6-33.騒動の終わり
※8/13 誤字修正しました。
サトゥーです。「兄を超える弟などいない」という言葉がありますが、「姉を超える妹」はいるようです。
◇
さて、魔族も始末したしリザ達に合流しよう。
ルルやナナは村に残っているようだし、大丈夫だろう。どちらもHPは減っていないしナナのMPもルルのスタミナも問題ないレベルだ。
「さあ、アリサにポチ、ここを出よう」
「はい、なのです」
「おっけー」
どうしたアリサ、やけに疲れた顔をして。
「疲れたのか?」
「ええ、とってもね」
「おんぶしてあげるのです~」
どうもさっきの聖短矢で魔族を瞬殺したのがお気に召さなかったみたいだ。やはりアリサの活躍の場を奪うべきではなかったのかもしれない。
ポチがアリサをおんぶしてくれるみたいだから任せよう。階段を駆け下りるポチの背中で「ち、ちがうの、どうせならご主人様に背負ってほしいのよ~」とアリサが叫んでいる。意外に元気そうだ。
いつの間にか呼び方が「アンタ」から「ご主人様」に戻っている。オレに拘りは無いので好きに呼んでくれたらいいんだが、アリサのヤツは気が抜けているとき以外は頑なに「ご主人様」呼びだ。
戻し忘れていた仮面の勇者セットを解除する。
勿論、木聖剣や聖短矢を作成した痕跡も残らないように片付けよう。
>「証拠隠滅スキルを得た」
犯罪の匂いのするスキルだが、有効化してから、もう一度、痕跡を完璧に消す。
今なら完全犯罪でもできそうだ。
◇
閑散とした館の正面玄関でアリサやポチと合流したところで、男爵令嬢の次女の方がすぐ近くまで接近している事に気がついた。
証拠隠滅に時間を喰われたとはいっても、さっきまで外壁に居たのに、凄い速さだな。きっと魔法でも使ったんだろう。
背の高い生垣の向こうから令嬢が現れる。
魔。
「そこの貴方達、勇者様はどこですの?」
「勇者様なら男爵様と御一緒に城砦の方に向かわれましたよ」
「そんな紛い物じゃありませんわ。黄金の聖剣を持った勇者さまですわ」
魔。
「私の知っている勇者様は一人だけです。館には他に誰も居ないはずですけど?」
「カリナ殿、この少女は本当の事を言っているようだ。階上へ向かおう」
「どこで喋っているのです? 御爺ちゃん見えないのです」
「ウソ、知性ある魔法道具なの?」
魔。
そう、それは2次元にしか存在しないもの。
「分かりましたわ、お嬢さん達、情報に感謝なのですわ」
魔乳――爆乳を超えた存在――銀色の装身具に支えられ、ロケット状に突き出た冗談みたいなプロポーションを引っさげ彼女は階段を駆け上る。
「どうしたのよ、さっきから石みたいに固まって」
無表情スキルのお陰で視線はバレなかったようだ。
あまりの巨乳に思考停止してしまった。あの令嬢姉を超える存在がいるとは夢にもおもわなかったよ。
あんな人間に迫られたら抵抗するのは難しいだろう。
ある意味、魔族より危険だ。
「すまない、知性ある魔法道具を初めて見たんで驚いていたんだ」
「ウソね。どうせあのマンガみたいな巨乳を●RECしてたんでしょ?」
オレの苦しい言い訳は、やはりアリサには通じなかったようだ。
そうだ、それよりも。
「アリサ、さっきのオレのコスプレ姿を魔法で作り出せるか?」
「目に焼き付けたからできるわよ」
そうか目に焼き付けたのか。
「なら、館の最上階の窓に幻を作り出して、そこから何度かノミみたいにジャンプさせて城砦の前を通り抜けて市街に行かせてくれ」
「流石に魔法の効果範囲外よ――必要なの?」
「さっきの巨乳美女に付きまとわれたくないだろう?」
容姿はとても好みだが、性格は苦手なタイプな気がする。
「オウケイ。全力で回避したいわ」
アリサの周りに紫色の魔法陣が出現する。アリサのユニークスキル「全力全開」だ。
一応レーダーで周辺には誰も居ないのを確認してあるし、2メートル近い生垣で誰にも見られないからと言っても、昼の屋外で使わせるのは少し無用心だったかもしれない。
館のバルコニーに出現した銀仮面の幻が、窓から無造作に飛び降りる。そのまま黄金の剣を肩に担いで、直立姿勢のままピョンピョンと飛び跳ねて市街へと消えていく。
ちょっと気持ち悪い動きだったが、城砦の人々もちゃんと気がついたみたいだし、上出来だ。
令嬢達は幻影が市街に出てしばらくしてから、バルコニーの外に顔をだしていた。
もう少し早く出てくるかと思ったが、あの胸だと慣性が凄くて屋内だと全力で走れないのかもしれない。看破の圏外にでたあたりで目撃してくれるのを期待していたんだが、他の目撃者が多数いるから問題ないだろう。
