8-14.決勝前夜
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。昔は、オークションと言えば、お金持ちが美術品や宝飾品を冗談みたいな値段で取引するシーンが想像できたそうです。美術品なんて美術館に置いておけばいいのに、と子供心に思っていました。
今では、ネットオークションしか思い浮かばないサトゥーです。
◇
「何かいい事でもあったんですか? サトゥーさん」
今日は炊き出しの手伝いに来ている。何度か炊き出しの手伝いをしている間に、セーラ嬢がオレを呼ぶ敬称が「様」から「さん」に変わった。ゼナさんと同じ呼び方だ、彼女が呼ぶときみたいな恥じらいを感じる。デレるとミーアのキックが跳んでくるので平静に答える。
「はい、難航していた仕事が上手くいきそうなのです」
この間、シーメン子爵邸で手に入れた幾つかの魔法のお陰で、鋳造の魔法剣が上手く作れたのだ。とは言っても、前に木魔剣で成功したレベルなので、第一歩を踏み出したに過ぎない。鍛造の方は目処さえ立っていない状況だ。
前に買った「魔法道具につかう30の定番回路」に、魔剣に使えそうな回路が色々と載っていたので、順番に試してみよう。他に興味深かったのは飛空艇に使う回路で、怪魚という空飛ぶ魚の魔物の素材が必要らしい。普段は外洋の上空を飛んでいるらしく、入手は困難なのだそうだ。
「ご主人さま、配給食を貰い損ねた子供達が来たんですけど、どうにかなりませんか?」
「今日は大人が多かったもんね~」
ルルとアリサが連れてきたのは、ポチと同じ、犬人族の子供が2人に鼠人族の子供が3人だ。年は4~8歳ほどだ。ポチがポケットから取り出した焼き菓子を配ろうとしている。ルルが何度も教育したので、焼き菓子を直接ポケットに入れるのではなく、ちゃんとハンカチで包んで入れてある。
「へへん、イタダキ~」
「あ~ばよ~、いぬっこ~」
ポチの手から、素早く焼き菓子を奪った猿人族の子供達が、路地に逃げていく。
突然のできごとにポチはしばらく目を白黒した後、「待つのです! どろぼうはメッなのです~」と叫びながら、犯人を追いかけていく。
「リザ、タマ、頼む」
「はい!」「らじゃ~」
2人に頼んで、ポチを追いかけてもらう。迷子になったら大変だ。
お腹を空かせた5人の子供達は、ナナに頼んで近くの露店で、何か食べさせるように頼んだ。あまり高価なものにしないようにナナに釘を刺しておく。ナナは「幼生体」に甘いからな。まあ、アリサも付いていってくれたから大丈夫だろう。
程なくポチとタマが、それぞれ頭上に猿人族の子供を担いで帰ってきた。どこで手に入れたのかロープでグルグル巻きになっている。
「ご主人様、犯人を捕らえたのです」
「ザイニンに死のテッツイを~」
「どうしましょう? 官憲に渡せば適切に捌いてくれると思いますが」
リザ、今、「裁く」じゃなくて「捌く」を使わなかったか?
