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デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )  作者: 愛七ひろ
第八章

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8-1.公都にて

※2013/8/12 誤字修正しました。

※2015/7/6 一部修正しました。

 サトゥーです。日本人は世界的に見てもせっかちな国民性だそうですが、異世界の人々ものんびり屋さんばかりではないようです。





「落花生が、飛んでるのです!」

「魔物~?」


 甲板から戻ってきたポチとタマがオレの両袖を引っ張って甲板へと連れていく。

 2人が指差す方を見ると飛空艇が浮かんでいる。マップでは確認していたが、実物を見るとなかなか感動する。全長100メートル級の落花生みたいな硬式飛行船だ。ヘリウムなどの気体で浮いているのか魔法道具で浮いているのかは不明だ。

 マップで確認していた飛行ルートから推測して、今朝、王都から到着したのだろう。


「あれは飛空艇だよ」

「ひくーてー?」

「空飛ぶ船の事だよ」

「すごいのです! 乗ってみたいのです!」


 うん、オレも乗ってみたい。

 普通に考えて軍事用だとは思うから、乗せてもらえるかは微妙だ。


「うはー。まさにファンタジーね。燃えるわ~」

「どうやって浮いているんでしょう?」


 アリサとリザもやってきた。アリサも初めて見るのか。勇者一行とかなら専用の飛空艇とかに乗っていなかったんだろうか?


「マスター、あれが欲しいのです」

「うふふ、可愛い形ですよね」


 ナナが飛空艇の方に手を伸ばして掴もうとする仕草をしている。ルルが可愛いと言うが、可愛いか? 感性の違いなのかよくわからない。


「後で、アリサにあの形のクッションでも作ってもらえば、いいんじゃないか? 可愛い上に柔らかいぞ」


 ナナは手をポンと一つ叩き、アリサに強請りに行ってしまった。渋るアリサを後ろから抱きしめて、淡々とした口調で熱く飛空艇の可愛さを語っている。そのうちアリサも折れるだろう。ああいう時のナナは絶対に諦めないからな。


「ご主人様、シェルナ殿にお伺いしたのですが、オーユゴック市の大壁の内側では亜人が歓迎されないそうです。入港前にポチ、タマ、ミーアの3人にも外套を着せておいたほうが良いと思います」

「そうだね、飛空艇熱が下がったら着るように言うよ」


 リザの言うシェルナ殿は、添乗員さんの事だ。本職はグルリアン市の太守――ウォルゴック伯爵の文官の一人らしい。初めAR表示で確認したときは、太守がお目付け役でも付けたのかと思ったのだが、若い頃に添乗員のバイトをして学費を稼いでいた時を懐かしんで、添乗員代わりをしていたそうだ。


 公都では、太守さんの厚意でウォルゴック伯爵邸に滞在させてもらえる事になっている。普通に宿でも良かったのだが、武術大会が開かれているために、マトモな所は空きが無いだろうという事だったので、厚意に甘える事にした。


 オレ達の乗ってきた船は公都の船着場に向かっている。下町に繋がる荷揚げ場ではなく、公都の大壁前に築かれた貴族や御用商人用の船着場の方だ。

 大壁とは本来のオーユゴック市の外壁の事だ。人口が増えすぎて市外へ人々が住み着き出した為に、外側に3メートルほどの新壁と呼ばれる防壁が作られたらしい。もっとも本来の大壁と異なり魔物の襲撃を防げるほどの強度が無いので、大壁の内側は貴族、富裕層、技術者が暮らし、外側には労働者や亜人などの貧困層が暮らすように住み分けられる様になったらしい。





 上陸したオレ達は、シェルナさんの案内で、ウォルゴック伯爵邸に向かった。

 入市時の検査は太守の通行証のお陰でノーチェックで入れた。ただ、その時に衛兵達の数が少なかった気がする。マップ検索で見た限りでは、衛兵達が市内を駆け回っているようだ。


 やはり、昨夜、魔王を倒した後に、構成員の死体と身分を特定できる品物を、城の中庭にシートを被せて置いてきたのが原因かもしれない。魔王復活の計画書と秘密結社「自由の翼」の衣装も一緒に置いてきたから後始末に追われているのだろう。頑張れ。


 残りの構成員も捕縛して突き出しても良かったのだが、面倒なので放置してある。地下通路で変装用の衣装を奪った女性構成員は仲間が救出したらしく、ボビーノ伯爵邸という貴族の屋敷に集結しているようだ。騒動を起こされても困るのでマーキングだけはしてある。