全力全開で消耗したアリサに、スタミナポーションを口移しで飲ませる事を強要されたが、鼻を摘まんでポーションの瓶を口に突っ込んで飲ませた。
◇
さて、リザを出迎える前に一つ作業を済ませないといけない。
偽勇者の仲間が脱出するのに使った地下通路から、ゾンビ達が向かってきているので、誘導矢で撃破して死体で道を塞ぐ。勿論、城側の出口も閉じた後に、鉄製のバールのようなものを折り曲げて開かないように括り付けておく。
偽勇者の仲間達は大怪我をしているようだが、誰も死なずに脱出できたみたいで、領境に向かって間道を移動している。
その後ろになぜだか、騎士エラル――ハユナさんを刺そうとしたヤツだ――もいた。いつの間に逃げたのやら。彼も体力やスタミナが瀕死レベルだが、こういうタイプは命根性が汚いから生き延びるだろう。
正門は巨人と一緒にいたゾトルとかいう騎士が封鎖したようだ。市内に入り込んだゾンビはリザ達が始末しながら城門に向かっている。
市内に侵入していたゾンビは、盗賊やゴブリンが元になったモノばかりなので全体的に弱い。リザ達にとっては楽勝の相手なので、さきほどから支援射撃はしていない。
◇
城門の上には兵隊っぽい人だけじゃなく、何人かの使用人風の人が門の外をさして何か叫んでいる。
リザ達がもうすぐ到着する。3人共レベルが上がっていた。さすがにアレだけ連戦すれば上がるよな。獣娘のうちポチだけレベルが低くなってしまった。今度ポチを連れて夜中の魔物狩りデートでもしようかな。
アリサ達を連れて城門横の塔に登る。塔の途中に城門に出る扉があった。
塔の中のこのすえたような匂いは何だろう。非常に臭い。ポチなんかは相当辛いらしく両手で鼻を押さえている。なかなか可愛い仕草だ。
「うげ、何よ、この剣道の防具みたいな臭いは」
「くしゃいのです」
暗い塔の中から城門の上にでる。光が眩しい。
「おお! 最後の一匹を倒したぞ」
「すげーぞ、亜人の騎士さん!」
「さあ、最後の一匹を鱗族の騎士さんに賭けたヤツ! 取り分を受け取れ」
城門の上は歓喜の喧騒に包まれていた。
ちょうどリザが最後のゾンビを倒したところだったようだ。城門まで300メートルほどの所にいる。
「リザ! タマ! ミーア!」
オレは手を振りながら3人に呼びかける。
こちらに気がついたリザを先頭に3人娘が馬を寄せてくる。後ろからは10騎ほどのオーユゴック公爵の騎士達も付いてくる。
何、この部下っぽい動きは。
「魔術士様の配下の方ですか?」
そう聞いてきたのは、兵士っぽい衣装になっていたが、館で出迎えてくれたメイドさんの一人だ。髪を纏めて兜の中に入れていたので気がつかなかった。
肯定すると「すぐに手配します」と言って偉そうな感じの男の人に伝えに行ってくれた。彼は数少ない正規兵の生き残りみたいだ。
彼の指示で城門に騎馬1頭分の隙間ができて、リザ達が城内に招き入れられる。
「サトゥー」
裸馬の上からピョンと跳んできたのはミーアだった。受け止めて横抱きにしてやる。相変わらず軽いな。
「タマー」
「ぽちー」
その横ではポチとタマががっしりと組み合うような感じでハグしあっている。2人ともいつも一緒だったから寂しかったのかもしれない。
だが、リザは城内に入っても警戒したままだ。油断無く視線を動かしている。
「リザもお疲れ様、城内に敵はいないから大丈夫だよ」
オレがそう断言するとようやく警戒を解いて下馬した。
だが、緊張は解けていない。男爵の城の中なので緊張しているのだろう。
「心配しなくても、男爵様たちは気さくないい人だよ。ポチも可愛がってもらっていたしね」
「焼き菓子もらったのです~」
ポチがポケットから取り出した焼き菓子をタマとミーアに分けてあげている。そういえば令嬢の膝の上で餌付けされていたっけ。
「ご主人様、ご無事で何よりです」
「うん、リザ達も無事でよかったよ」
リザの腕に小さな傷があったので、今日覚えたばかりの魔力治癒スキルで癒してやる。ふむ、こんな小さな傷でも10MPも使うのか、ポーションの方が効率良さそうだ。
リザは勝手に持ち場を離れて都市まで来てしまった事と、そのせいでタマやミーアを危険に晒した事を詫びてきた。
どうもオレが貴族に投獄でもされないか不安に思っての行動だったらしい。アリサと違う理由で心配させていたみたいだ。
心配してくれるのはありがたいが、今夜にでも、リザにも杞憂だと教えておこう。
次回で6章は終わりです。
作中でアリサの言っている勇者は、サガ帝国の勇者ハヤト・マサキです。







