6-34.騒動の終わり(2)
※8/13 誤字修正しました。
サトゥーです。子供の頃は許婚という言葉が色々な物語に溢れていました。いつの間にか陳腐化してしまって見なくなりましたが、我が身に降りかかるとそれほど楽しいモノではないことに気付かされたサトゥーです。
◇
「あんたが姐さんの主人かい?」
「これは初めてお目にかかります。商人のサトゥーと申します」
頬に三条の傷を持つ青年騎士が話しかけてきた。リザと一緒にやってきた公爵の第十七騎士隊の隊長さんだ。隊長さんは特に身分を偽ることも無く、公爵の騎士だと言って名乗り、副長さんを紹介してくれた。どちらも平民だ。そのせいか、騎士というよりも傭兵のような感じの人達だ。普通は騎士なら士爵位かと思ったが、必ずしもそういう訳ではないようだ。
横にいる副長さんは兜で顔が見えないが豹頭族という珍しい種族らしい。もちろん、わざわざ突っ込んだりしない。
「ほう、貴族じゃなくて御用商人の護衛だったのか。それにしても、魔刃なんか使える凄腕をよく雇えたもんだ。よっぽど大店の跡取りとかなんだろうな」
「いえ、大店どころか店舗のない行商人ですよ。今回はちょっと御縁があって男爵さまにお会いしにきていた次第です」
「すまない、隊長は言葉がすぐ口にでるタイプなんだ」
隊長さんの会話の最後の部分は副長さんに向けたモノだったが丸聞こえだ。副長さんがフォローしてくれるが、全然フォローになっていないと思うんだ。
オレ達は雑談をしながら、さっきのメイドさんに案内されて城砦に向かった。
◇
「あー! さっきは良くも煙に巻いてくれましたわね!」
城砦内で下馬しているところに、カン高い声が響いた。さっきの男爵の次女だ。
「でたわねオッパイ令嬢」
「あれは敵」
アリサとミーアが小声で悪態を吐いている。不敬罪とかがあるから小声にしておいてくれよ?
ヒュンと風を裂く音とともに、さっきまでオレの顔のあった場所に令嬢の拳が突き抜ける。
あれ~? いきなりバトルですか。こんな風に絡まれる理由なんてあったかな?
避けながら理由を聞いてみる。
「どうして」
ジャブを避ける。
「攻撃されて」
フックを手で捌く。
「いるんでしょう?」
格闘ゲームのキャラのような動きで連打してくる令嬢の攻撃を捌いていく。
どうしても攻撃のたびに揺れる双山に意識が奪われるが、なるべく余裕が無い感じによけるように工夫した。しかし、あんなに揺れて痛くないのかね~?
視界の隅でリザやポチが飛び出そうとしてるのが目に入った。他の3人が飛び出す前に、抑えてくれたみたいだ。目があったので手を振っておく。
「その余裕はなんですの」
時間差で来た足払いを、低めのジャンプでかわす。
しまった、戦闘中だったっけ。
「小癪ですわ」
「回避するのは得意なんですよ」
そういえば、今まで胸だけしか見ていなかったせいで気がつかなかったが、彼女はドレスではなく乗馬服のようなパンツルックだ。髪も編みこんでいて、そこだけ見たら休日を乗馬クラブで優雅に過ごす令嬢に見えなくも無い。
「もう、ちょこまかと! 勇者なら尋常に戦いなさい」
「勇者様なら、あちらにっ。ソルナ様のお隣にいらっしゃいますけど?」
避けながら話してると舌を噛みそうだ。
彼女の姉のソルナ嬢が偽勇者と一緒にこちらに向かってきている。あの人も、手を口に当てて驚く前に、このジャジャ馬を止めてほしいものだ。
「違いますわ! 貴方があの魔族を討滅したのでしょう!」
危なかった、無表情スキルが無かったら顔に出ていただろう。
魔族を倒したのが目撃されたとしても、数キロはあったはずだ、いくら看破スキルを持つ魔法生物でも見えたとは思えない。
ただし、さっき会った時に見たアリサとの様子からして、真偽判定ができるのかも知れない。言質をとられないように注意しなくては。
「ただの人間に高位魔族は倒せないと記憶しているのですが?」
「そうですわ、だから貴方が勇者様なのです。違うというなら否定してみなさい」
ステータスの称号を確認する。うん、勇者の称号は外してある。勿論、メニューの交流タブの称号欄も大丈夫だ。今のオレは勇者ではない。
「違います」
