8-3.下町の騒動
※8/12 誤字修正しました。
サトゥーです。日本にいたときに見学にいったのは、できたてを試飲できるビール工場くらいです。工場で飲むビールは、どうしてあんなに美味しいんでしょうね。
◇
ちょいちょい、っと絵の中から幼女が手招きしている。
オレはその仕草に招かれるように手に歩み寄った。
彼女のいる絵は、野原に1枚の扉が描いてある不思議な油絵だ。彼女はその扉を開くと、その中に入って中から手招きをする。
オレは、その絵の額縁に手をかけて――
◇
「おはよ~?」「なのです!」
元気な掛け声と共に、お腹の上に僅かな衝撃。
うっすら目をあけると、ポチとタマがお腹の傍にダイブしていた。お腹の衝撃は2人の腕がお腹に乗ったモノだったようだ。
変な夢だった。
昨晩は、魔法道具の解説の読み解き方の資料を手にいれたので、明け方まで魔法道具の分類をしていたせいで、あんな夢を見たのだろうか?
「おはよう」
挨拶して2人の頭をグリグリと撫でる。少し乱暴な仕草だったのか2人が、オレの手のひらを両手両足で抱えるようにして脱出する。甘噛みしてきたので痛がる振りをする。
「むぅ」
寝起きのミーアが、オレの頭をワシャワシャとしてきた。構ってほしいのか起こされた報復なのか微妙なラインだ。
これだけ横で騒いでいるのに、アリサは苦悶の顔で眠っている。どんな夢を見ているのやら。
そこに朝食の準備ができたとナナが呼びにきたのでアリサを起こして食堂に行く。まだ眠いのか、アリサのやつが朝から「だっこ」とか言って甘えてきたので肩に担いで、食堂まで連れていった。ポチとタマが羨ましそうに見ていたので、後で2人を肩に担ぐ事になりそうだ。
◇
「士爵様、工房の見学日程ですが――」
昨日、公爵の城に行く途中にシェルナさんに聞いたのだが、工房の見学は、行ってすぐできるモノではないらしく、事前に予約が必要なのだそうだ。そこで、シェルナさんに予約を代行してもらった。
トルマの実家のシーメン子爵の巻物工房の見学が、10日後なのを除けば、2~5日後に見学できるようにスケジュールを組んでもらった。巻物工房の見学がやけに遅いのは、シーメン子爵が王都に行っている為に彼の帰還を待つ必要があるかららしい。
「では、今夜の晩餐は、士爵様とカリナ様のお二人でよろしいですか?」
「もちろん、よろしいのですわ」
シェルナさんの質問に、オレより早くカリナ嬢が答えている。
彼女の言う晩餐は、ウォルゴック前伯爵夫妻から誘われたものだ。さらに3日後には公爵の主催するパーティーにも誘われている。何か騒動の予感がするのは疑心暗鬼がすぎるだろうか?
晩餐のパートナーはナナでも良かったんだが、カリナ嬢よりも作法に詳しくなかったので――カリナのメイド隊のプッシュもあって――カリナ嬢に話が行ってしまった。いっそ、ルルを連れていった方が楽なのだが、ルルはああいう席に耐性がなさそうなので断念した。
「武術大会の方ですが、本当に出場なさらないのですか? 二次予選に出場したと言えば貴族社会でなかなかのステータスになるのですが……」
「その心算はないですよ」
「分かりました。二次予戦の会場は市内の闘技場なのですが、そちらの個室の貴賓席が1室確保してあるので好きなときにご利用できます。ただ、残念ながら本戦の方は個室の確保ができませんでしたので、共同の貴賓席になります」
個室の貴賓席は、騒いでも大丈夫なのだそうだが、共同部屋の方は、亜人や奴隷が騒ぐとNGなのだそうだ。ポチとタマが大会を見て騒がないとかはありえないので、本戦は一人でこっそり観戦に行こう。二次予戦はあさってから5日間開催されるらしい。
◇
4人乗りの馬車を2台出してもらって、皆で下町へ出かけた。もちろん、カリナ嬢は置いてきた。
大壁前の駐車スペースで降車して、そこからは徒歩だ。
「いっぱい」
「そうね、大きな大会が開かれているだけあって、人種の坩堝ね」
「るつぼ~?」
「美味しいのです?」
「うふふ、ポチちゃんは食いしん坊さんね」
貴族街の大通りも人が一杯だったけど、下町はもっと混雑している。東南アジアの市場みたいに妙な熱気がある。それに釣られたのか、皆もいつも以上に、はしゃいでいる。
まずは、古着屋で薄手の春物を買おう。オレとルル以外は外套を羽織っているので、見ているだけでも暑そうだ。リザにいたっては金属鎧で完全武装だ。軽装でいいと言ったのだが、「護衛の正装です」と主張していたのでそのまま連れてきた。
「いい匂いなのです」
「むむむ、これは! 醤油の焼ける匂いね。あれよ、イカの照り焼きだわ、ポチ隊員、タマ隊員。至急容疑者を確保するのよ~」
「かくほ~」