問い詰めるのが怖い。
2人の小さな盗人は「ごめんなさい」「もうしません」とか言っているが、大して反省はしていないだろう。官憲に突き出すと下級奴隷コースか斬首だ。公都では、罪を犯す亜人にはトコトン厳しい処分が下される。
焼き菓子1個で人生を棒に振るのはフランスパンみたいな人だけでいいだろう。オレは優しくデコピンだけで許してやった。
子供達が大げさに痛がって転げまわっているが、演技……のはずだ。ポチやタマが額を押さえて痛そうな顔をしている。不思議な事に、アリサとミーアまで額を押さえていた。
リザに縄を解いて放すように言って炊き出しの片付け作業を行う。猿人族の子供達がポチの事を「アネさん」と呼びながら作業を手伝っている。懲りていないのか、ポチのポケットからお菓子をスリ取ろうとしてタマに見つかって阻止されている。怒ったポチに拳骨を落とされて、さっきみたいに地面を転がっている。HPの減りから見て手加減はちゃんとできているみたいだ。
「ねえ、ミコのお姉ちゃん」
ミコ? 巫女か。
「どうしたの?」
「大人の人が、マオーが復活するとか」
「セイキマツーだ。みんなシヌンダーとか言ってるの」
「みんな死んじゃうの?」
亜人だけじゃなく人族の子供も、心配そうな顔でセーラを囲んでいる。
お茶会の時にも話題にでたが、魔王の季節の頃は世紀末的な、厭世観や滅亡論が流行るのだそうだ。それに加えて、アリサと深夜の実験をしたときの震動が地上にも届いていたらしく、魔王が復活する前兆ではないかと噂になっていた。その為、翌日からは、2時間以上かけて深い階層まで潜ってから実験する羽目になった。
「大丈夫よ、そんな事無いわ、きっと勇者さまが退治してくれますよ」
「ん」
「だいじょぶ~」
「ご主人さまが、マオーなんてズババンとやっつけちゃうのです」
「ご主人様、責任重大ですね」
ポチとタマがキラキラした目で見上げながら腰に抱きついてくる。ルルは楽しそうに言うが、きっと本気では思っていないだろう。唯一真実を知っているアリサだけが、複雑そうな顔をしている。知らない方が幸せっていう事もあるよね。
◇
「こんばんは、巫女長様」
「あら、ナナシさん。いつも神出鬼没ね」
前に公爵城で見たときは年相応に見えたのだが、この部屋だと何故だか若く見える。
「今日は、魔王の神託についてお伺いに来ました」
「あら? アナタが退治してくださったのでしょう? テニオン様の神託で『討滅』と告げられていたわよ」
「きっと、通りすがりの勇者が倒したのでしょう」
「うふふ、そういう事にしておきましょう」
老齢とは思えない軽やかな笑い声だ。
おっと、そんな事より確認しておかねば。
「市井の民の間では、魔王が公都の地下で雌伏していると噂されています。神殿から魔王が討滅されたと発表しないのですか?」
「公爵閣下には直接お伝えしたけれど、他の神殿の神託では『討滅』と出ていないそうなの、だからテニオン神殿だけが魔王討滅を発表する訳にはいかないのよ」
まさか、まだ他にも魔王がいるのか?
大魔王とかが居そうで嫌だな。
会話の間に魔力を充填していた蘇生の秘宝を巫女長さんに返す。バッテリー代わりにしていた聖剣を宝物庫に収納する。
「ありがとう、ナナシさん。これが必要な時が来なければいいのだけれど」
「そうであってほしいですね」
去り際に、巫女長さんからあるものを貰った。
免罪符。
前の世界でも存在した集金の為の品物ではなく、賞罰に刻まれた罪を一つ消去する事ができる品なのだそうだ。これをオレに贈った巫女長さんの意図が判然としないが、便利そうなので黙って受け取っておいた。
◇
下街で手に入れたカツラの一つを被って、ナナシスタイルで夜の街を歩く。薄手のフード付き外套を着て歓楽街を歩く紳士は多いので意外に目立たない。
貴族になってから出費の桁が増えているので、武術大会中にこっそり開かれている闇オークションにお邪魔している。入場に必要な招待状は、魔王の犠牲になった何人かの貴族が持っていたようで、入手するまでもなくストレージ内にあった。