オレの回答を受けてカリナ嬢の額のティアラが明滅する。そういえば彼女の装備しているティアラなどの銀の装飾品が魔法生物の本体だったのか。強化外装みたいだな。
「ラカさん?」
「真」
「……そんな」
ティアラから聞こえた声に令嬢が絶句する。
「間違いないカリナ殿、彼は勇者ではない」
「では、あの黄金の聖剣を持っていた本物の勇者殿はいったいどこに行ったのです!」
駄々を捏ねる次女から距離を空ける。
教育がなっていないな。あの男爵の事だから、散々甘やかして育てたんだろう。
「カリナ、貴方の言う金色の剣を持った銀仮面の方なら館の最上階から現れて市街へと消えたそうですわよ?」
「本当ですのお姉さま」
「本当ですよカリナ様、俺も見ました」
「貴方には聞いてませんわ」
姉のソルナ嬢の言葉は素直に信じるんだな。ニセ勇者はけんもほろろの扱いだ。強く生きろ。
カリナ嬢は、街まで追いかける気はないようだ。
姉に諭されてからではあるが、間違えて襲い掛かった事を詫びてくれた。さっきのバトルジャンキーっぷりが幻覚じゃないかと思えるほど淑やかで上品な仕草だった。
間近で上下左右の素敵な揺れを楽しめたオレだけでなく、周りのギャラリーも楽しめたはずだから、何の文句もなく謝罪を受け入れる。
◇
ソルナ嬢に城砦内の謁見の間まで案内される。なぜか、後ろから不貞腐れた顔のカリナ嬢も付いてくる。もちろん公爵騎士隊の隊長さんも一緒だ。
付いてくるのはいいんだが――
「ゾトル卿でさえ、半分は防ぎきれなかったのに不意打ちでも避けるなんてありえませんわ」
「だが、彼は間違いなく勇者ではないぞ?」
「でも、あの動きは素人ではありませんわ」
「確かにあの動きは凄かった。一度、指南してほしいな」
「あなたでは一合も打ち合えませんわよ。ひっこんでなさい」
「カリナ!」
「だって、ソルナ姉さま」
ぶつくさと文句を言う令嬢だけでなく、一緒にいた偽勇者にまで指南してくれと言われた。令嬢の矛先が来ないように偽勇者の話相手でもするかな。
「避けるのが上手いだけですよ。ところで勇者様、そのお顔はどうされたのですか?」
「ははっ、勇者は止めてくれ。魔族に煽てられて祭り上げられてその気になっていたが、器じゃないよ。この顔の痣がその証拠さ。城門に押し寄せてきた民衆の中に、執政、いや、魔族に雇われた暴漢が混ざっていたんだ。男爵様を庇って殴られてしまったよ」
「なるほど、名誉の負傷ですね」
「そうだな、俺が勇者になりたかったのは、誰かを守りたかったからなんだ。その気持ちと焦りを魔族に利用されたけど、守りたい気持ちは変わらない」
偽勇者、何を語りだしてますか?
「俺はソルナ様の騎士を目指す」
「うふふ、それは素敵ですわ。爵位は弟が継ぎますから、私はいつでも降嫁できますのよ?」
「ソルナ様、必ず正騎士になってみせます!」
2人は場所も弁えず盛り上がりだしたので、置いていく。案内は一歩下がって付いてきていたメイドさんが代わりにしてくれた。
◇
謁見の間には男爵さんとハユナさん一家、簡易寝台に寝かされたアラサーくらいの女性の姿があった。アラサーさんはニナ・ロットル名誉子爵だ。頬が痩けているが、目には強い意志の輝きがある。話からすると1年以上の間、牢屋に居たはずなんだが、なかなか芯の強い人なんだろう。
魔族が彼女を殺さなかった理由は判らないが、どうせ碌でも無い目的があったんだと思う。
「こんな姿で失礼するよ。新しい執政官のニナだ」
ハスキーな力強い声だ。
オレや公爵騎士隊の隊長さんも挨拶を返す。
「キミが魔族の正体を看破してくれたそうだね」
「はい、商人仲間から色々情報を受けていたので、看破の水晶で確認させていただいたんです」
今日も、詐術スキルは大活躍だ。
見破りそうなラカは、カリナ嬢と男爵の再会の抱擁に巻き込まれて、こちらに注目するどころではないようだ。
「さらに、その魔族を討滅した上に、市内の魔物退治までしてくれたそうじゃないか」
「それは私の仲間がした事です。それにカリナ嬢の話では、魔族の本体は謎の銀仮面が倒したそうですよ」
「仲間? ああ、アンタの奴隷の功績なら、それはアンタの功績だよ」
何その理屈。
