7-幕間5:転移者の受難
サトゥー視点ではありません。
作中に残酷な表現があります。苦手な人はご注意を。
※2/11 誤字修正しました。
俺は一人で何でもできると思っていた。
誰が食事を作ってくれているのか、誰がゲームや携帯を与えてくれていたのか、そんな事は感謝するまでも無く当たり前に与えられるべきものだと思っていた。
だからだろうか?
自分は、周りのクラスメイト達とは違う。なんの根拠もなくそう思うようになっていた。
もちろん、努力をするのはカッコ悪い気がして何もしなかったから、ゲームの腕ばかりが上がった。匿名掲示板で炎上させるのもお手の物だ。
そんなヤツを相手にするのが嫌だったのか、友達どころか家族さえ距離を置くようになってしまった。イジメに遭わなかったのが、不思議なくらいだ。
だからこそ、俺は願望充足型のギャルゲーをはじめ、無双モノや転生モノに嵌っていった。
特に転生モノは、いつ召喚されても良いようにネットでいろんな知識を集めるくらい嵌った。集めた情報はスマホに落とした後に、手帳に書き写した。転移先に電気があるとは限らないからだ。手帳には、汚い字で一杯にそんな知識を書き込んである。
さあ、異世界のお姫様。いつでも召喚オッケーだぜ!
口は災いの元。この言葉が身にしみる今日この頃だ。
◇
急に暗くなって、どこかのレンガ作りの部屋の中にいた。
おいおい、どこだよ、ここは?
なんて、もちろん分かってるさ。常考。
部屋は薄暗く、蝋燭の炎が揺らめいている。魔法の光じゃないんだな。
おっと、オレの好きな転生モノを忘れるな。最初に観察するのは「人」だ。オレは必死で、ここに居る人間の顔に目を配る。誰と誰が仲間で、誰が召喚に賛成で、誰が反対か。観察しろ。今、俺にできるのはそれだけだ。だからこそ観察するんだ。
部屋にいるのは、巫女っぽい服の女性が3人に、兵士っぽい男が6人。あとは文官っぽい爺が2人に陰険メガネっぽいイケメン野郎が一人いる、あいつは敵だ。そう決めた。
げ、イタチが直立して何か話してやがる。獣人は耳と尻尾だけにしてくれよ。肉球までなら許す。
俺の人間観察は、中断を余儀なくされた。
「●●●●、●●●。●●●●●●●●●」
その人が話しかけてきた時に、俺のクールなスタイルが一瞬で蒸発した。
オウ、ジーザス!
頭が真っ白になって、何も考えられない。ただ一心に、その女の人を見つめる事しかできかった。何かの魔法攻撃か精神汚染かもしれない。
でも、どーでもいい。
今は彼女を見つめる事がジャスティス。
彼女の侍女らしき女性が、何かを差し出してくる。
君、邪魔、邪魔。ほら退いて。彼女の髪が少し隠れたじゃないか。俺の手を取って何かしているが、視界を妨げなければそれでいい。
「私の言っている言葉が分かりますか?」
分かるけど、それが何さ?
