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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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閑話 フィリスの行動

 悲鳴を聞いたフィリスは、すぐに兵士たちを連れて城の階下へと向かった。


 兵士たちの怒号が響き、やがて剣が敵を叩く音が聞こえてくる。


「始まってしまいましたね」

「王女殿下。どうかお戻りください! ここは危険です!」


 今、フィリスと護衛の兵士がいるのは城の正面バルコニーだった。

 生誕祭はもちろん、多くの行事で王や使徒が顔を見せる場所だ。


 そこからは城の正門で戦うエルトたちがよく見えた。

 つまり、逆もしかりということだ。


「正門が破られれば、城も危ないわ。なら、どこにいても一緒じゃないかしら?」

「それはそうかもしれませんが……」


 護衛の一人が言葉に詰まる。

 ユウヤやセラならともかく、普通の兵士ではフィリスに強くモノを言うことはできないのだ。


 それがわかっているから、フィリスはここにいた。

 自分の目でしっかりと見るために。


「この一連の騒動。アルシオンが無関係とは言えないわ。いえ、狼牙族が関わっている以上、私たちが原因とも言えるわね」


 アルシオンは攻め入ってきた狼牙族を撃退した。

 それが間違っていたとは、フィリスは思っていなかった。


 あのとき、誰かを気遣う余裕はアルシオンにはなかった。

 侵略を受けていたのだから。


 だが、しかし。

 その戦いの先で、恨みが残り、その恨みがレグルスに降り注ぐのは間違っている。

 そう考えていた。


 恨みを受けるべきはアルシオン。

 レグルスはアルシオンに手を差し伸べただけであり、エルトは狼牙族を保護した。


 マグドリアに嘘を吹き込まれているにせよ、彼らが向かう先は間違っているのだ。


 彼らが向かう先はレグルスの民ではなく、アルシオン王国の王族である自分。


 フィリスは目を瞑り、ゆっくりと深呼吸する。


 状況は最悪に近い。

 エルトは神威を封じられ、狼牙族はそのエルトに迫っている。

 

 どうにかしようにも、民の安全を第一に考えていては、打てる手は少ない。

 

 その中でもっとも効果的なのは、民から狼牙族を引き剥がすこと。

 神威を解かなくとも、そうすればエルトの負担は軽くなる。

 

 民の近くにいる狼牙族は、エルトの光壁に邪魔されても、民に攻撃を加えているからだ。

 

 その度にエルトは消耗を強いられる。

 それがなくなれば、もう少し自由に戦えるはず。

 

 確信に近いものを感じ、フィリスは目を開けた。

 

「私はこれから狼牙族を引き付けます。命が惜しい者は城に戻りなさい。咎めはしません」


 兵士たちは一瞬、フィリスが何を言ってるのかわからなかった。

 やがて何人かが、フィリスがやろうとしていることを理解する。

 

「それはつまり……殿下が囮になると言うことですか?」

「そうなるわね。どこまで効果があるかわからないけれど、私の存在を彼らに明かすわ」

「き、危険です!? アルシオンの王族がいると知れば、彼らは」

「向かってくるでしょうね。彼らにとって憎んでも憎み足りない相手でしょうし」


 気丈にしつつも、フィリスは手の震えを止められなかった。


 狼牙族は通常の兵士では止められない。

 それはクロック砦での戦いで明らかだった。


 砦攻めで疲弊した狼牙族ですら、アルシオン軍は止められなかったのだ。


 ここで狼牙族を引きつければ、フィリスの死は現実味を帯びてくる。

 自殺行為といってもよかった。


 それでもフィリスは前を向いていた。

 たとえ危険でもやらなければいけない。


 ここで背を向けることだけはしたくはなかった。


 周りの兵士に再度、意思の確認を行おうとしたとき、フィリスの後ろから声がした。


「絶対にダメ!」


 フィリスは後ろを振り返る。

 そこには息を切らせたセラがいた。


「セラ!?」

「絶対にダメ! やらせない!」


 そう言ってセラはフィリスの傍まで来て、フィリスの腕をつかむ。

 意外な力の強さを発揮して、セラはフィリスを引っ張った。


「城に戻って!」

「セラ! 私がやらないといけないの!」

「ここはレグルス! そんなことはレグルスの王族がすればいい! 姫さまは自分の安全だけ考えて!」


 フィリスはセラに抵抗しつつ、ちらりとエルトを見る。

 いつもの余裕もキレもないが、それでもエルトは剣を振るい、民を守ることをやめない。


 その姿を見てしまえば、フィリスは引くことはできなかった。


「たとえ他国の民でも庇護するのが王族なの! 我儘かもしれない! 迷惑かもしれない! それでもここで見て見ぬ振りをしてしまえば、私は自分を誇れなくなる!」

「誇らなくていい! 命のほうが大事! どう考えたって、狼牙族を防ぎきれない! それは私が一番良く知ってる!」


 セラの言葉にフィリスは顔をゆがめる。

 セラの目は確かだ。

 それはフィリスがよく知っている。


 その目があるから、セラはここにいるのだ。

 だが、それでも。


「ユウヤなら見捨てないわ!」

「それはユウヤが強いから! 今、姫さまが居場所を明かしたら、敵が全員、こっちに来る! 公爵と共同しても防げない!」

「ならこのまま、エルトリーシャ様が追い詰められるのを見ているの!? レグルスが追い詰められるのを見ているの!? 城に彼らが入ってきたら、背を向けて逃げるの!? 私は逃げたくない!」


