7-23.誰も知らない夜(5)
※2/11 誤字修正しました。
※7/6 一部改訂してあります。
サトゥーです。家庭用ゲーム機の黎明期を知っている世代だと、復活の呪文といえばひらがなの羅列を指すそうです。その話を聞いた時は冗談だと笑ったのですが、事実だったそうです。娯楽のためなら意外と人間は頑張れるようです。
◇
ふう、疲れた。
仮面が2枚とも壊れたので、アリサに頼まれて作ったコスプレ用の白い仮面をつける。元ネタを知っているだけに感情が抜け落ちそうで怖い。安物の服にマントを着けて広間の出口に向かう。
広間は、よく倒壊しないなと感心したくなるほどの、惨状だ。
床は捲れ、柱は何本も倒壊し、何箇所もクレーター状に凹んでいる。いくつかのクレーターは火炎炉のせいかガラス状になってしまっている。祭壇なんて跡形も残っていない。
さすがは魔王と言うべきか、あんなに強いとは思わなかった。レベル差3倍にアイテム満載でギリギリだったからな。
もう再戦の機会がないのが残念――なんて欠片も思わない。
相手も魔法が苦手なタイプだったから良かったけど、両方得意なタイプだったら負けていたかもしれない。
公都の武術大会でも見て剣技や戦い方を学ぼう。
あと、やはり詠唱の練習は再開した方が良さそうだ。
魔王クラスが空間魔法とか使い始めたら勝てる気がしない。シーメン子爵で貰う巻物は、魔法破壊や魔法解除なんかが必須だな。あとは、中級以上の攻撃魔法だ。今回も火炎炉が無かったら詰んでいたかも知れない。あれの巻物を売ってくれたドワーフのガロハル氏には、旅先で見つけた美味い酒を必ず贈ろう。
さて、そんな事を考えながら、重い扉を開けて部屋の外に出る。最初から扉が少し開いていた訳はすぐに判った。
たしか、ここに構成員の人がいたはずだ。ストレージを検索すると。「石化した構成員」という名前のアイテムがあった。そういえば魔王が魔眼で石化攻撃していたな。アレを見てしまったのか、好奇心猫を殺すってヤツだな。
生贄にされそうだった少女2人に、丈の長いシャツを着せてやる。2人共14歳には見えないほどプロポーションが良かったのでこれで安心だ。
彼女達は、ガルレオン神殿とパリオン神殿の巫女のようだ。共にレベル30となかなかのモノだ。
2人を肩に担ぎ、転送部屋へと行くが、転移装置の操作方法がわからない。戦利品の中に操作マニュアルもありそうだが、正直疲れすぎてそんな気になれない。
魔槍で天井を削り、土を露出させる。
後は土壁生成の応用で細い通路を通す。やはり魔法は便利だ。
即席の通路――というか穴――を天駆で一気に駆け上がる。転送元の部屋には3人ほどの構成員達がいたが、相手をするのが面倒なので、短気絶を叩き込んでおいた。死んではいないはずだ。
来た道を戻ると公爵三男の部屋なので、マップを確認しつつ神殿の地下に続くコースを選ぶ。途中、白いワニやボロを着た謎生物っぽい人を見かけたが全てスルーしておく。元気になったら手土産を持って遊びに来るのもいいかもしれない。
向かっているのは死んだ少女のいたテニオン神殿だ。彼女の所属だからと言うわけではなく、テニオン神殿の老齢の巫女長だけが50レベルを超える高レベル聖職者だったからだ。しかも称号が「聖女」になっている。
先に決めたコースを機械的に移動しながら、ストレージ内で少女の死体を操作する。試しに少女から流れ出た血をドラッグ&ドロップしたらスタックできた。スタックというか、死体に吸収されたようで、分離はできないようだ。
同じ発想でポーションをドラッグしてみたが、ダメだった。
テニオンの巫女長さんが「聖女」の称号を持っていたのが気になった。もしかしたら勇者みたいに特殊効果のある称号なのだろうか?
