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デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )  作者: 愛七ひろ
第八章

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8-13.子爵と巻物工房

※9/15 誤字修正しました。

※8/13 一部加筆修正しました。


 サトゥーです。統合環境でプログラムをしていると、ふとニーモニックのバイナリ変換表を眺めつつ速度と容量を切り詰めていた学生時代を懐かしく感じる時があります。

 もっとも、あの頃に戻りたいとは思いません。やはり技術は進歩しないとね。





 ワシ鼻に眉間の皺、よく整えられた口ひげにオールバックに纏められた濃い金髪。その瞳からは、強い意思を感じさせられる力強さが溢れている。


 本当にトルマの兄弟か?


 横に並ぶとトルマの父親に見える。やや老け顔で、まだ34歳とは思えない。


「トルマを救ってくれた事を感謝する」


 不思議だ。お礼を言われているのに上司に叱られている気になってくる。

 それが、トルマの兄、ホーサリス・シーメン子爵だった。


「悪いね、サトゥー殿、兄はこういう話し方しかできないんだよ」

「失敬な。トルマ、私の話し方のどこがおかしいというのだ」


 言葉自体は普通なのだが、ホーサリス氏の喋り方が、不出来な生徒を叱る堅物教師のような感じだ。実際、横でアリサが涎を垂らしそうな気配を放っている。妙にテカテカしたオーラが漏れているような気がしてならない。


 最大の懸念事項だった工房の見学は、問題なく許可された。

 トルマの短剣の対価に約束した魔法のスクロールの件も、最優先とはいかないものの、1ラインを優先的に割り振ってもらえる事になった。


「そうか、シャロリック殿下と揉めたのか、ペンドラゴン卿、それは十分注意したまえ。殿下は(いささ)か揉め事を暴力で安易に解決したがるきらいがあってね」


 ホーサリス氏によると、王子は王都でも厄介者扱いだったらしい。10年ほど前には、結婚が決まっていた地方領主の娘に手を出して、あわや伯爵領が1つ、シガ王国に反乱を起こす寸前までいった騒ぎがあったらしい。リーングランデ嬢が王子との婚約を解消したのも、この件があったからだそうだ。

 本来なら病気療養という名目で、辺境の修道院というか離宮に幽閉されるところなのだが、卓抜した剣の腕があったため聖騎士として身を立てる事が許されたらしい。聖騎士になってからも黒い噂は絶えなかったそうだが、地方領主の時のような大きな不祥事は起こさずにいたらしい。


 そんな人間に、よく聖剣を預けるモノだ。





「ですから、蛍鈴蘭の露を使ったインクをですね~」

「たしかに、そのインクなら付与台での精密操作が可能だが、幾らすると思っている」

「そんなのジャングさんの言ってた竜鱗粉や捻角粉(ドリル・パウダー)とかだって、採算とれないじゃないですかぁ~」


 廊下に通じる扉の向こうから人の声が聞こえてくる。

 ホーサリス氏が呼び出した、巻物職人さん達だろう。


「旦那様、おかえりなさいませ」

「ホーサリス様、お帰りなさい!」


 メタボという言葉を鼻で笑うような肥満体の中年男性と、メガネにアッシュブロンドのショートヘアで、そばかすの小さな少女が部屋に招き入れられた。少女の方は、綺麗とはとても言えないが醜いとも言われないだろう凡庸な顔のノームの女性だ。


「そちらが工場長のジャング。そんな見た目だが、巻物に関してはシガ王国一の技術者だ。そちらの娘がナタリナ。創意工夫にかけては工房一だ。必ずペンドラゴン卿の期待に応えてくれるだろう」


