか?


「どうした、我が心の友クロよ。世界樹が珍しいか?」


 黒竜の呼ぶクロという名前が指すのは、オレの事だ。


 これは、酒宴の途中の話なのだが、黒竜に頼まれて彼にヘイロンという名前を付けた。前から、自分と同格の者が現れたら名前を付けさせるつもりだったそうだ。竜はあまり固有名をつける習慣が無いのだそうだ。


 オレも名無しにしていたせいか、黒竜ヘイロンから名前を貰った。それが、このクロという名前だ。


 なんでも、900年ほど昔に黒竜が戯れに育てた子供の名前だったそうだ。思いっきり日本語の発音だったので、その子供とやらは転生者だったのかもしれない。種族や髪の色なんかは覚えていないそうだ。クロという名前も、閃くように記憶の隅から蘇ったという話だった。


 閑話休題(それはともかく)、今は世界樹の話だ。


「ああ、どこまで続いているのかと思ってね」

「あれは、虚空まで続いている。我が翼でも何日掛かるかわからん」


 そうですか、竜は宇宙まで飛べるんですね。

 空力とか関係ないんだろうな、きっと。


 公都の外側に出たので、久々に「全マップ探査」を行う。

 やはり眼前の樹海は、「ボルエナンの森」で合っているようだ。しかし、たしかに旅行記にあるように公爵領の横だが、距離くらい書いておいてほしかった。どうりで旅行記の人がボルエナンの森に寄った記述が無いはずだ。


 世界樹のある場所は別マップのようだが、この樹海の面積は公爵領よりやや広い。そんな広い空間に住むエルフはわずか数千人。そして他の樹海の外縁部に、合計1万人ほどのエルフ以外の妖精族が、点在する小さな集落に分散して暮らしているようだ。


「世界樹まで連れていってやりたいが、あまり森に近付くとハイエルフの婆が煩いからな。前に近付いた時は雷の雨を降らされて鱗の上半分が剥がれて、脱皮まで100年ほど痛かった。だからクロ、お前も近付くのはこのへんまでにしておけ」


 なるほど、エルフの防衛施設は竜すら退けるのか、凄いな。

 山を越えたら、ミーアの両親に「遠話(テレフォン)」で連絡して迎えに来てもらえばいいか。

 ハイエルフさんにも一度会ってみたいな。





 昨日戦った辺りで、黒竜ヘイロンと別れた。


 昨日折った牙は、100年もすれば生え変わるから要らないと言われたので貰った。入れ歯いらずだな。

 戦いのあった場所の周辺を検索して、竜鱗を破片も含めて全て回収する。「酒の泉」は、数日でただの湧き水になってしまうらしいが、まだ酒を湧き出していたので、手持ちの樽に詰めた。人里に戻ったらドハル老やガロハル氏に送ってやろう。


 アリサ達の所に戻る前に、後始末が1件残っていた。


 昨日、黒竜ヘイロンと散々暴れたせいで、魔物や獣の大移動が起こってしまったらしい。そのせいで、昨日、狼から助けた娘さんの集落が困った事になっているようだ。


 すぐさま、天駆で集落の上空まで駆けつける。


 岩壁を()り貫いて作った住居兼砦の周りを、茶色の悪食蟻(ビザーレ・アント)達が囲んでいる。レベル3しか無い魔物だが、数が多い。このままだと数時間も保たずに押し切られてしまいそうだ。


 何か叫んでいるが、知らない言葉だ。


>「スィルガ語スキルを得た」


 暢気にやっていたら、集落に死人が出そうだったので、ここは「誘導矢(リモート・アロー)」で手早く殲滅する事にした。5回ほどの斉射で、一通り片付いた。


 途中、スィルガ語スキルを1ポイントだけ割り振っておいた。片言だが、オレに向かって、天の使いとかガルレオン様とか叫んでいたようだ。

 天使や神様扱いされたのは、空中に浮かびながら魔法を使っていたせいかもしれない。あまり高度を下げると、悪食蟻の酸攻撃が臭かったのだ。


 19人しかいない集落で、これだけの量の屍骸を片付けるのは大変だろう。天駆で滑るように移動しながらストレージの「悪食蟻」フォルダに放りこんだ。今度、スライムの群生地帯でも見つけたらまとめて捨てよう。


 出てきた集落の人達が、地面に土下座するように平伏している。

 地面に染みこんだ酸が残っているのか、平伏している手足から薄っすらと煙が上がっている。


「顔、上げろ、立て」


 単語の会話が面倒だな。日常会話ができる程度、スキルレベル3まで引き上げた。

 少し火傷をしているようなので、「治癒(アクア・ヒール)」で癒す。老人が「ヒザの痛みが消えた」とか女性が「傷跡が消えた」とか言っている。だが、「目が、目が見える」とか「リラが立った」とか言う声も混ざっているのが気になる。部位欠損系は治らないはずなんだが?


 神様扱いされるついでに、井戸や地面の酸を除去するのに「浄水(ピュア・ウォーター)」をかける。どの程度効果があるかは判らないが、使えそうな魔法がコレしかなかった。


 畑が蟻に踏み荒らされて悲惨な事になっているので、当面の食料に米や狼肉の燻製を置いていく。畑の復旧は、彼ら自身に任せよう。

 ちょっとしたお節介で、使い道の無い大量の魔物避けの薬と、水増し薬を10本ほど置いていった。


「さらばだ! 達者で暮らせ」


 スキルレベル3だと、語彙が変だな。


「カミサマ、お名前を! お名前を教えてください」


 誰が神様か。

 この前、狼から助けた少女が、オレの名前を請う。ナナシかクロか迷うが、ナナシでいいか。クロは竜と出会ったとき専用にしよう。

 彼女に、「ナナシ」と告げて、その集落を後にした。


 他の3つほどの集落にも迷惑が掛かりそうだったので、魔物や野獣の進行方向の山肌に壁を作って進路を操作して危機を未然に回避しておいた。魔物の中に壁を見たら乗り越えたくなるヤツがいない事を祈ろう。


>称号「救世主」を得た。

>称号「崇拝される者」を得た。


 苦労の甲斐あってか、オレ達を乗せた箱舟飛行船は、特にトラブルに遭う事もなく山脈を越え、ボルエナンの森の(さかい)にたどり着いた。





 ようやく、ボルエナンの森に着きました。


※8/19 称号「健啖家」「大食漢」を追加しました。

※8/19 宴会中にアリサ達の元に戻っていたのを、遠話の魔法に変更しました。

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― 新着の感想 ―
もう絶対にサトゥーの傍が世界一安全な場所なんだから、わざわざ森のエルフ達のもとに帰る必要はないよね。 ここに来てレギュラーメンバー幼女が減るのは悲し過ぎるので、ぜひ引き続きサトゥー達と行動を共にして欲…
[一言] >黒竜の口内を傷付け… 「リンゴを噛ると歯茎から血が」のコマーシャルのパロディ 「レンガを噛ると鮮血が吹き出ませんか」 いろいろブッコンでくださる。
[一言] 「世界樹まで連れていってやりたいが、あまり森に近付くとハイエルフの婆が煩いからな。 言わずと知れた彼女のことである。 出会った順番が逆だったならば、この瞬間、第2ラウンド開始だったな?
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