彼女の美貌を愉しむのに何の意味がある。
「どうしましょう、殿下。翻訳の指輪が機能していないかもしれません」
「まあ、困りましたわ。どうしましょう?」
美人は困った顔も綺麗だ。
もっと、色々な表情が見たいな。
「殿下、先ほど触らせたヤマト石の結果が出ました」
「それで結果は?」
「先の2人と同じです。『埋没』という珍しいスキルを持っていますがユニークではありません」
「国益にかないそうですか?」
「残念ながら……」
「そうですか」
何か不味い話が聞こえてきた。「先の2人」って何だ。俺は3人目なのか? 「私は、たぶん3人目だから」とか言わないといけないのか? しかも国益って何だ? 勝手に拉致っておいてその言い草は何なんだよ。
イマドキの若者の例に漏れず、俺も瞬間沸騰的に怒りを抱く。
それに冷や水を差したのは、彼らを守る兵士の存在だ。あの腰に差している剣や手に持つ槍は本物っぽい。
反撃するなら、今じゃない。
これは冷静な考察だ。けっして兵士の持つ剣が怖かったからじゃない。兵士の眼光から感じる動いたら殺すといわんばかりの殺気のせいでもない。あくまでもクールな思考の結果だ。クールに行こうぜ。クールによ。
相変わらず視線は、紫色の髪の彼女を見つめてしまう。美少女すぎて、生きてるのが辛い。年は何歳だろう? 高校生くらいにも見えるけど、もっと上だろうか? ツインテを縛るのは細いリボンがいいとか話しかけてみたいが、兵士の視線が怖い。いきなり無礼討ちに遭いそうだ。
◇
結局、誘拐犯の皆さんに終始、空気のように扱われた後で、兵士2名に護衛されたメイドの案内で3畳くらいの小部屋に通された。部屋の明かりは蝋燭の乗った燭台が1個あるだけだ。
「明日の朝になったら、教育係の人が来るから、待ってて。後で何か食べる物を持ってきてあげるからおとなしくしてるのよ?」
20歳くらいのメイドが、恩着せがましい口調で言って去っていく。
どうせ、定番の黒パンと塩味の薄いスープとかだろ?
宮廷料理でも持ってきてみろってんだ。
戻ってきたメイドが持ってきた食事を見て、先ほど心の中でした悪態に後悔した。
ファンタジー舐めてたぜ。
晩飯がイモ1個って何だよ! しかも生って! 腹壊すわ!
部屋の外にまだ護衛の兵士達の気配を感じるので、文句の言葉を飲み込んだ。それをメイドは勘違いしたようだ。
「あら? そんなにお腹へってたの? 明日の朝食は別のを用意してあげるから、1個全部食べていいのよ。遠慮しないでね」
彼女は嫌味の無い口調でそう言って、水差しをサイドテーブルに置いて去っていった。おいおい、コップも無しかよ。
さすがに生のイモを食べるほど飢えていないので、水差しから直接口をつけて喉を潤す。
口寂しいので、ポケットに常備している飴を口の中に放り込む。他に手持ちであるのは十徳ナイフとスマホ、飴が3個に一番大事な、内政チート用のメモ帳だ。
糖分が補充されて少し頭が回るようになってきた。
まずは、自分の身にチートが宿っているかの確認からだ。
簡単な所で腕立て伏せをした。いつも通り10回もしない内にダウンした。肉体強化系のチートはなし。
十徳ナイフの刃を出して、仮想ゴブリンをイメージしてナイフを振り回す。途中でむなしくなったが、やはり剣術とかの武道系チートもなし。
召喚された以上魔法はあるはずだ。最後の望み、魔法チートをやってみよう。イメージだ。炎をイメージして机に向かって手を突き出す。
寒い。心が寒い。
魔法のない世界なんだ。そう決めた。
という事は、俺は素の俺のままなのか。召喚魔法陣、仕事しろ。
ふん、神様のお詫びもなかったから、薄々気が付いていたよ。妄想と現実は違うんだ。少しくらい絶望しても許されるだろう? もう、疲れたよ。眠いんだパトっち。
◇
とある事に気が付いた俺はガバッと立ち上がる。
そうだ、ここはハードモードの世界だ。ひょっとしたら廃人レベルのベリーハードの世界かもしれない。休息はまだ早い。
手に入れた情報を精査しろ。
俺は召喚された。たぶん、召喚者は、あの美少女だ。
紫ツインテの美少女は、殿下って呼ばれてたから、たぶん王族だ。
陰険メガネが言っていた「先の2人」ってのは誰だ。俺と同じ召喚されたヤツか?
兵士達の目を思い出せ。やつらは明らかに俺を警戒していた。という事は前の2人は召喚早々なにかやらかしたんだ。まさかと思うが、あの美少女に抱きついたとかじゃないだろうな。
違う、注意するのはそんなことじゃない。
そうだ「スキル」だ。あいつらは確かそう言っていた。オレはスキルを持っていると言っていた。たしか「埋没」だったか? 俺らしすぎて目から汗がでそうだ。
どうやって使うんだろう?