 ウォルゴック伯爵邸は大壁内にある貴族区画でも、1軒あたりの屋敷面積の広い区画にあった。

 シェルナさんと共にウォルゴック前伯爵に挨拶を済ませ、そのまま伯爵邸の2人乗りの馬車を出してもらって公爵城へと登城した。シェルナさんは、なかなかエネルギッシュな人のようだ。

 オレはスタミナが溢れるほどあるから大丈夫だが、アリサやミーアなど体力のない者は館内で今日はのんびりすると言っていた。付いてきても公爵との面会には参加できないので、特に問題はない。カリナ嬢はポチとタマを誘って中庭で鍛錬に行った。船で体が動かせなかったのでフラストレーションが溜まっていたのだろう。リザやメイドさんも付いていったので、騒動にはならないだろう。


 公爵の城は、ムーノ男爵の城と同じ面積だが、豪華さと人の多さが雲泥の差だった。

 城壁を越えた中庭には、全長4メートルの鉄のゴーレムが4体ほど城門を威圧するように配置されている。城壁にはセーリュー市で見たような対空用の塔が接続されてあるようだ。どんな砲が置いてあるかは確認できなかった。後で見学させてもらおう。


 馬車は中庭を越えた先の内壁のところまでだった。ここからは歩きのようだ。案内役の侍女さんに先導されて、大理石がふんだんに使われた回廊を進む。足元には絨毯が敷かれ、壁には等間隔で美術品や花が飾られている。絵の良し悪しは判らないが落ち着いた趣味のいい絵だ。


 回廊の途中の壁にかけられている絵の中から手を振られた。


 さすがファンタジー。魔法の品のようだ。


 絵に描かれた小さな女の子が手を振っている。それに釣られて手を振り返したら、喜ばれた。なかなかインターラクティブだ。他の絵も中の人物が動かないか期待して見てみたが、残念ながら普通の絵画ばかりだった。


「士爵様、どうかされましたか?」

「いえ、何でもありません。さすが公爵様のお城ですね。楽しい魔法の品がありますね」

「そうですね、私も最初に登城したときには驚いたものです」


 さもありなん。絵の中の人物が動いたら誰だって驚くよね。





 オレ達は通された部屋で、執政官補佐という人物と面会している。


「では、これがムーノ男爵からの書簡です。それで、こちらがムーノ男爵領執政官のロットル子爵からこちらの執政官様への書簡になります」


 2組の書簡を渡す。ニナさんからの書簡は3本の巻物と1束の資料だ。

 執政官補佐はそれを恭しく受け取った後、助手らしき人の持つ書台に預ける。シェルナさんも太守からの書簡を渡しているが、一緒に持ってきた鞄は助手さんの方に渡している。後で聞いたが、各部署からの報告書が詰まっていたそうだ。

 ノックがあったので許可するとメイドさんが入ってきて執政官補佐さんに耳打ちする。


「ペンドラゴン卿、公爵閣下がお会いになるそうです。少々、ご足労頂きますが、よろしいですか?」


 おや?

 予定では、今日は書簡を渡すだけで、面会は数日後という話だったのに。

 二度手間にならずに済みそうなので、快く了承する。初めから断る権利はなさそうなので、相手も形式的に尋ねただけなのだろう。


 てっきり謁見の間に案内されるのかと思ったのだが、謁見の間の前を素通りして公爵の私室らしき場所に通された。

 さっきまでの部屋も豪華だったが、こちらは更に2つくらいグレードが高そうな部屋だ。勧められるままに腰掛けた椅子は硬すぎず柔らかすぎず絶妙のフィット具合だ。仕事場にこういう椅子が欲しかった。部屋の片側には水槽があり、熱帯魚っぽい魚が飼われている。形はグッピーみたいだが、半透明で内側から薄緑色に淡く光っている。


 部屋の四隅には裸婦像が4体建っているが全て動く魔法像(リビングスタチュー)だ。上手く存在を隠しているが、数人の衛兵が待機している控え室へ続く通路がある。天井の上にも魔法兵が3名ほど待機しているようだ。可動しそうなギミックは無いので、有事には天井を突き破って降りてくるのだろう。

 普通の人には、これらの護衛達の存在が感知できないように配慮されている。無意味に来訪者を威嚇する意図はないようだ。


 部屋付きの侍女さんから公爵の来室を告げられたので席を立って迎える。

 部屋に入ってきたのは総白髪の恰幅のいい老人だ。髪も豊かだが、ヒゲはもっと豊かだ。好々爺という雰囲気だが、眼光が力強すぎる。その証拠に、一緒に来ていたシェルナさんがカチコチに固まっている。公爵の後から入ってきたのが執政官だろう。こちらは白髪混じりの金髪で、痩せ型だ。切れ者っぽい細い目の男性だ。


