6-幕間1:ルル
※2018/6/11 誤字修正しました。
小さい頃から私はいらない子でした。
母はお城で下女をしていたので、小さい頃は城下町の叔母夫婦の所で世話をしてもらっていました。父はいません。もっと小さい頃に父の事を聞いたことがありますが、上手く誤魔化されてしまいました。
「本当にアンタは醜いね。そんな顔してないで水汲みでもしておいで」
叔母は私の顔が嫌いらしく、よく用を言いつけては家の外に出されました。
叔母夫婦には同い年くらいの男の子が2人と女の子が1人いました。ジド、バド、ククです。
ジドは、私が井戸で水を汲んでいるとあと少しというところで必ずお尻を蹴って邪魔してきました。
バドは、桶を運んでいるときに足を引っ掛けてくるんです。
いつもは警戒しているのに今日は姿が見えなくて失敗してしまいました。
水でずぶ濡れな上に土の上だったので泥だらけです。
「やーい、ドロルル~」
「へへん、ドロの化粧でいつもよりはマシな顔だぞ~」
私は泥塗れになった事よりも、反論できない悔しさで泣いてしまいました。事実、ただずぶ濡れだったときよりもドロ塗れで顔が見えない時の方が、人に親切にされました。
井戸の傍で服と体を洗っていると今度はククが来ました。いつもの厭味なお友達も一緒です。
「あら? せっかくのお化粧を落としちゃうなんて勿体無いわ」
「そうよ、どうせなら仮面を被っていたらいいんじゃないかしら?」
「それいいわ! クク、あんたって天才ね!」
彼女たちは、ジドやバドの様に暴力を振るってきませんけど、その言葉は同じくらい私を傷つけました。こんな時、アリサならどう反撃したでしょう? タマちゃんならドロ団子で彼女達もお化粧しちゃいそうです。
子供の頃の日々は概ねこんな感じでした。
◇
9歳になった時、母に連れられてお城に上がりました。それも王女様の遊び相手としてです。第四王妃様の娘で大変病弱な方だそうです。それに大変気難しく、貴族の令嬢達では3日と保たないので、私に回ってきたそうです。
本来なら、私のような庶民は王女様のお相手をする前に、1年くらい行儀作法を教えられるのですが、2~3日で音を上げると思われていたので、省略されてしまったようです。
「こんどはリリの娘ですって? もう、同年代の遊び相手なんていらないんだってば、どうせなら学者か官僚を付けなさいよ」
扉の向こうから聞こえてきたのは、幼い声に不似合いな大人顔負けの偉そうな言葉です。やはり、ここでも歓迎されていないようです。
初めて会った王女様は、神秘的な紫色の髪と瞳をしたとても美しい女の子でした。しかも彼女の瞳は大人の様に落ち着いていました。
母に促されてぎこちなく挨拶をした私を一瞥した王女様は、トコトコと私に近づいたと思う間もなく私の前髪をかき上げました。いつもは醜い顔が見られないように前髪で隠していたんです。
私は彼女から叩きつけられるであろう罵倒に身構えます。でも予想した罵倒とは違いました。
「ちっ、このリア充顔め、勝ち組は生まれながらに全てを持っていくんだわ」
「アリサ様、この子は容姿が優れているとは言えませんが、この年にしては落ち着いたいい子なんです。嫌わないであげてくださいませ」
りあじゅう顔ですか? 聞いた事の無い言葉です。
アリサ様は母の言葉に小首を傾げ「容姿が優れない?」と呟いています。それは母の優しさです。さすがに自分の娘を「醜い」とは言えません。
「何言ってるの? リリ。この美少女顔で、容姿が優れないっていうなら、この国に美人なんていないわよ?」
この時はアリサの言葉を遠まわしな厭味だと思っていたんですが、後になって彼女は本気で言っていたと教えられました。
こうして、私は王女の側付きになったのです。
◇
私が仕える事になった王女様は、少し変な人でした。
下男たちに命じて王宮の庭に畑を作ったり、王家の図書室や宝物殿に入って難しい本を読み漁ったりしています。変わった服を自分で縫ったりするのに、刺繍や編み物は苦手だったり、色々とアンバランスな人です。それに、社交ダンスや詩吟なども苦手みたいです。