 フィリスは感情を露わにして、セラの腕を振りほどく。

 それに対して、セラも負けじと言い返す。


「姫さまは意地を張ってるだけ! ロードハイム公爵に負けたくないから!」

「ええ、そうよ! それの何が悪いの!? 私には何もない! 武勇も知略も! そんな私にあるのは、王族という血筋だけ! 貴き血筋という意地が私にはある! 王族としての誇りがあるの! 理不尽に晒される民を見捨てて、その誇りが保てるの!? 誇りを失った王族に価値があるの!?」


 フィリスの言葉にセラは押し黙る。

 もはや、何を言ってもフィリスが考えを変えないと察したからだ。


「逃げるなら逃げなさい。私はここで責務を果たします」

「……わからず屋」

「何とでも言いなさいな」

「……なら私も責務を果たす。あなたを守ることが私の役目だから」


 そう言ってセラは前に出る。

 バルコニーから顔を出し、戦況を瞬時に分析する。


 正門前では包囲が完成しようとしていた。

 加えて、続々と兵士が到着し、包囲に加わっている。

 ただし、有利というわけではない。


 狼牙族は機動力を捨てて、向かってくる兵士を迎撃することに専念していた。

 エルトが長くは持たないと察しているからだ。


 セラはそれを見て、大きな声でエルトに呼びかける。


「ロードハイム公爵! 後方部隊は私が指揮を執る!」

「任せた!」


 手短なやり取り。

 それだけエルトに余裕がないのだ。


 それでも指揮を任されたセラは、包囲に参加しようとする兵士たちを呼び止める。


「闇雲に包囲へ入らないで! まずは部隊を作って待機! 疲弊した場所と交換で入って!」


 セラの指示を受け、レグルス兵は困惑するが、先ほどのエルトの任せたという言葉を聞いているため、渋々、言われた通りに部隊を作り始める。


 セラはその作業を見ながら、フィリスに告げる。


「姫さまがやりたいようにやればいい。止められないなら、守るだけ」


 セラはそう言って、さらに指示を出し始める。

 そんなセラを見て、フィリスは微かに微笑む。


「ありがとう。セラ」

「礼はまだ早い。守れるか怪しい」

「平気よ。危なくなったら、ユウヤが来てくれるわ」

「無理。ここからロードハイム公爵領まで距離がありすぎる」

「それでも来てくれるのがユウヤよ。私はそう信じてる」


 フィリスはそう言うと、周りの護衛たちへ視線を向ける。

 誰もが剣を抜き、フィリスの目を真っすぐ見返す。


 皆がフィリスを守ることを選んだのだ。


 それに対して、フィリスは礼を言う。

 そして、それに後押しされるようにして、バルコニーから狼牙族へ語り掛ける。


「この場にいるすべての狼牙族に告げます! 私はフィリス・アルシオンです! ただちにレグルス王国への攻撃をおやめなさい! あなた方は間違っています!」

「フィリス……アルシオン!?」


 一人の狼牙族が呟く。

 やがて、正門前の攻防に参加していなかった者までが、フィリスへと視線を注ぐ。


「狼牙族とアルシオン、そしてレグルスは確かに争いました。その事実は否定しません。我々は祖国を守るために、あなた方の同胞を斬り捨てた。けれど、それは戦場でのこと! 戦に参加していなかった狼牙族はロードハイム公爵が保護しました!」

「何を言う! 幽閉の間違いであろう!」


 上がった声にフィリスは強く首を横に振った。

 自分が里に行ったとき、見たものは決して幽閉ではなかったからだ。


「いいえ、保護です! 幽閉することに何の意味があると言うのですか!? ラディウスの矛先をレグルスに向けるだけではないですか! 直接、その目で見たのですか? 彼らが虐げられている姿を! マグドリアから聞いただけではないのですか!?」

「それは……」

「再度、言います! あなた方は間違っている! あなた方の行動は、無実な同胞を窮地に追い込む蛮行です!」

「我らは同胞の敵を討ちに来たのだ! それを蛮行とは!」

「蛮行は蛮行です! 戦場での命のやり取りは戦士の役目! あなた方はその果ての敵討ちと言いながら、武器を持たぬ民に爪を振りかざしている! 戦士の誇りはどこへいったのです? マグドリアに協力することで、魂まで売り渡しましたか!?」


 その言葉はフィリスの本心だった。

 戦場での狼牙族は脅威ではあったが、勇猛であり、正々堂々としたものだった。


 ユウヤをして、誇り高いと評された戦士長を筆頭に、彼らはまさに戦士だった。


 それに引き換え、今の彼らはどうか。

 たとえそれが作戦だったとしても。

 それが効果的だったとしても。


 譲ってはいけない一線があったはず。


「未だに戦士の誇りがあるというのなら! 正当な敵討ちと胸を張って言いたいのなら!」


 フィリスは大きく息を吸い込む。

 これを言うことは、宣戦布告に他ならない。


 だが、それでも言わねばならなかった。

 王族としての責務、誇り。


 そして個人としての意地。


 それを全て込めながら、フィリスは告げた。


「まずはこのフィリス・アルシオンの首を取ってみなさい!」


 その言葉に対して、狼牙族は遠吠えで応えた。

 後悔するなよ、という意味を込めて。

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