6-31.娘さんたちの戦い(4)
前回に引き続き、多人数一人称視点です。◇で区切っています。
※2018/6/11 誤字修正しました。
※6/16 加筆
◇リザ◇
まったくキリがありません。
もう何十匹の腐敗兵を倒したのでしょう。槍の一振りで倒せるとは言ってもこの数は想定外です。
市の正門が見える所までたどり着きましたが、そこまでの空間にはまだ百匹以上の腐敗兵がいます。ゴブリンや盗賊の成れの果ては、楽だったのですが、たまに混ざっている熊や魔物の腐敗兵を倒すのはなかなか骨です。
その上、あんな物まで!
腐敗兵の後ろから現れたその多頭蛇は、恐ろしげな巨体だけではありませんでした。まるで竜のように、火の玉まで吐き出してきたのです。
間一髪、ミーアの魔法で直撃は避けられましたが、そう何度も防げるものではないでしょう。ここは先手を取って始末しなくてはいけません。その為にも、多頭蛇までの距離をなんとしてでも詰めないと。
「ミーア、道を!」
これでミーアに通じたようです。ミーアがさきほど騎兵を押しのけた魔法で、腐敗兵の群れの中に道を作ってくれます。
私は魔槍になけなしの魔力を全て込めて――
◇ルル◇
ムーノ市の方向から喧騒が聞こえてきます。
リザさん達は、大丈夫なのでしょうか?
先ほど小石は100個集まりました。いえ、200個近くあるんです。みなさん、そんなにリゾットに興味があったんですね。
今は手伝ってくれていた奥様方に、この地方の料理を教えていただいています。後で、ご主人様を驚かせちゃうんです。
「こんなに食料を提供してもらって良かったんですか?」
「問題ありません」
完成した料理を味見しているところに、ひょろりとした村長さんがやってきました。ナナさんが対応してくれてます。流石にご主人様以外の男の人は未だに苦手です。
「村長! 大変だ、ムーノ市から難民がなだれ込んできた」
「何だって!」
「一応、村の手前で足止めさせているが、百人以上いる」
アリサの心配が当たってしまったみたいです。
どうしましょう。
◇騎士◇
赤い残光を曳きながら鱗族の姐さんが突撃していく。
大した胆力だ。
「おい、エルフの嬢ちゃんが空けてくれた道をこじ開けろ」
「応」
「副長、姐さんの援護に行け」
それにしてもさっきオレ達も受けたが、水魔法にあんな風魔法みたいな呪文があったとはな。エルフの秘術ってやつなのか。
「ドノバン、他にも多頭蛇がいるかもしれん、魔法で索敵しろ」
「はい、隊長」
杞憂であってくれよ。
◇リザ◇
轟とばかりに突き出した渾身の一撃が多頭蛇の頭の付け根に突き刺さります。
ご主人様に一度だけ見せてもらった螺旋槍撃を脳裏に描きながら叩き込みましたが、さすがに一朝一夕にはモノにできないようです。
それでも多頭蛇の首を1本無力化できたようです。
ですが、挫ける訳にはいきません。
魔力が尽きようと、私には鍛えられた肉体が残っています。
突き。
受け流し。
隙を作っては強打を与えます。
攻撃が少ないと訝しみましたが、いつの間にか騎兵の一人が、双剣を巧みに操って、多頭蛇の首を2本ほど受け持ってくれていたようです。
多頭蛇の脇から飛び掛ってきた腐ったゴブリンが、後方から飛んできた石に頭を撃ち抜かれて崩れ落ちます。タマもしっかり援護してくれているようです。
双剣の騎兵も、人族にしてはなかなかの腕です。
もちろん、ご主人様には遠く及びませんが、踊るように振るうその剣は大したものです。
「リザ、これ」
馬を寄せてきたミーアが、魔法薬の瓶を渡してくれました。体力回復の魔法薬ならまだ未使用なのですが?