「忌み姫の新しい側付きの子見た?」
「見た見た、何あのブス」
「ちょっとブスが怒るわよ」
侍女の控え室からそんな陰口が聞こえます。忌み姫というのはアリサ王女の事だそうです。あの神秘的な髪や瞳の色が不吉とされているそうなのです。
わたしは告げ口しなかったのですが、彼女たちは次の日にはいなくなっていました。王女様は「ふふん、私の地獄耳の前に陰口なんて無理なのよ」と言っていました。伝声管という遠くの声を聞く魔法の道具があるそうです。
その次の日、アリサ王女は「みにくいアヒルの子」という童話を教えてくれました。
アリサ王女は沢山のお話をしてくれましたが、この話が私の一番のお気に入りです。
現実に白鳥の様になれると思うほど世間知らずではありませんが、少し夢見るくらいは許されると思うのです。
◇
それからは目まぐるしい日々が続きました。
何より驚いたのが、私がアリサ王女の異母姉だった事です。あの伝声管という道具で、他の侍女さんたちが話しているのを聞いてしまったのです。秘密の話だったようですが、アリサ王女は既に知っていたようです。
「これで12人兄弟ね。城下町を探したらもっといたりしてね。ほんと娯楽のない田舎は嫌よね。そうだルル」
「はい、何でしょうアリサ様」
「様禁止ね」
「はい?」
「だ、か、ら、わたしと2人っきりの時は、呼び捨てにしなさい。姉妹なんだから様付けは禁止するわよ」
少しそっぽを向くアリサ王女――いいえ、アリサの横顔が真っ赤です。
この日から、私達は姉妹、いいえ仲の良い親友になったのです。
◇
アリサの農地改革が、この国を豊かにしてくれるのだそうです。
でも、心配です。大臣の息子さんがアリサの改革を後押ししてくれているのですが、侍女たちの噂話からあまり信用できなさそうな人のようなのです。
「いいのよ、男としては信用できないヤツだけど、ああいうタイプは利益を与えておけば意外に使えるのよ。何よりこの国じゃ、女は子供を産む道具でしかないわ。ああいう傀儡無しじゃ政治に関われないのよ」
でも、この日から少しずつ私達の歯車は狂っていったのです。
山が枯れ、肥料に魔物が湧き、畑の収穫が激減していったのだそうです。
でも、私にとっては国が大変な事よりもアリサの心労の方が心配です。この前まで「救国の賢姫」と言われていたのに、今では手のひらを返したように「亡国の魔女」とか「気狂い王女」なんて呼び方をされているのです。
そしてついに王様に城の尖塔の一つに軟禁されてしまったのです。私も世話係として一緒に軟禁されていたので詳細は知りませんが、私達の国は、隣国に占領されてしまったそうです。
王様達は処刑され、私達は奴隷に落とされてしまいました。
アリサは空ろな目で無気力な人形の様なありさまです。気丈なアリサらしくありませんが、まだ10歳の女の子です。無理もありません。
アリサの目に力が戻ったのは、その一年後、牢から出されて離宮に移されて少ししてからです。満月の晩に王都が炎に沈んだのです。私達は2人、手に手を取って山に逃げ出しました。狼の声に怯え、木の実で餓えを凌ぎ、葉に溜まった雨水をすすって生き延びました。
山間の街道で力尽きたところを、通りかかった奴隷商人に捕まってしまいました。もしこの時に捕まっていなかったら、恐らく飢えか狼の牙にかかって死んでいたでしょう。
◇
「ぐへへへへ~」
アリサから気味の悪い声が聞こえてきて、背筋が寒くなりました。
ああ! とうとう気丈なアリサも限界に来てしまったようです。
不細工でできそこないでも姉は姉です。
どんな人が主人になるかはわかりませんが、アリサの事は最後まで私が守ってみせます。
私がそんな悲壮な決心をしていたのに――
アリサってば、好みのタイプの男性を見つけて笑いが漏れていただけって言うんです! もう、アリサってば、もう!