代理人を使う事もできるそうなので、依頼する事にした。売れなくても出品毎に銀貨1枚が手数料として取られる。指定した最低額より高く売れた場合、1割が代理人のモノになるという契約だ。鑑定書が無いと安く買い叩かれると言われたので、オークション会場の公認鑑定士に鑑定書を発行してもらった。公認鑑定士は10人ほどいたのだが、みな目に隈ができているのに、すごい笑顔だった。文字通り書き入れ時なのだろう。思わず、スタミナ回復薬を差し入れしてしまったよ。
出品するのは薬品と武器だ。
薬品は、ナナシ印の精力増強剤や一部が元気になる魔法薬だ。
お茶会の時に当主のオジサン達との会話で売れ筋なのを知った。どの世界でも変わらないな。鎧井守の肉が原料なので、幾らでも作れる上に相場がかなり高値だ。服用した人間に腹上死されても困るので、ある程度は品質を落として作ってある。
5本セットを10組作って持ち込んだのだが、予想以上の高値で売れた。今度は増毛剤や豊胸剤でも研究してみようかな。
武器は、魔物の素材を使ったエセ魔法武器や試作した鋳造魔剣なんかだ。鋳造魔剣を作成した時に、称号「魔剣の鍛冶師」を得たりした。
魔物の素材で作った槍や剣、弓なんかは探索者や傭兵っぽい人たちに売れていた。
鋳造魔剣は、貴族らしき人たちに売れていた。あの買い付けている人に少し見覚えがある。AR表示で確認したら、公爵さんの所の軍務主計官の人だった。お付きの騎士らしき人が、鋳造剣に魔力を通して魔刃を発生させている。なかなかの使い手みたいだ。
気前良く1本毎に金貨100枚も出しているが、そんなに使って大丈夫なのか? 他人事ながら心配だ。盗賊から巻き上げた武器を溶かして鋳造しなおした品で、使っている魔液も普通の品質のものなので、1本あたりの製造コストはほぼ無料だ。もし、素材を購入したとしても金貨2枚もいかないだろう。ボッタクリもいいところだ。
代理人の所に軍務主計官の人が来て、もう10本ほど注文できないかと問い合わせがあったそうだ。10本くらいなら1時間もあればできるから受注しておくか。あと3日ほどオークションが開催されるそうなので、最終日に持ち込むと約束しておいた。
全部で金貨780枚なり。
もちろん代理人さんに手数料を払った後の金額だ。鋳造魔剣5本が570枚で売れたのが大きかった。金って、ある所にはあるんだな。
予定より稼ぎすぎたので、市場への還元の意味もあって闇オークションで入札してみた。魔法の品に混ざって、没落貴族の令嬢とか、違法薬品とか、レベルの上がる薬とかが出品されていた。レベルの上がる薬はAR表示で確認したところ「経験値+1万」となっていたので、オレには意味の無いものだった。迷宮都市でのドロップ品らしく金貨70枚ほどで落札されていた。思ったより値段が低かったが、使い捨ての品物としては破格らしい。
購入の時も代理人が使えるそうなので、依頼してみた。数冊の魔法書と巻物が3本だ。闇オークションで出る品だけあって、犯罪臭が凄い。
術理魔法:偽装情報
術理魔法:開錠
術理魔法:施錠
シーメン子爵の巻物工房で断られたものばかりだ。
最終日には「亡国の王女」や「古代語の研究書」、「飛空艇の空力機関」といった目玉商品が目白押しらしい。亡国の王女って、アリサやルルの姉妹とかじゃないだろうな?
◇
歓楽街で英気を養った後に、地下迷宮の奥にあるいつもの広場で、鋳造魔剣を量産した。途中で飽きてきたので、槍や斧槍タイプも何本か作っておいた。生産コストは高いが、オークションでも斧槍タイプが一番高値がついていたので作ってみた。定番魔法回路を紹介する本に、魔力を電撃に変換するヤツが載っていたので、斧槍に後付で追加してみた。魔力を流す量を間違うと自分も感電しそうだったので保護回路も追加しておいた。
>称号「魔法武器の鍛冶師」を得た。
帰る前に消臭で痕跡を消したのに歓楽街に寄ったのがバレてしまった。小さくても女の勘は鋭いものだ。
明日の武闘会の決勝は、陛下も臨席するらしい。
しかも、リーングランデ嬢と王子の2人が、決勝前にエキシビションマッチをするそうだ。もし、騒動が起こるなら、そこか結婚式のどちらかだろう。
王子達と「自由の翼」が接触する気配は無いようだ。例の伯爵邸は摘発されたらしく、構成員の数は半分になっている。難を逃れた者達は下水道に潜伏している。自首しても斬首みたいだから臭くても出るに出られないのだろう。できれば、そのまま終の棲家にしてひっそりと余生を送ってほしい。
※8/4 称号を追加しました。







