7-1.ドワーフの里へ
※お待たせしました。7章始まります。
※9/1 誤字修正しました。
※6/16 若干加筆しました。
サトゥーです。出張する時に新幹線のホームで転勤する人の見送りをしている人達を見かける事がありました。
あんな風に見送られる気分はどんなのだろう? と思ったことはありますが、実際に見送られてみると、意外に悪い気分じゃないようです。
◇
「どうしても行くのかい?」
出発するオレ達を見送りに来てくれていたニナ子爵が引き止めてくれる。
彼女の後ろには20人以上のメイドさんや下男下女の皆さんが総出で見送ってくれている。
メイドさんの衣装は2週間前の地味なワンピースではなく、秋葉原あたりで見かけるようなフリフリなメイド服だ。さすがにスカート丈は足首まであるが、以前のモノとは比べ物にならないくらい可愛い。
もちろん首謀者はアリサだ。なぜか男爵領の予算ではなくオレのポケットマネーから資金を提供させられるはめになったんだが、この出来なら納得だ。
しかし、完成は春頃と聞いていたのに随分早いな。服屋の琴線にでも触れたのかもしれないな。カワイイは正義ともいうし。
ちなみに今は、日が昇り始めたばかりの早朝だ。
正直なところ、こんなに見送りに来てくれるとは予想外だった。
視界の端ではソルナ嬢から何か貰っているポチとタマの姿がある。小さな巾着に入ったお菓子のようだ。
他には、男爵やハウト、ゾトルなんかの男性陣も来てくれている。
ここには、カリナ嬢はいない。
彼女の部屋付きの侍女に起こさないように頼んであるからだ。ここ2週間、毎日のように襲撃されているので、出発時の面倒ごとは避けたかったんだ。
それよりも、さっきから、にじり寄ってくるメイドさん達が怖い。
みんなして手を胸元に組んで涙目で見つめてくる。
え~っと?
誰も手を出したりしてないよね?
「士爵様、行かないでください」
ずいっと一歩踏み込んできた赤毛のスレンダーなメイドさんが、そう叫んで抱きついてきた。
おしい、もう少しボリュームが欲しかった。
彼女を皮切りに、次々と抱きついて引き止めてくれるメイドさんたち。
くぅ、ロリ体型のメイドさんたちが素早すぎて、素敵ボリュームのメイドさんたちとの触れ合いチャンスを逸してしまった。
後ろから「デレデレすんな」とアリサのキックが入ったが、スルーした。
「士爵さま、ずっと居てください」
「そうです、士爵さまが居なくなったら誰がクレープを作ってくれるんですか」
「クレープなんかよりカラアゲをもう一度!」
「ポチちゃんだけでも置いていって~」
「何言ってんのよタマちゃんの方が可愛いでしょ」
「むしろ婿に来てずっとゴハン作ってください」
しかし、モテてるわけは無いとは思っていたが、見事にみんな食欲とかポチやタマの可愛さに負けた口か。
おや?
両足に馴染みの感触があるので視線を落としたら――
ポチにタマだった。オレの足に抱きついて何がしたい?
2人はキラキラとした目で、くりんと上を見上げている。おしくら饅頭みたいな新しい遊びとでも思ったんだろうか?
「みなさん! 名残惜しいのは分かりますが、士爵様が困っておられますよ」
「そうだよ、食堂に士爵さまの焼いてくれたパウンドケーキがあるからね。今日の朝の仕事が終わった順に食べに来な」
パンパンと手を叩いてメイド長さんが、メイドさんたちを下がらせてくれる。
そこに料理長さんの発言が入るとみんな、潮が引くように後ろに下がっていった。ちょっと寂しい。
「朝飯はマダなんだろう? 士爵様の腕にはかなわないが良かったら食っておくれ」
「ありがとうございます。ありがたく頂きます」
料理長さんから受け取ったお弁当を御者台のルルに渡す。
「まったく、アリサ殿だけでも置いていってくれないかね」
「ダメですよ~ わたしはダーリンの側にいないと生きていけないんです」
誰がダーリンか!
