王家の森で①
誤字報告ありがとうございました!
打診から3日後、騎士が手紙を届けにクラーラの部屋へやってきた。リーチャが受け取り、異常がないか簡単に調べた後クラーラに手渡す。が、その顔がにやけている。
「……アスティ様からだわ!」
思わずその場で開いてしまいそうになったが、リーチャがにやにやしているので、すました顔でソファに座って居住まいを正す。
「リーチャ、お茶を淹れてちょうだい」
「かしこまりました」
じきに漂ってくる甘い香りに心を落ち着けてから、そっと手紙を開く。そこには落ち着いた大人の文字が流れるように書いてあった。
『午後から休みをいただきましたので、一緒に馬に乗って出かけませんか』
ジューリオの方から会いに来てくれるだけではなく、お出かけに誘ってくれている! 引きこもっているクラーラを気遣ってくれているのだろうか。馬に乗って行くところなど、どこだろう。見当もつかない。
二重にも三重にもわくわくして胸が高鳴る。
あわてて立ち上がり、文机に便せんを広げる。ありったけの便せんを広げ、好感度の高そうなものを探す。かわいい系だろうか、それとも清楚なものがいいだろうか。
「リーチャ、馬に乗れるような服、私持っていたかしら!」
「すぐに手配して参ります!」
リーチャは部屋の外へ駆け出していった。
クラーラは四葉のクローバーが透かしで入った便せんを選んだ。
『楽しみにお待ちしております』
気持ち的にはハートマークをたくさん書きたいところではあるが、ぐっとおさえる。封をし、ドアの外の騎士に急ぎ届けてもらうよう伝える。
服はリーチャが用意してくれる。どこへ行くのだろう。馬で行くのだから遠出だろうか。簡単な軽食を用意したほうがいいだろうか。今からなら何が作れるだろう。あっ、髪はどうしよう。結ったほうがいいだろうか。服に合わせたほうがいいわよね。日焼け止め塗らなきゃ!
あわあわと部屋を右往左往していると、リーチャが服を抱えて戻ってきた。
「リーチャ、お弁当は何がいい? 髪は? 今からなら何が作れるかしら。準備運動はしておいた方がいい? 水筒はいるかしら」
「まず落ち着いてください、クラーラ様」
近衛騎士に連れられ到着したのは、クラーラの部屋のある棟からさほど離れていない建物だった。天井が高く、廊下も広い。廊下の窓も高い位置にあるので外の様子は見えないが、背の高い木が生い茂っているのだけがわかった。騎士が両開きの大きく堅牢な扉を開けると、木々の間をくぐってきた風が青草の匂いをさせて通り抜けて行った。
大きな階段を下り、クラーラはきょろきょろと辺りを見回した。大きな木々に囲まれた玄関は目立たないように日陰になっていた。木の陰になっているのかと思ったが、向かいに高く細長い塔が立っていてその影なのだと気付いた。
「こんなところがあったのね、初めて来たわ」
リーチャも騎士の隣でぽかんと塔を見上げている。
「ここから先は王族専用となっております」
騎士がそう言うと、クラーラの隣に来ようとしたリーチャがたたらを踏む。馬の蹄が草を踏む音が聞こえて、塔の向こう側から馬を牽いたジューリオが現れた。エルネストの護衛が終わってそのまま来たのだろう、近衛騎士の制服のままだった。
「アスティ様!」
クラーラが思わず上げた声に、ジューリオが柔らかくほほ笑む。
「お待たせいたしました、クラーラ殿下」
「今来たところですわ」
馬に乗ると聞いたので、今日のクラーラはひざ丈のスカートの下に長めのドロワーズを履いている。ドロワーズは裾のフリルがパニエと同じ素材でできており、実は太ももの中ほどまで一枚のパニエが縫い付けてあって、スカートがめくれても平気なようになっている。また、馬に乗ってもお尻が痛くなりにくいように厚地になっている。これは長女のアンナ王女の、かわいい格好で馬に乗りたいという我がままによって改良を重ねて出来上がった、コラフラン王国王女だけがこっそり着ている乗馬服らしい。アンナがよく馬に乗っているのは知っていたが、こんなふわふわした服を着ているとは知らなかった。これならスカートの裾を気にせずに天井に近い窓拭きもやりやすいな、などと思った。
変じゃないわよね?