埋没って心の中で唱えてみた。なんとなく存在感が薄れてきた気がする。って、いつもの事じゃねぇか。
少し悲しくなりながら、部屋を抜け出る。
歩哨が立っているかと思ったが、部屋の外には誰も居なかった。
ここで城内を探検しようなんて子供みたいな事を考えなければ、俺の未来は少しは違ったのかもしれない。
だが、現実にはIFなんて無い。一度選んだ選択は無かった事にはできない。
そして俺は聞いてしまった。
聞いてしまったんだ。
先に召喚された2人は、勇者の適性なしと判断されて処刑されたと。なんの罪悪感も感じさせない口調で兵士とメイドが話していた。
ふざけるな!
拉致った挙句にそれは無いだろう。不要なら元いた世界へ送り返せよ。
◇
部屋にも戻れず、城の中を彷徨っていた俺は一人の少女に出会った。
俺は慌てて彼女の口を塞ごうとしたが、逆に護身術のようなもので押さえ込まれてしまった。
華奢な体つきに似合わず力持ちなんですね。何故、敬語だ。
「静かに。騒ぐと兵士がきます。あなたは今日、ユリコ様に召喚された異世界人ですね?」
彼女はメネアといい、この国の王女だそうだ。ユリコというのが紫ツインテの美少女で、彼女の伯母と教えられた。永遠の17歳ですね。わかります。
幾つかの情報と引き換えに、彼女から情報を聞き出した。
聞かなければ良かった。元の世界に戻れる方法は無いそうだ。呼びっぱなしかよ。
先に召喚された2人の末路を話した時に、彼女が動揺していた。彼女はその2人が城から出て町で暮らしていると聞かされていたそうだ。
俺は必死に彼女の同情心を煽って、城からの脱出方法を聞きだした。こんなに頑張ったのは高校受験以来だ。
俺は彼女から幾つかの果物と換金用に宝石の付いた指輪を貰った。彼女は拉致に直接絡んでないみたいだったから恩に報いるつもりで、内政チート手帳から手頃なのを2ページ破って渡した。このページの内容は暗記済みだ。ヒマな学生舐めんな。
◇
メネアから貰った松明にライターで火をつける。
教師に喫煙の疑いをかけられたり、警邏中の巡査に職質されて放火の疑いをかけられたりしても持ち歩いていた甲斐があった。
夜の内に町まで行って「埋没」してやる。
ふふふ、町に着いたら冒険者ギルドに登録して、そこからサクセスストーリーを掴んでやる。異世界ドリーム、カモーンだ。
虫の声が聞こえない。
分かってるさ。
ここはイージーモードの世界じゃない。クレイジーハードな本物の異世界だ。そりゃ魔物だっているさ。
でも、人間サイズの蟷螂が襲ってくるとか、マジ勘弁。
必死で逃げるが、夜の山中がこんなに走りにくいとは思わなかった。数メートルも逃げられずに捕まって。左腕をパクリと齧られた。痛いというより熱い。アドレナリンがバクバク分泌されているのか、痛みはあまり感じない。
ああ、ゲームオーバーか。
反撃しようにも、松明はどこかに落とした。
ヤツは美味しそうに俺からちぎり取った左手を食っている。逃げ出そうにも腹の上にヤツの足が乗っているので動けない。
ああ、血を流しすぎた。
意識が朦朧とする。
最後に喧騒が聞こえた。何を言っているのかわからない。そうか翻訳指輪は左手につけてたっけ。
最後に見たのは褐色の肌に長い耳。
生ダークエルフたん、キター。
クソゲーな人生だと思っていたが、最後にいいものが見れた。
どうせなら、ダークエルフを横に侍らせて、俺TUEEしてみたかったぜ。
俺、今度生まれ変わったら黒衣の騎士になるんだ……。
言うまでも無いかもしれませんが、彼は死んでません。
メネアの話(7-15)にあった三人目の人です。







