9-3.魔狩人の街にて(2)
※2015/6/17 誤字修正しました。
サトゥーです。小さい頃、特に田舎の爺さん家に行ったときに火傷をした時は、市販薬ではなく、庭に生えているアロエを裂いて火傷の場所に貼り付けて治した記憶があります。民間療法なのですが、よく効いた記憶があります。異世界にもアロエはあるのでしょうか。
◇
「どこいく~?」「のです?」
「港だよ。珍しい果物が色々売られているらしいから見物に行くんだよ」
手を繋いで通りを歩きながら今更のように聞いてくるポチとタマに答える。
宿から港は10分ちょいくらいで行ける。宿の主人の話だと、市が立っているわけではないらしいが、船乗りや人夫相手に飲食物を売る屋台や露店がいくつか出ているそうなので冷やかしに行くところだ。
ミーア達も興味を持ったようだったが、アリサと何やら悪巧みをしていたようなので宿に置いてきた。リザも護衛に付いてきたそうだったのだが、治安が悪そうなので、ルル達の護衛に残ってもらった。ナナは、特にどちらでも良さそうだったのだが、危険なので置き去りにした。今から向かう港には海驢人族の子供達が沢山いるのだ。
この街の家は、常春に近い気温のせいか通気性の良さそうな平屋が多い。高床式というほどではないが、どの家も30センチほど地面から高くなるように設計されているようだ。道は土がむき出しで路肩には雑草が生えている。空き地もまばらに存在するようだ。
街を歩く人達も、全体的に薄着で、スカート丈も短い。さすがに20代以上の年齢の女性はスカート丈が長いが、それでも足首が見えるくらいの長さだ。未成年の少女は膝上の短いものが多いようだ。男性は、わりとどうでもいいが、上半身裸の者や大胆な開襟の者が多い。小学生高学年くらいの子供達は、ヘソ出しのピチピチのシャツの子が多いようだ。どうやらファッションというだけでなく、着古して体に合わなくなっているだけらしい。だが、南国っぽくていいと思う。それ以下の子供達は、半数くらいはブカブカのシャツを着ているが、残りは裸同然の子が多いようだ。一応腰巻は付けているようだが、裸足で元気に走り回っている。
急に手を離して路肩に走っていったタマが、何やら道端に生えていた雑草を摘んで戻ってきた。
「ニニギ草みっけ~」
ニニギ草は解熱作用のある薬草だ。ただ、調合しただけの場合、弱い毒性が残るのでそのままでは使われず、練成して魔法薬にする必要がある。そのため、一般ではあまり薬草としては認識されていない。毒性と言っても腹を壊す程度なので、薄めて腹下しとして使われる事もあるようだ。
しかし、旅の途中で2~3回しか見つけた事の無い薬草なのに、タマもよく覚えていたな。
タマから受け取った薬草を鞄経由でストレージに仕舞う。タマを褒めながらも周囲1キロの範囲で「ニニギ草」を検索してみた。どうやら、この街の周辺はこの薬草が雑草並みにありふれているようだ。それほどよく使う薬ではないが、少し補充しておくか。
途中にあった空き地に、先程のニニギ草が群生していたので、ポチとタマに集めてもらう。一応サーチしてみたが、止血用のヨモギモドキがある他は、使えそうな薬草はなかった。ヨモギモドキは、葉のスジが赤い色をしている以外は、ヨモギそのままの見た目だ。もちろん、ヨモギモドキは摘まないように2人に注意しておく。たぶん、こっちの薬草は地元の人も普通に使っているはずだ。
ポチとタマがニニギ草を集めているのを見て寄ってきた近所の子供達が、同じように集めてはオレが地面に敷いたゴザの上に置いていく。何かの遊びと思われているのだろうか?