横目でリーチャを見ると、彼女が大きくうなずいた。以心伝心。髪もかわいらしく、それでいて風にも乱れないように結ってくれたのだ。
「殿下は馬に乗れますか?」
クラーラの前で足を止めたジューリオが微かに首を傾げる。その言葉に、騎士もリーチャもつられて首を傾げる。なぜか馬も空気を読んで首を傾げた。
「の、乗れますわ! 王女ですもの!」
騎士が用意してくれた踏み台を軽快に上り、クラーラは馬に手をかけた。
実は子供の頃に一度だけエルネストと一緒に乗せてもらっただけだ。その時は厩番が抱き上げて馬に乗せてくれ、あとは後ろに座るエルネストに寄りかかっていただけだから、乗れるか、と問われたなら、乗れない。
ええっと、たしか鞍のこの辺りを掴んで、勢いよく足を上げれば……。
「えいっ! ……見て! 乗れたわ!」
そう叫んで顔を上げると、なぜか馬の大きなお尻が見えた。ふさふさのしっぽが揺れていた。
「……っぷはぁっ!」
リーチャが口を押さえて膝から崩れ落ちた。逆向きに馬に乗ってしまったクラーラを見て、笑いが堪えきれなかったらしい。隣の騎士は涼しい顔をしたままぷるぷると震えているし、馬はびっくりして鼻息を荒くしている。
不敬である、と怒りたかったが、見て! と言ったのは確かにクラーラなのである。恥ずかしさに震えながら言葉を探していたら、視界が急に黒くなった。
「そのままでもいいんですが、せっかくだから景色を見ながら行きませんか」
すぐ近くでジューリオの声がし、目の前にある黒い壁は彼の胸だと気付いてクラーラはどきりとした。
ジューリオの手を借りて体の向きを変えると、促されるまま鞍に掴まった。では、との声で馬がゆっくりと歩き出す。馬も何かを察してあまり揺れないように気を遣ってくれているようだ。
「賢い馬ね。アスティ様の馬ですか?」
「はい。レガーロと言います。戦場に行くときは軍馬ですが、普段はレガーロに乗っています。気性が穏やかなので扱いやすいんです」
「そうね、とっても乗り心地がいいわ」
クラーラが手を伸ばして首を撫でてやると、レガーロはぴこぴこと耳を震わせた。
手綱を引くジューリオの腕に後ろから抱き込まれ、背中が彼にもたれかかる形になっているのだが、鍛えている騎士なのでやはり安定感がある。あの時はエルネストも子供で体も頼りなかったから、乗っていて怖かったのだろう。今は楽しくてしかたない。
見晴らしの良い林の中に、レガーロの蹄の音が響く。木々の葉をこすってきた風がさわやかな草の香りを運んできた。
クラーラは初めての馬での遠出に内心大はしゃぎだった。枝葉が揺れては振り向き、鳥が鳴けば見上げ、目に入る物全てが新鮮だった。木々の隙間から漏れてくる陽光がきらきらとまぶしいのもとても美しいと思った。
そういえば、どこへ向かっているのかしら。
周りを見ても、いつも外出時に二人はいる護衛もいない。ジューリオと二人きりだ。確かにジューリオは近衛で一番の騎士だけれど、それでいいのだろうか。
そんなことをふと考えていると、急に林が途切れ、見渡す限りの広い草原に出た。そこは小高い丘になっており、眼下には王都が小さく見えた。
「ここは王家専用の森です。王族とその護衛騎士しか入ることができません。ご存じありませんでしたか」
わああ、と小さな声を上げて興味深げに周りを見回すクラーラにジューリオが言った。
「知らなかったわ。そういえば子供の頃、兄様たちが秘密の場所でスキーの練習したって言っていて……ここのことだったのかしら」
「そうかもしれません。警備の者とあとは管理する者がいるだけで、他の人間は立ち入りできません。私も今はクラーラ殿下がいるのでここにいることができます」
「そうなのね。確かにこれだけ見晴らしが良いと襲われにくいでしょうし。あ、玄関にあった塔は物見の為のものなのね」
「はい、あの最頂部には常に見張りの者が監視しております」
歩きやすい草原に変わったからか、レガーロも心なしか楽し気に歩き始め、クラーラの体が揺れた。それに気づいたジューリオがクラーラの腰に手をまわし、踵でレガーロに合図する。かちりと固まったクラーラを見て、ジューリオが口の端を上げた。揺れがなくなり、離された腕をクラーラは目で追ってしまった。
「アスティ様は、エルネスト兄様と一緒に来たことがあるのね?」
「はい。エルネスト殿下は多忙が過ぎると、クラーラ殿下の元に行くかここへ来て息抜きをされています。いつもは、あの日当たりの良い場所で横になって一時間程眠られます。その時は私はあちらの林の木陰で控えております」
「たまに日焼けして赤い顔してるのはそのせいだったのね……」
「王族の方は完全に一人になることはほとんどありませんので。そういう為の保養の森だと伺っております」
林の木陰に入るとレガーロを止め、ジューリオはさっと馬を降りた。そのまま手綱を引いて木に留めると、クラーラに向かって両手を広げた。吸い込まれるようにクラーラはその胸に飛び込んで馬を降りた。
アスティ様は、婚約のこともう聞いてるのかしら。
だからこのように誰もいない所へクラーラを連れ出したのだろうな、とは薄々感じている。ジューリオの首にまわした手を離しがたくってそのままでいたら、軽々と抱き留めたまま移動してくれた。
「日に焼けるといけないので、木陰に居ましょう」
エルネストお気に入りの日向を見渡せる木の下で降ろされると、ジューリオが胸元からハンカチを出して草の上に広げた。ここに座れと言うことだと思うが、繊細な手縫いの刺繍の上に腰を下ろすのが気が引けて躊躇していると、肩にポンと手を置かれ足の力が抜けてそのまま座ってしまった。
足を伸ばして座ったまま、草原を見つめた。
草原の淡い緑の上に、薄く白んだ青い空が広がっていた。そうか、これが空色か、と見上げると、視界の端にジューリオが隣に腰かけるのが見えた。護衛らしく少し後ろに座っているようで、振り返らないとその顔は見えない。
お察しの通りクラーラは運動神経があまりよくありません