 創意工夫って、つまり売れ筋じゃなくて変な巻物を作ったり、工夫と称して予算を湯水のごとく使うのだろう。たしかにオレ向きの人材だ。


 ホーサリス氏は、2人を紹介した後にトルマと連れ立って出かけてしまった。元々、出かける前の空きの時間に挨拶するだけのつもりだったので問題はない。





 希望する巻物のリストをジャング氏に見せて、巻物化できるか確認したのだが、やはり上級に含まれる魔法は不可能だった。

 また、「偽装情報(フェイク・パッチ)」や「開錠(アンロック)」のような犯罪や諜報に使える魔法も請け負えないという事だった。


 戦闘用が良くても犯罪用はダメなのか。


 その癖、「透視(スルーアイ)」や使い方次第で鍵開けに応用できる「理力の糸(マナ・ストリング)」なんかは大丈夫らしい。


 他にも巻物作成は、巻物の仕上げをする人間が、その魔法のスキルを持っている必要があるらしく、「重力」「影」「精神」「死霊」などの魔法は作成不能らしい。

 なら「空間」魔法も使えるのか? と期待したのだが、「空間」「破壊」の2種類は初級までしか作成できる者がいないらしい。

 神聖魔法の巻物化は、主に宗教的な理由でできないと言われた。技術的には可能なのか。


「ねえ、士爵様。収集家なのは分かるのだけれど、この表にある魔法は巻物で使っても大した効果の無い物ばかりよ? 本当にいいのかしら?」

「ナタリナ、もう少しちゃんとした敬語を使え」

「え~、ちゃんと敬語になってますよね? 士爵様」

「少し砕けてますが、私は成りあがり者なので、敬語が使いにくかったら普通に話してくださって構いませんよ」


 それを聞いたナタリナさんが「ほんとー? やったー」とバンザイしながら答えて、ジャングさんに頭を叩かれていた。

 呪文のラインナップについても、効果が弱くても文句を言わないと確約しておいた。半分ほどの呪文は在庫にあるそうなので、受注分の優先順位を付けて依頼を完了する。


「ヘンな呪文ね? 見やすいけど、やけに効率が悪いわね。初級で収まるとは思うけど、詠唱が長くて使いにくいんじゃないかな」


 この世界の呪文は、プログラムで言うところの「スパゲッティーコード」みたいなものだった。昔の非力なCPUしか無い時代のアセンブラみたいに、パズルのように絡み合っていたのだ。そのため非常に解析し辛かった。もしかしたら難読化の為にやっているのではないかと疑った程だ。

 そこで、自前の呪文を作るのに際して、呪文を機能別にモジュール化して構造化プログラミングの考え方を導入してみた。結果、非常に可読性の高い呪文になったのだが、呪文が長くなり、必要なMPが増えるというデメリットが生まれてしまった。従来の呪文は長い歳月を掛けて最適化した結果だったのだろう。


巻物(スクロール)化できませんか?」

「ああ、それはダイジョーブ。ちょっとヘンだけど術理魔法の作法を逸脱してないみたいだから、なんとかなりそー、です」


 ジャングさんがジロリとナタリナさんを睨んだせいか、最後に申し訳程度の敬語っぽい語尾を付けてきた。


「では、士爵さま。在庫を出すのに少々お時間を頂きたいので、その間、工房の方を御覧になりますか?」

「はい、是非に」


 アリサを連れて工房の見学に行った。工房は子爵家の敷地内の地下にあり、幾人もの警備の人間が厳重に警戒していた。警備は全員20レベル以上で、「見破り」や「監視」などの密偵対策のスキルを持った者達で構成されていた。


 工房は幾つもの小部屋に分かれており、特定の工程だけをこなすようになっている。そのため全体の工程を知る者は、ごく少数らしい。非効率にも見えるが、技術の秘匿が重要なのだそうで、かなり徹底されている。


 巻物の紙は、別の場所で作っているらしく「巻物用紙、乙」みたいな解析結果だった。2人の技術者との会話で、インクに魔核(コア)の粉末が必要らしい事がわかった。子爵さんが王都に向かっていたのも、純度の高い魔核(コア)を買い付ける為だったらしい。中級魔法の巻物作成に必要な魔核(コア)はレベル30以上の強力な魔物からしか獲れないそうだ。加工前のものを見せてもらったが、この間の鎧井守から得た魔核(コア)よりも少し赤味が濃い。


「この部屋ではインクを作っています」


 ジャングさんが扉を少し開いて中を見せてくれる、中には入れてもらえないようだ。ここで「巻物用インク、甲」を作っているらしい。大体の材料は判ったのだが、素材の一つが「巻物用インク、乙」だった。なかなか手ごわいな。


 巻物作りと言っても、専用の紙とインクで呪文を書くだけではないようで幾つもの工程を必要とする。その為に、既製品でも2~4日、オーダーメイドの場合は+1~2日を見ておく必要があるそうだ。


 在庫に存在した呪文は、次のようなものだ。


 術理魔法:自在盾フレキシブル・シールド(中級)

 術理魔法:自在鎧フレキシブル・アーマー(中級)

 術理魔法:透視(スルーアイ)(中級)

 術理魔法:魔力譲渡(マナトランスファー)(中級)

 術理魔法:魔力強奪(マナドレイン)(中級)

 術理魔法:魔法破壊(ブレイク・マジック)(中級)

 術理魔法:理力の手(マジック・ハンド)(中級)

 術理魔法:理力の糸(マナ・ストリング)

  土魔法:研磨(ポリッシュ)