アリサの妄言を聞き流して、ニナさんや男爵と別れの挨拶をする。ニナさんからは色々な街の貴族への紹介状を書いてもらった。他にもニナさんから配達を頼まれた重要都市の有力貴族への書簡も何本か預かっている。
「迷宮都市で1~2年修行したら戻ってきますよ」
「ああ、待ってるよ。その頃にはキミに借りた金を少しでも返せるように領地を立て直すよ」
「はい、期待しています」
「ポチ君とタマ君をくれぐれも頼むよ」
男爵さんはまるで娘を嫁に出すような雰囲気で言ってくる。2人の可愛さに悩殺されすぎです。
ニナさんの言っていた借金とは、男爵領の立て直し資金用に用立てた金貨250枚分の金塊だ。これだけで立て直せるものではないのだが、当面の運転資金として使ってもらった。インゴットで渡したのは、その方が隠し資産っぽいからだ。大量にあるフルー金貨を潰して作った。出所を少し疑われたので、魔法の鞄を見せて説明した。ニナさんには、リザ達の修行の為に迷宮都市へ行くと伝えてある。
リザ達も馬に乗ったようなので、オレも馬車に乗る。
いつまでも見送って手を振ってくれる人達に手を振り返しながら、オレ達はムーノ城を後にした。
◇
さて、この2週間に色々あったわけだが、すぐ目につく変化は、この馬車だ。
男爵家の城内にあった侯爵領時代の工房跡が自由に使えたので、馬車をたっぷりと魔改造した。主に足回りの強化と衝撃の吸収を主題に改造してみた。残念ながら衝撃の吸収は、素材の関係で大した事はできなかった。
馬車を曳く馬も2頭から4頭に増やした事で速度アップと航続距離アップが期待できる。特に、レベルアップしていたタマとミーアが乗っていた馬を馬車にまわしたので、さらに効果がでるだろう。
盗賊避けの為に、リザとナナの2人に鎧を着た状態で騎乗してもらった。ナナ用にリザと同じシュベリエン種という馬を男爵から融通してもらった。2人の鎧はフルプレートで、オレのお手製だ。ナナの寸法を取ったりサイズ調整をするときに、ラッキースケベなシチュエーションがあったのだが、必ずミーアに阻止された。ミーアは、ちょっと勘が良すぎると思うんだ。
騎乗するのがポチやタマじゃないのは、言うまでも無いが背が低くて、遠目に子供にしか見えなくて、盗賊避けとしては逆効果だからだ。
ミーアも基本は騎乗だ。
その理由は、ミーアの馬にある。実は馬ではなく、非合法な裏市場で売っていた一角獣だ。
この世界でもユニコーンの角は万病に効く秘薬として流通しているらしく、このユニコーンは角を切られた後で、好事家の食卓に上がりそうだったところに介入して押収した。
ムーノ男爵領に限らずシガ王国では、取引が禁止されているからだ。
ミーアと一緒に他のユニコーンの所に返しに行ったのだが、角が無い為に群れに受け入れてもらえなかった。
他の種族にとっては回復アイテム扱いだが、ユニコーンにとって角は重要な器官なのだ。この角が無いと種族固有能力が使えなくなるだけでなく、仲間内でのコミュニケーションができないそうだ。AR表示で知ったのだが、ユニコーンは、魔物ではなく幻獣というカテゴリーらしい。
男爵領でも扱いに困っていたのだが、最初のうちミーアにしか懐かなかったので、なし崩しにミーア預かりになった。このままミーアと一緒にボルエナンの森に行って平和に暮らしてもらおう。
「ルル、御者を替わるよ」
「ダメですよ、ご主人様は貴族になったんですから、人の見てるところでは御者とかは使用人にやらせないと」
ルルに叱られたので、御者をするのは諦めてルルの横に腰掛けた。叱りながらもちゃんと横にずれて、ポンポンと御者台を叩くところが可愛い。
「イチャイチャやろうはここか~」
腰掛けるのを見計らったように、棒読みで抗議しながらアリサが腰に抱きついてきた。さらに、わざわざルルとの間に顔を滑り込ませてくる。
「アリサったら、ヤキモチ焼きね」
ルルが微笑みながらアリサの髪を撫でてやっている。
そこに、ポチとタマがアリサを押しつぶすように乗っかってきた。
「うげっ」
「いちゃいちゃ~?」
「禁止なのです」
2人も久々に仲間内だけなのが嬉しいのかもしれない。
「禁止」
並走していたミーアが、寂しいのか少し拗ねた様に長杖で、オレの肩を軽く小突いてくる。
馬車はムーノ市を抜け、街道へ。
そこからはスピードアップだ。市内では徐行していたので、さっきまでの3倍近い速度で馬車は進む。
馬がレベルアップして馬車が速くなるのもいい事ばかりではないようだ。せっかくの振動対策も、焼け石に水だ。
「あう、振動がキビシイ」
「前よりはかなりマシだけど、けっこうキツイかな? ルル、替わるからアリサと一緒に浮遊座席に移っていいよ」
「でも」
「遠慮しなくていいから」
「はい、わかりました」
浮遊座席は磁石の様に反発する性質をもった魔法回路を使ったイスだ。耐えられる荷重が少ない上に、30分に1回魔力供給が必要なので、馬車本体には使えなかった。まだまだ改良が必要だ。
もう少し小型化できたら御者台に付けよう。
「ふう、生き返る」
「お尻は痛くないですけど、酔いそうです」
「酔いそうになったら薬を出すから言って」
「はい」
2人が後席にいったのと入れ替わりにポチとタマが横に来る。
「オトナリ~?」「なのです」
そういえば男爵領にいた時は色々作業していたから寝るとき以外は、あまり一緒にいてやれなかったな。今日は2人を思う存分甘やかす事に決めた。
◇
馬車は4日後にムーノ領を抜けた。
その間、盗賊を何度かレーダーに捉えたのだが、斥候がうろうろするくらいで一度も襲われなかった。やはり、騎兵を外に出すのは効果があるようだ。
オレ達は進路をオーユゴック公爵の都ではなく、少し進路をそらせてドワーフの自治領に向かっている。
自治領は、オーユゴック公爵領の中にあり、ムーノ男爵領から4日ほどの所にある。
もちろん、目的は観光だ。
せっかく、生ドワーフやその町並みを見れるのに回避するのは勿体無いというものだ。
ついでに、ニナ子爵から頼まれた親書の配達もある。
オレ達は、赤茶けた水の流れる川沿いの街道を進み、ドワーフの里にたどり着いた。
盗賊に襲われなかった理由ですが、騎兵3人がいたからでは無く、ムーノ領内ではリザが兜の面防を上げて顔を隠していなかったので、「盗賊狩り」だと斥候に気が付かれたからです。
貸し付けた金貨が多すぎたので減額しました。