「ふむ、貴公が、魔族の姦計を見破り、複数の魔族が率いる魔物の大群からムーノ領を守った英雄殿か。若いな」


 お互いが名乗った後に、執政官が口火を切った。若い? そうか外見は15歳だったな。鏡が貴重品なせいかよく忘れる。


「その上、今度は我が領土のグルリアン市に現れた魔族を退治してくれたらしいな。礼を言わせてもらおう」


 この辺の言葉だけを聞いていたら、オレが出世の為に魔族を嗾けた張本人みたいに聞こえてきそうだ。


「先に戦っていた方々や、配下の獣人達の活躍があればこそです。私一人では魔族には勝てませんでした」

「謙遜は不要だ。ウォルゴック伯からは二次予選への推薦状が届いていたぞ」


 太守さん、推薦するなら先に内諾をとってほしかったです。

 もちろん出場するつもりはないので、やんわりと断った。


「そうかそれは残念だな。ここに呼びつけたのはムーノ男爵の事で伝えておく事があったのでな」


 なんだろう? まさか、男爵領にまた魔族が攻めてきたとか?


「閣下、その言い方では彼が勘違いしますよ」

「そうか? 良い話だ。ムーノ男爵は春の王国会議の時に伯爵への陞爵が決まった。2段階の陞爵は例が無いので揉めたが、十分すぎる功績をあげたからな」


 元々、陞爵が決まっていたみたいだけど、丁度いい功績があったのでそれが早まったようだ。特に領土が広がるわけではないようだが、周りの領主から舐められずに済む程度のメリットがあるらしい。


「貴殿は出世欲が少ないようだな」

「出世欲ですか? 今の名誉士爵という位でも過分なくらいですから」


 どうやら、オレもムーノ男爵のおまけで名誉准男爵への陞爵の話が出ているらしい。名誉士爵や士爵の位は領主の特権で叙勲できるそうなのだが、准男爵以上は国王にしか陞爵したり叙勲したりできないそうだ。正直なところ陞爵とか興味がないので無難に話を流した。

 ここからが、本題のようで公爵に代わって執政官が前に出てきた。


「卿は知らぬとは思うが、グルリアン市を襲ったような下級魔族が各都市を襲っていたのだ」


 知っているんだが、普通は知らないはずなので少し驚いた顔をしておく。


「被害が少なかったのはグルリアンとスウトアンデルの2都市のみ。あとは復興に何年か掛かりそうな被害が出ている。先月にセーリュー市を襲ったような上級魔族の出現こそ確認されていないが、他の伯爵領には中級魔族が出たという話もある」


 確かに上級魔族が攻めてきたら都市の一つくらい無くなりそうだが、下級くらいなら倒せそうなものなんだが。勝てる人材が来る前に被害がでるのかもしれない。太守さんがやけに親切だった理由が少し理解できた。


 各地で魔族被害が増えているので、魔族に対抗できるだけの人材を揃えたいという話だったようだ。他の領主の家臣を勧誘なんて、どうかと思うがムーノ男爵とは権勢が違いすぎるので、出向という形にできるのだそうだ。その気は無いので、角が立たないように断った。


 グルリアン市を救った褒美の希望を聞かれたので、戦術系の巻物や魔法道具の買い付け許可証が欲しいと主張してみたら、あっさり受け入れられた。帰宅後にアリサに話してみたら、各地の復旧があるので現金の出費は避けたいという思惑でもあったのではないかと言われた。なるほど。

 ついでに、ムーノ市の今後の為にという名目で、各種工房に見学に行く許可証も発行してもらった。オークグラスの工房見学とか、すごく楽しみだ。





「はあ、緊張しました」

「本当ですね」

「よくおっしゃいますね。士爵さまは、閣下の前でもごく普通だったじゃないですか」


 それは無表情(ポーカーフェイス)のお陰だな。実際、会話の後半とか何を話していたか覚えてはいるが実感がない。


 馬車に乗る為に中庭に出たところで、様子がおかしいのに気が付いた。

 皆が、上空を見ている。


「士爵さま、アレを御覧になってください」


 シェルナさんの指差す方を見る。逆光なので手を翳して見る。光量調整スキルがあるので手を翳す必要はないのだが、習慣で手が動いた。


 そんな瑣末事はともかく、それは空から降ってきた。


 シェルナさんは単なる案内役です。



※2015/7/6 飛空艇のサイズを変更しました。

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― 新着の感想 ―
シェルナさんが「普通の人」側の感覚に見えて、主人公との対比が面白いですね。
[一言] 涙滴状ならエーテルが満ちる太陽系の有名な宇宙船だが、瓢箪だかピーナッツ状ならノウンスペースのあの船殻かな?
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