ダメ元で称号を「聖者」にしてポーションをドラッグしたら上手くいった。
もっとも生き返ったわけじゃない。アイテム名が「セーラの死体:破損度、極大」から「セーラの死体:破損度、大」になっただけだ。ポーションのドラッグを何度か繰り返したらアイテム名が「セーラの死体」になったので無駄ではないと思いたい。
あとは、蘇生魔法があるかどうかだ。
◇
「あら、今夜の暗殺者は、随分優秀なのね。こんなに接近されるまで気が付かないのは初めてよ」
テニオン神殿の巫女長の部屋に忍び込んだのだが、さっそく暗殺者と間違われてしまった。
「あら、暗殺のついでに誘拐なの?」
巫女長さんは、オレが両肩に担いだ少女達に気が付くと困惑したように尋ねてくる。
この老婆は神聖魔法なんかの他に、人物鑑定スキルと危機感知スキルを持っている。なので、後の話を信じてもらうためにレベル表示をサガ勇者並みの70にしてある。スキル表示は回復系のみで揃えておいた。
とりあえず訂正しておこう。
「はじめまして、ユ・テニオン巫女長殿。私はナナシ。貴方を害するつもりはありません。この2人は『自由の翼』という名のカルト集団から救出してきたパリオンとガルレオンの巫女です」
「まあ。確かに見覚えがあります。ねえ、ナナシさん。お顔は見せてくれないの。そんな仮面じゃ話しづらいわ」
「申し訳ありません、巫女長殿。善行は隠れてする主義なのです。どうかご容赦を」
「そう、恥ずかしがり屋さんな聖者様なのね」
声が若いな。月明かりが照らす彼女の顔は、とても80歳には見えない。17歳と言われても信じそうだ。
「ねえ、ナナシさん。もしかしてウチの巫女のセーラの行方を知らないかしら」
「知っています」
表情には出ていないはずだが、語調が低くなってしまった。
オレの言葉から全てを察したのか彼女の顔が固い。
「あの子は逝ってしまったのね」
彼女の言葉に一つ頷く。
「ナナシさん、一つだけ正直に答えてくださるかしら?」
「答えられることならば」
彼女は少し震える声で尋ねてきた。
「セーラの命を奪ったのは、『自由の翼』の人間? それとも――」
ほんの僅かの逡巡の後に言葉を続ける。
「魔王。そうなのね、セーラは魔王の生贄にされたのね」
「そうです」
巫女長の端正な顔に、一筋の涙が流れる。
「そう、あの子は運命に抗えなかったのね」
巫女長さんが嗚咽交じりに語ってくれた。
そう遠くない日に魔王が出現すると神託があったらしい。ただ、その場所が、神託を受けた巫女ごとにまちまちで7箇所もあったため、皆が皆、自分の信仰する神が齎した神託だけを信じたらしい。
巫女長さんの言う運命とは、彼女がこの都市で魔王復活の生贄にされるというものだったそうだ。テニオン神殿の総力を上げて守っていたのに、今日の夕方に、彼女は神殿の部屋から忽然と姿を消したらしい。
そして、テニオン神殿の神託では、このオーユゴック市に魔王が蘇るとの事だったらしい。
念の為、聞いてみたら迷宮都市セリビーラやアリサの故国を占領したヨウォーク王国の名前もあった。残り4箇所はパリオン神国、鼠人族や鼬人族の首長国、そして最後は他の大陸にある国の名前だった。
7分の1の確率にあたるとは、オレもこの都市も運が悪い。
◇
本題に戻ろう。
「ユ・テニオン巫女長殿、あなたは蘇生魔法が使えますか?」
「ええ、使えます」
おお、存在するのか蘇生魔法!
オレの興奮に水を差すように、暗い声で巫女長が続ける。
「ただし、幾つか条件があります。第一に対象者がテニオン神殿の洗礼を受けている事。第二に死後30分以内である事。第三に、この蘇生の秘宝に十分な魔力が蓄えられている事です。20年前に公爵の嫡子の蘇生に使ったので、あと数年は使えません」
なんだ、そんな事か。
彼女が首から下げていた蘇生の秘宝を手に取り魔力を注ぐ。ぐんぐん行くな。2000ほど注いでも充填が完了しない。
仕方ない、ストレージからエクスカリバーを取り出して、魔力源になってもらう。巫女長が聖剣を見て驚いているが、日本人らしく微笑みで誤魔化しておいた。
蘇生の秘宝は2万ポイントほどで満タンになった。やはりこの聖剣の容量は別格だな。魔王と戦っていた時も、武器としてではなく魔力タンクにすれば良かった。
後から知ったのだが、蘇生の秘宝に魔力を注げるのは「聖者」か「聖女」の称号を持つ者だけらしい。
「ここにセーラ嬢の遺体を召喚します。死後数秒しか経っていませんから、間に合うはずです」
「そんな、時魔法は御伽噺にしか出てこない実在しない魔法なのに……」
時魔法は無いのか。時間遡行してヤマトさんに会うとかしてみたかった。
逸れた思考を戻す。
セーラの遺体をストレージから取り出す。裸のままだったので、タオルを上に掛ける。ストレージから遺体を取り出したときに驚かれたが、気にしない事にした。
巫女長が、長い呪文を唱え出す。
神聖魔法はいつも長いが、今回は格別に長い。
呪文が完成し、セーラがアイテムから人に戻ったのを見届けて、その場を去った。
魔王を退治した事を伝え忘れたけど、便利な神託があるみたいだし、わざわざ戻って報告するのも格好が付かないので、そのままにした。今日は疲れたよ。
それにしても、長い夜だった。
風俗で癒されたいところだが、心配して待っているアリサ達を安心させる為にも早く帰る事にした。
キリがいいので、ここで7章を終わります。
幕間を2~3話挟んで8章に続きます。
・石化した構成員が自動回収されないのはおかしいと指摘があったので、回収されるように改訂しました。
・サトゥーは仮面をしたまま微笑んでいるので、当然ながら巫女長には見えていません。