さらに隊長さんまでリザ達を持ち上げる。
「ニナ殿、彼の仲間達には、他にも功績がございます。市外へ逃げ出した市民を魔物の群れから無傷で守り通していました。我らも助力しましたが、彼女達の先導が無ければ駆けつける前に人死には避けられなかったでしょう」
その話は初耳だったのでオレも耳を傾ける。
3人共大活躍だな。
途中から一緒に聞いていた男爵さんも大げさに驚きながら隊長さんの話を聞いていた。隊長さんは話し上手と言うか吟遊詩人の方が向いていそうな気がする。
隊長さんの話すリザ達の活躍話が終わったあとにニナさんが男爵さんに耳打ちしている。コクコクと頷く男爵さん。どうもニナさんの方が偉そうに見える。
「魔術士サトゥー殿、貴殿はどなたか仕える相手はいるかな?」
「いえ、いません」
つい正直に答えてしまったが、この流れは嫌な予感がする。
「では、この男爵領に仕える気はないか? はじめは名誉士爵しか与えられんが、ムーノ様には譜代の家臣がおらん。今でこそ男爵だが、れっきとした領主だ。孫の代までに伯爵に昇格する事が内定している。貴殿の働き次第では栄達も思いのままだぞ?」
「申し訳ありませんが――」
もちろん、ニナさんの申し出は断った。オレの目的は観光であって貴族になって出世する事じゃない。その後、半時間ほどニナさんからの勧誘攻撃をかわし続けた。
回避している間に、男爵軍が全滅した話や巨人達が市外の魔族を掃討したという話が舞い込んできた。
「どうやら、本当にキミは存亡の瀬戸際で、男爵領を救ってくれたようだな。いっそ男爵様の娘さんを嫁に貰って一族に迎え入れてもらうのがいいかもしれん」
「買い被りですよ」
そこに次女が爆弾発言を投入してきた。
「なら、ワタクシの許婚になればいいわ。それなら彼の功績を男爵家の功績にできるでしょ?」
この女! 絶対、オレへの嫌がらせだけで発言しているだろ。
「どうだい? 美女の許婚か名誉士爵か、両方でもいいぞ?」
「うむ、サトゥー殿ならカリナを任せてもいいかもしれん」
男爵さんまで腕を組んで頷いている。オレがカリナ嬢の許婚になったらポチやタマも付いてくると思っていそうな気がする。
外見は好みなんだが、彼女の一連の行動や発言からして碌な目に遭いそうも無い。
「だ、ダメよ、許婚なんて」
「ダメ」
カリナ嬢の問題発言を聞いて、さっきまでニヤニヤと傍観していたアリサとミーアが乱入してきた。
リザはさっきから、オレの後ろで威圧感を周りに振りまいている。
ポチとタマは、いつの間にか、部屋の隅でメイドさん達に焼き菓子で餌付けされていた。
結局、相手の押しの強さに負けて、形ばかりの名誉士爵になるという事になった。各種義務が無い代わりに棒給や年金などの権利も無しだ。
アリサはオレが最下級とはいえ貴族になるのに賛成らしく援護射撃がなかった。カリナ嬢の許婚にさえならなければ問題ないというスタンスだった。
リザやポチ達の功績を男爵の家臣が行ったものとして発表する代わりに、対価として開拓地のトトナ達を逃亡農奴から平民へ引き上げてもらい、開拓地を彼らの村として開発する許可を取り付けた。もちろん交渉したのはアリサだ。
結局、色々な後始末に付き合わされて、男爵領を出発できたのは、この2週間後だった。
男爵領での色々は省略します。
幕間で少し語るかもしれません。
復興話も面白そうなんですけどね~
※補足(本来なら作中で語るべき事柄ですが……ご容赦を)
デスマ世界での貴族の階位は下記の順です。
公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵>准男爵>士爵
一代貴族の「名誉~爵」は永代貴族とほぼ同格ですが、扱い的にはやや格下扱いになります。
作中でムーノ男爵の執政官にニナ子爵が就任していますが、爵位的には変です。
後のお話の「オリオンと噂」あたりで明記されますが、デスマ世界では「領主」は特別な地位にあります。
領主は伯爵扱いされるのです。本来なら領主になった時点で伯爵になるのですが、ムーノ領の場合イロイロと問題があったので男爵のままでした。
領内の問題が解決すれば伯爵になるはずです。