「魔力回復」
なるほど。
私は瓶を呷り、僅かに甘味のある液体を嚥下します。これが魔力が回復する感覚ですか。体力の回復とは少し違います。
こちらの隙を突いて襲ってくる多頭蛇を魔槍でいなします。片腕では少し辛いものがありますね。
私の横合いからミーアが急膨張の魔法を行使したようです。腹の下から緑の靄に押し上げられた多頭蛇が横転します。どうやら地面に溜まった多頭蛇の血を利用したようです。
魔刃――槍に赤い光が充填されます。
ミーアの魔法で弱点の腹を晒した多頭蛇に、裂帛の気合を込めて魔槍を打ち込みます。
数度、その巨体をのたうたせた後、動きを止めます。この強敵を打ち倒せたのは私一人の力ではありません。仲間の力とは偉大ですね。
◇ミーア◇
さっすが、リザなの。リザは凄いのよ。
あんなに大きな多頭蛇を倒しちゃったわ。
サトゥーがいなくても大丈夫ね。大丈夫だわ。
そう、そんな事を考えていた時もあったの。
現実は大変だわ。大変なの!
向こうから、同じような蛇さんが3匹も来るわ! どうしましょう? どうしたらいいの。一匹でもあんなに大変だったのに!
◇騎士◇
「副長も大概だけど、あの姐さん、多頭蛇を倒しちまったぜ」
「正門まで、あと一頑張りですね」
「でも外壁の向こうまで、腐敗兵の群れが続いてますよ」
「まったく、どこから湧いたんだ」
「まさか死霊王が復活したんじゃないだろうな」
だが、俺達が無駄口を叩く余裕のあったのはここまでだ。
「隊長、奥から3匹きます」
俺様はドノバンからの報告に眉を顰める。嫌な予感はどうして、こうもあたるんだろうな?
奥から多頭蛇が3匹も出てきやがった。
「俺、この仕事が終わったら厨房のピーナちゃんと結婚するんだ」
バカが現実逃避を始めやがった。
ここは一旦退却するしか無いな。ドノバンに気槌でも撃たせて体勢を崩したところで、一気に退くしかないだろう。
◇リザ◇
流石にアレは無理です。
あと少しでご主人様のもとへ行けるのに……。
ここで無理をしてタマやミーアに怪我をさせる訳にはいきません。
先ほどの人族の群衆が十分な距離を逃げられたかが心配ですが、ここは退くしかないでしょう。でも、あれほどの敵を相手に、無事退けるでしょうか?
今は魔力を温存しましょう。
魔力の供給を止めた魔槍から、赤い光が弱くなっていきます。まるで私の弱気を反映しているようで嫌になりますね。
◇タマ◇
ウマと一緒に、さいしゅーぼうえーらいんを守ってるの。
また火を吐くヘビだ。今度は3匹もいる~?
たしか、カバ焼きとかにしたら美味しいって言ってた。カバって何だろう?
はあ、お腹減ったな~。
リザの槍も赤い光が無くなってるし、ミーアも息が荒いみたい。
ぴんち?
でも、大丈夫。
リザ達に火を吐こうとしていたヘビに、たくさん、たくさんの透明な矢が降ってきた。
ほらね?
タマ達が危ないときは、いつだってご主人さまが守ってくれるにゃん。
早くお肉を食べたいな~♪
◇騎士◇
「夢でも見てるのか?」
「男爵軍の加勢ですかね」
「バカ言え、魔法の矢なんてせいぜい3本くらいだろう? いったい何十人いたらあの数になるってんだ」
しかも、一度だけじゃない、鱗族の姐さんの槍働きの邪魔になるようなヤツラを狙って潰していく。姐さんの仲間とは思うが、誤射は勘弁してくれよ?
まったく、今日はもう不条理はお腹一杯だ。
「あれを見てください、外壁の向こうに巨人です」
市壁の向こう側に巨人の頭が見える、市壁を壊そうとしているわけじゃなく、市外で何かを攻撃しているみたいだ。断定はできないが、たぶん向こう側にいる腐敗兵を倒しているようだ。
ムーノ男爵は、お気楽極楽な昼行灯みたいな人だって聞いていたが、巨人の兵隊まで隠し持ってたのかよ? ありえないな、巨人が人族の手助けをするなんて英雄譚の中だけだ。
もう一度言う、不条理にはもう辟易だ。
娘さんサイドはココまでです。
次回からはサトゥー視点に戻ります。