空き地のニニギ草が半分ほど集まったところで終了を宣言して、子供達にお駄賃をあげる。各自に賤貨1枚だ。安すぎる気もするのだが、公都の炊き出しで仲良くなったオバちゃんの話だと、それくらいで十分なのだそうだ。現に、貨幣を受け取った子供達が大喜びしている。
「よう兄ちゃん、子供に毒草を集めさせて何するんだ。クソ領主にでも盛るのか?」
「腹下しにも使えますが、練成すると解熱剤になるんですよ」
言葉だけ聞くとチンピラのようだが、絡んできているわけではないようだ。単に興味があるだけらしい。
この人族の青年は人夫のようだ。よく日焼けして筋肉が盛り上がっている。だが、レベル4くらいなので、ポチやタマの方が力が強いのだろう。
「やっぱり薬師なんだな! 頼むよ、代金は何としてでも払うから火傷に効く薬を分けてくれないか?」
火傷ですか……。
嫌な予感がして詳しく事情を聞くと、予想通りの話だった。白虎姫の行方を調べに来た例のバカ貴族が、幾つかの火弾を獣人の家に投げつけて、何軒か燃やしてしまったらしい。その時にこの青年の姉が、獣人の子供を助けようとして大火傷を負って重傷なのだそうだ。
街の衛兵は何もしないのかと疑問に思って青年に確認してみたが、この街を治めているポトン准男爵がバカ貴族を庇っているせいで、牢屋に入れられたりはしていないらしい。バカ貴族はポトン家の館に軟禁されているようで、その日以降はポトン家の使用人が白虎姫の行方を調べているらしい。だが、手がかりは得られていないらしく、使用人達も行動が荒々しくなっているのだそうだ。
そりゃ、手がかりなんてないだろう。彼らが向かっているのは王都方面なんだから。
たぶん、白虎君の一派が、こちらに逃げた振りでもしたか、偽情報を流したんだろう。有効な手段だとは思うが、迷惑な話だ。
「姉さん、薬師さんを連れてきたよ」
返ってくるのはフゴフゴ言う声だけだ。マップで事前にしらべた情報だと、22歳、独身のはずなのだが。いや、独身は関係ないな。うん。
ポチとタマを入り口すぐの部屋で待たせて、青年の後について奥の部屋に行く。
これは酷い。
範囲は広くないが、右肩から顔の右半分にかけて焼け爛れている。青年は姉の寝ている寝台の傍にいた甥っ子や姪っ子をポチ達のいる部屋に出して、オレに場所を空ける。ひょっとしてシングルマザー? いや、何でもないさ。
水増し薬1本でも治すのは簡単だが、痕が残らないようにするのが難しそうだな。
薬を提供する代わりに効果を確認させてもらうか。魔力治癒や称号でブーストしていない標準濃度の魔法薬を取り出して女性に飲ませる。1本で300HPくらいは回復するから、彼女が瀕死でも10回以上回復できる薬品だ。
オレの横で、青年が息を呑むのが見える。
うん、その気持ちはわかる。何度見ても、この魔法薬の即効性の効き目は、見ていて気持ちが悪い。筋組織が見えていた肩にも、もう新しいピンク色の皮膚が生まれている。
念の為、女性に、重傷患者用に調合しておいた、高カロリー&睡眠導入薬を飲ませる。これで朝には全快だろう。
オレの靴に口付けしそうなくらいの勢いで礼を言う青年に、報酬代わりにそのバカ貴族が暴れた場所に案内してもらった。
3軒の長屋? が焼け落ちている。長屋の残骸の作る日陰にゴザを敷いただけの場所に、数人が寝かされている。人族の接近に獣人たちが警戒を強めているのが見て取れたので、ポチとタマにフードを下ろしてもらう。2人を見て、少しだけ獣人達の警戒が和らいだ。
「何の用だ。人族」
「オレはヒョナの弟だ。薬師を連れてきたんだ」
「そういえば見覚えがあるな。オレ達よりヒョナを治療してもらえ。ここに居るヤツラはもう無理だ。薬を買おうにも身売りしたって足りねえよ」
確かに店で買うと高いんだよね。
でも、この街の魔狩人がデミゴブリンを狩っているんだったら魔法薬の材料には困らないと思うんだが、やっぱり魔核は公都への輸出用なんだろうね。
寝かされていたのは兎人族が2人と鼠人族が1人だ。火傷の度合いは、青年の姉のヒョナさんより酷い。熱さましの効果があるという大きな葉っぱを、傷に巻いてあるだけのようだ。
もっとも、ヒョナさんに与えたのと同じ魔法薬を飲ませるだけで回復した。獣人の方が基礎体力があるのか、回復薬の効きが良いような気がする。3人とも痩せていたので、念の為、高カロリー&睡眠導入薬も飲ませておいた。
長屋の近くに軽度の火傷の人間が何人かいたので、火傷に効く軟膏を一瓶与えておいた。一瓶といっても20グラムくらい入る小さな容器だ。こちらは効果を絞る実験をしたときのヤツだが、市販品よりは効果があるはずだ。
◇
「若様ここです」
「わかさま、ここ」