その男性がご主人様になってくれたのは、もう少し日がたってからでした。
初めて、その人を見た印象は「私に似てる」でした。
私のように不細工ではありませんが、顔立ちの傾向が似ているのです。彫が浅く色も白くないし私と同じ黒髪黒眼です。
でも、アリサが惚気るほど美形には思えません。アリサは何が良かったんでしょう?
◇
「なかなか、手ごわいわ」
「何の事?」
アリサの話を聞いて驚きました。アリサってば! 自分から、ご主人様のベッドに裸で潜り込んで寵を得ようとしたそうなんです。大胆過ぎます!
でも、ご主人様はアリサに手を出さなかったそうです。ご主人様とアリサなら、だいたい2~3歳くらいしか違わないみたいだし、アリサほどの美少女に迫られても手を出さないなんておかしいです。
ご主人様は男の方が好きなのでしょうか?
◇
今日は、ご主人様と、いっぱいアリサの話をしました。
途中で喋り過ぎなのに気がついたんですけど、男の人の間近だと緊張して歯止めがきかなかったんです。
でも、ご主人様は嫌な顔一つせず、最後まで聞いてくれました。
それに!
それにです!
私の顔を見ても嫌悪を顔に出したりしないんです。
アリサ以外では初めてかもしれません。
私の勘違いかもしれませんが、私の事を愛おしそうに優しい眼差しで見てくれているような気がします。いいんです、勘違いでも。
料理ができるのがリザさんしかいなかったので、お手伝いしちゃいました。私にもできる事があったんですね。アリサのオマケじゃなく、私自身が必要とされるように頑張ろうと思います。
えへへへ~。
ご主人様に「ルルの淹れるお茶は美味しいね」って褒められました。
ひょっとしたら人に褒められたのは初めてかもしれません。
◇
「そう、よく音を聴いて」
ムリです。ムリですってば、ご主人様!
そ、そんな耳元で囁いちゃダメです。
ああ! 幸せすぎて鼻血が出そうです。乙女としてはそんな事態になったら生きていけません。根性で耐えます。
でも愛を囁かれているとかではありません。昨日、ご主人さまに作っていただいたステーキがあまりに美味しくて、頼み込んで極意を教えていただいているところです。
でも、後ろから抱え込むように、フライパンを持つ手に手を添えられたら、油の跳ねる音を聞いてる場合じゃありません。
それでもなんとか1枚焼けました。
試食したその肉は、ご主人様が焼いてくれたモノには到底及ばない味でしたが、それでも昨日までの私が焼いたモノよりも何倍も美味しく焼けました!
それが私の勘違いじゃないのは、瞬く間に空になったお皿が証明してくれています。
◇
アリサにバレちゃいました。
どうして、私がご主人様に惹かれている事がわかったんでしょう。不思議です。
でも、ご主人様はモテモテです。
アリサだけじゃなくポチちゃん達もいます。
その上、今度はエルフのお姫様まで!
「わ、私もご寵愛を頂ける様に頑張ります」
「はいはい、可愛いよルル。でも寵愛は、あと5年くらい女を磨いてからにしてね」
可愛いって!
いま、可愛いっていいましたよね?!
ああ、もう死んでもいい。
あんなに自然に言ってもらえる日が来るなんて、妄想や夢の中でもおこがましくて思いつけませんでした。
ライバルは増える一方ですが、添い寝をしてもらったり、恋人達がやる「あ~ん」をしてもらったり、幸せいっぱいです。
お嫁さんやお妾さんは高望みすぎますけど、何かの間違いで抱いてもらえたなら、ご主人様の赤ちゃんを産んでみたいです。
そんな話をアリサにしたら――
「大丈夫よルル! わたしが正妻になったら、絶対にルルを2号にしてもらうから!」
アリサはとっても頼もしいです。
でも、アリサに頼ってばかりじゃダメです。
顔はどうにもなりませんから、スタイルだけでもご主人様の好みに合うように、日々頑張っています。アリサやミーアが3日で飽きちゃった「ばすとあっぷ体操」を今でも続けているんです。
あとは料理! 料理の腕を磨いてご主人様の隣に立てるくらいになってみせます。
そして、もう一度「ルル、可愛いよ」って言ってもらうんです!
大それた野望ですが、絶対に叶えます。