  土魔法:型作成(モールド)

  水魔法:解毒(リムーブポイズン)(中級)

  水魔法:治癒(アクア・ヒール)(中級)

  水魔法:軽治癒(ウォーター・ヒール)

  風魔法:風防(キャノピー)


 殆どは引き取り手の無い見本扱いの品だったそうだ。一番古いものだと100年以上前の品もあるそうだ。


 下級は3本で金貨1枚換算、中級は1本で金貨2枚換算で計算してもらった。オリジナルは、金貨3枚という扱いだったのだが、呪文の複写を許可する事で金貨1枚換算にしてもらった。

 この辺の交渉はアリサが活躍したのだが、対価(ごほうび)に要求されるセクハラを考えると、追加料金を払ったほうが良かったんじゃないかと思えてしまう。


 在庫の中に「研磨(ポリッシュ)」や「型作成(モールド)」みたいな地味な魔法があったのが嬉しい。コレで、鋳造する時に木型から砂型を作る手間が減る。


 前にラカがグルリアン市の魔族と戦った時に使っていた小盾群を生む魔法――「積層理力小盾マルチ・マナ・スケイル」という名前だと教えてもらった――が在庫に無いか探したが、見つからなかった。

 注文作成できないか相談してみたが、上級の術理魔法らしいので無理だと言われてしまった。残念だ。

 元々は猪王が使っていた小盾群を、術理魔法で再現するために開発されたモノだという逸話が聞けたが、実物を見た身としては再現度がもう一つだと言わざるを得ない。それともスキルレベルが高ければ同等の魔法になるのだろうか?


 発注したのは次の通りだ。


 術理魔法:軽気絶(ライト・スタン)(オリジナル)

 術理魔法:誘導気絶弾(リモート・スタン)(オリジナル)

 術理魔法:録音(サウンド・レコーダー)(オリジナル)

 術理魔法:撮影(フォト)(オリジナル)

 術理魔法:理力剣(マジック・ソード)(オリジナル)

  水魔法:液体操作リキッド・コントロール(オリジナル)

  風魔法:気体操作(エア・コントロール)(オリジナル)

  雷魔法:電気操作エレクトロニック・コントロール(オリジナル)

  火魔法:花火(ファイアワークス)(オリジナル)

  光魔法:幻花火ファイアワークス・イリュージョン(オリジナル)


 空間魔法:遠見(クレアボヤンス)

 空間魔法:遠耳(クレアヒアリス)

 空間魔法:遠話(テレフォン)


 生活魔法:柔洗浄(ソフト・ウォッシュ)

 生活魔法:乾燥(ドライ)

 生活魔法:止血(バンデージ)


 スタン系は、威力に上限を設定した対人用に。録音、撮影は実験の記録や観光の記念写真用に。操作系は、魔法の道具を作る時に使う為に用意した。他の魔法は地味だったりマイナーすぎて巻物になっていなかったヤツだ。


 透視は、服を透けさせるためではない。10代の頃ならまず思いつく用途だが、使い道としては、鋳造の魔法剣を作る時に加工状況を観察する為の魔法だ。


 理力剣(マジック・ソード)は、透明な刃を持つ直剣を作り出す魔法だ。博物館のヤマトさんの絵画を見ていて思いついた。透明な剣とか、実にファンタジーっぽい。


 実のところ、理力剣は中級魔法だったのだが、ナタリナさんの琴線に触れてしまったらしく、他のオリジナル魔法と同じ扱いで処理してもらえる事になった。


 最終的に、巻物代が少しオーバーしてしまった分は現金で支払って帳尻を合わせた。


 巻物工房の見学が終わる頃に、ジャングさんが巻物の仕上がり予定日を教えてくれた。丁度、空間魔法が使える人間が空いていたらしく、「遠見」「遠耳」「遠話」の3種類が3日後に、他は5日後に「気体操作」が仕上がる予定らしい。他の魔法はそれ以降になるそうだ。特に生活魔法は作業ができる人間が大会観戦を口実に長期休暇を取っているらしく、大会終了後に着手になるらしい。


 帰りにマユナちゃんの所に居座っていたナナを連れ帰るのが一苦労だった。



 前にトルマと一緒に魔法屋で買った魔法のラインナップは非公開にします。基本的に攻撃魔法や定番魔法ばかりです。


 理力の手を中級に変更しました。それにあわせて代金が変化したので、オーバー分は現金で支払った旨の記述を足しました。


 巻物の購入の所でラカの使う小盾群についての記述を加筆しました。(ラカで検索すると見つかります)


※感想の返信について

 感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。


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