大げさなくらい礼を言ってくる獣人達に別れを告げて、本来の目的地の港前広場にたどり着いた。さっき助けた兎人族の娘だという9歳と6歳の子供達が案内してくれた。
ゴザの上に果物が詰まった篭が並べてある。篭の中に入っているのは、小ぶりの瓜のような果物だ。他にも柑橘系や桃色の梨のような果物も売っている。すべて、この町の近くの森の中で自生しているものらしい。
「どうだい、どれでも、賤貨1枚だよ」
安っ。
せっかくなので色々買って皆で分けて食べた。もちろん、兎人族の娘達も一緒だ。いつの間にか子供達が増えているような気がするが別にいいだろう。ちょっと青臭い果物もあったが、瓜は甘みの薄い西瓜みたいでなかなか美味しかった。帰りにミーアへの土産に数個買って帰ろう。
上機嫌で「今日は店じまいだぜ」とか言って、果物売りの男が笑っている。途中から興が乗ったのか、只で子供達に果物を配っていたからな。気のいい男だ。
「よう兄さん、体にいい野菜はどうだい?」
それに釣られてか、別の男が野菜を売込みにやってきた。
いや、野菜を勧められても困る。
即答で断っても良かったのだが、まだポチとタマが、ハグハグと半分に切った瓜を食べているので、2人の首元に小さなエプロンを着けてやりながらラインナップを見せてもらった。すこしエプロンを着けてやるのが遅かったかもしれない。宿に戻る前に「柔洗浄」の魔法で綺麗にしてやろう。そのまま帰ったらルルに怒られそうだからな。
男が持っている篭には、ゴーヤやパプリカのような見た目の野菜と、真っ赤なトマト!――たぶんトマトだ――が並んでいた。
試食して良いと言うので、トマトを1つ貰って齧る。ちょっと熟れ過ぎだが、たしかにトマトだ。この辺では赤実と呼ばれているらしい。
珍しがったポチとタマにも一口ずつ食べさせてあげたが、口に合わなかったらしく微妙な顔をされた。子供って、わりとトマト嫌いだよね。
「この赤実はコレだけしかないのかい?」
「畑になら沢山あるぜ。ただ食べごろまではもう少し熟してからじゃないとな」
むしろ、こんなに熟す前のものが欲しかったので、それを門前宿に届けてくれるように頼む。代金として先に銅貨10枚を渡したら、羽が生えて飛びそうな勢いで小船を漕いで上流へと収穫に戻っていった。この上流に小さな農村があるそうだ。
◇
その後も、水烏賊の干物を串に刺してあぶったものや、小魚の干物を焼いたものなんかを食べ歩きした。
このハーメルンの笛吹き状態をどうしたものか。
やたらめったら振舞っているわけではないのだが、ポチとタマが愛想良く自分のぶんを分けてあげているので結果的にこうなってしまった。まあ、2人に買い与えた分なので、どうしようと自由ではあるのだが。
だが、解散指令は必要無さそうだ。
足元に落ちていた手ごろな大きさの石を拾って片手で弄ぶ。軽いと思ってAR表示で確認したら石ではなく椰子の実っぽかった。食用にするには未熟なので捨ててあったのだろう。
馬に乗ったバカ貴族が通りの角を曲がって姿を見せた。
「そこに居たか、呪われた白獣どもが! ■■■ ■■」
このバカ貴族の顔は街の人に知られていたのだろう。
子供たちだけではなく大人達も、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。レベル20の火魔法使い相手じゃ無理も無い。その後ろからバカ貴族の家臣らしき男たちと、准男爵の手勢らしき衛兵たちが追従してくる。表情を見る限り、彼らもバカ貴族の暴挙を止めたいのだろう。
明らかにオレの横にいるタマに狙いを付けながら、街中で火魔法を唱えているバカ貴族の顔面に椰子の実を投げつける。パキョンというどこかコミカルな音を残して、バカ貴族は落馬した。頭から落下したので、不本意ながら「理力の手」で最低限の勢いを殺した。
だが、後ろから追いついた家臣の馬に踏まれないように配慮してやる必要はないだろう。みるみる体力が減っていくが、レベル20もあるせいか一命は取り留めたようだ。
慌てて下馬した家臣たちが、周りの町民から接収した荷馬車にバカ貴族を乗せて、准男爵の館へと運んでいった。まったく騒がしいヤツらだ。
オレの前で木剣を構えていたポチとタマの肩を叩いて、緊張を解いてやる。2人はバカ貴族が魔法を唱えだすなり、オレの前に出てガードしてくれていたようだ。
街の人達からは歓声が上がっているが、このままじゃ済まないんだろうな。
活動報告にSSをアップしてあるので、よかったらご覧下さい。
※作者からのお願い※
誤字報告は、メッセージでは無く感想欄でお願いします。メッセージだと週末にピックアップするときに漏れやすいのです。