「あい、なのです」
確かにいい匂いだ。アリサに先導されたポチとタマが屋台に走っていった。ミーアは3人に釣られるように走っていったが、たぶん食べられないはずだ。リザとルルが、幼女達の後ろを徒歩で付いていく。
「マスター、緊急事態です」
ナナが呟くように囁いてオレの腕を取って皆が向かう方とは違う道へ連れていこうとする。こちらに気がついたルルに「すぐ戻る」と告げておいた。マップがあるから合流はすぐだろう。
ナナがぐいぐいひっぱる先には、鼠人族の子供がいた。いや、首を前後しながら歩いているし、肌がツヤツヤしているから違うみたいだ。AR表示では、海驢人族になっていた。
「あの幼生体の動きは、計算不能なのです。効率的ではないのに、目が離せないのです」
ナナが見たかったのは、この子達のようだ。たしかに可愛い歩き方と言えなくもない。ある程度鑑賞したら皆の所に連れていくか。腕が幸せだが、あまり皆と離れたままで心配させるのも悪いしな。
幸せな時は唐突に終わった。
◇
アシカ人の子供が、虎人族の大男に蹴飛ばされたのを見た瞬間、ナナの気配が変わった。ナナは、オレの腕を放すなり、人ごみの向こうへ宙返りをして一気に飛び越えていき、子供と大男の間に割り込んだ。
身体強化の理術を使ったみたいだが、発動がずいぶん早くなったものだ。リザ達と毎日訓練しているせいか。
「なんだ? 人族か? 女はすっこんでろ」
「拒否します。幼生体への過剰な暴力は危険が禁止だと告げます」
虎人族の腕が振りかぶられ――
「てめぇ、いつの間に現れやがった?」
振り下ろす前に、オレの手に掴まれて止まった。
大男は後ろから手を掴むオレを鋭い眼光で睨みつけてくる。
見たところ、前方不注意だったアシカ人の子供が虎人族の大男にぶつかって、ズボンを汚したのが諍いの原因だったらしい。
もっとも、大男のズボンは初めから汚れなんて判らないほど汚れている。
「暴力はいけませんよ」
「そうかよっ」
大男はオレに答えながら、蹴りを放ってくる。それをジャンプで避けながら男の前に着地する。もちろん腕は掴んだままだ。
拉致スキルを活かして、男を地面に組み伏せる。
そこに何者かの大剣の攻撃が振るわれた。
「マスター、新手です」
ナナの危機感を感じさせない警告を聞くまでも無く空間把握と危険感知で気が付いていたので、組み伏せたまま、腰の妖精剣で大剣を受け流す。
「ほう? ゲリを組み伏せたまま、俺様の剣を受け流すかよ」
路地の暗がりから現れたのは、真っ白な毛並みの虎人族の男だ。しかし、街中で真剣振り回すとか正気じゃないね。自分のことは棚上げだが、自衛行為だ、見逃してほしい。
周りの野次馬が騒いでいる。こいつは二次予選出場者のようだ。
「街中での刃傷沙汰を起こしたら二次予選出場がフイになりますよ?」
「ふん、街中で奇襲を受けて、その余裕か。貴様も二次予選出場者だな。決勝まで来い、決着はそこでつけよう」
ここで「違います」とか素直に言ったら拗れそうだ。適当にミスリードしておこう。
「楽しみにしていますよ。頑張って勝ち上がってください」
「ふん、余裕を見せているのも今のうちだぜ」
組み伏せていた方の大男を解放して1歩下がる。勘違いしているうちに立ち去ってほしい。こんな所で、これ以上目立ちたくない。
白毛の男が余裕を見せながら大男を連れてその場を去るのを見送る。
周りの野次馬は、戦いが始まらなかったのが不満なようだが、知らん。
「マスター、マスター! 幼生体が口から体液を出しています。緊急処置を要請します」
ナナが後ろから棒読みで訴えるので、ポケットから取り出した魔法薬をアシカ人の子供に飲ませる。すぐ回復したようで安心した。なぜか野次馬から歓声が上がっている。
アシカ人の人気は凄いな。ナナが惹かれるはずだ。
その人気者は、飲み終わった後の瓶をいつまでも舐めている。魔法薬に甘い味付けをしたからだろう。
アシカ人の子供達は、ナナの両手に抱えられるままになっている。
「マスター、この子達も、うちの子にする事を提案します」
「ダメ」
「マスター、再考を」
「却下」
珍しく消沈しているナナだが、ここは折れるわけにはいかない。
何かの鐘の音が鳴ると、子供達がナナの腕の中で慌て出したので、ナナに手放すように指示する。少し躊躇っていた様だが、観念して手放したようだ。
なぜか、子供達の向かう方向にアリサ達がいるようなので、そのまま子供達の後を付いていった。ナナに手を引かれているからではない。できれば腕を組むほうがいいのだが、アリサやミーアに見つかると抗議されるのでこのままでいよう。
子供達の目的地には予想外の人がいた。







