みのり頑張ります!(試合前)
みのりは去っていく少年の背を見送る。
「いっちゃった……」
その背を見ているとすぐに寂しさが湧き上がってくる。
しかし試合が終われば会うことができる、そう考え湧き上がってきた寂寥感をなんとか我慢する。試合に勝てば笑顔で迎えてくれるだろうと試合の後の事を考え、自然と顔が弛んでくる。
自分の顔が弛んでいることを自覚すると、ぱちんと両手で頬を一つ叩く。
万が一これから始まる試合に負けたら今浮かべた少年の笑顔が消えて無くなり、逆に残念そうな顔になるだろう。そんな事は許容出来ない……。好きな人にはいつだって笑顔でいて欲しい。だから負ける訳にはいかない。
そこまで考えると知らない間に手をきつく握りしめていることに気がつく。握りしめている手を開くと、手のひらには少し汗をかいていた。
……弛み過ぎも駄目だけど、緊張しすぎも駄目なんだけど……。
どうにも集中しきれていないみたいだ。みのりはそう思い集中し直そうと意識を試合に向ける。
「今の男の子知ってる……」
集中しようとしたその時、後ろから声を掛けられる。その声の方へ身体を向けると。
そこには自分の身長よりも頭一つ分程低い少女がいた。
「先輩……」
「今の子、生徒会活動の所に載っていた男の子」
「ああ、そう言えば紹介されていましたね」
自然に話しかけてきているが、目の前の少女はこれから戦う相手である。
みのりは話しかけてきた少女を観察する。強者が大勢いる部内でも屈指の実力を持つ人物である。……正直に言うとこの人が相手になるなんて考えてもいなかった。
「…………」
「……なんでしょう?」
話しかけてきたが、先ほどの言葉の後からジッと黙ってこちらを見ている少女に、みのりは首を傾げる。
常、何を考えているかわからないと評判の先輩だが、本当に何を考えているのだろうか? 入れ替え戦に出てきた事といい訳がわからない。
……しかしそれを言うなら自分もかと、みのりは自分のことを思い直す。相手が有野先輩と言うことでそれで良いかと、こちらの許可も求められたのだ。もちろん断ることもできたがみのりは少し考えて諾と答えを返した。当然周りにいた人達からは考え直す様に言われたが、みのりは良いのだと答えた。
みのりは有野と戦うことで一つの覚悟をしていた。もし試合で負けてしまったら琥珀から身を引く覚悟である。
秦野 琥珀という少年は、男性として別格の存在である。その美貌も性格の良さも他の男性と比べる迄もなく秀でていることがわかる。……だからこそ、その周りに侍るであろう女性達も生半可な者ではないはずなのだ。自分が将来も琥珀の近くにいるためには自分もそう言う存在になる必要がある。それこそプロのスポーツ選手、それも一流の……である。その為の試金石がこの試合である。いくら相手が強いからと言ってもこんな所で負けていては目標には到底届かない! その思いから、みのりは試合をオーケーしたのである。
冷静に見れば、ただの部活の練習試合だが、みのりにとって今日の試合は将来を決める一大決戦なのである。
相手が目の前に現れてくれた事で、集中できて来たことにみのりは少し感謝した。
みのりがそんな一方的な感謝をしていると、黙っていた少女はようやく口を開いた。
「紹介してほしい……」
「いやです」
みのりは脊髄反射で答えてから、なんて事を言うんだと目の前の少女を改めて見た。
たしかに琥珀は将来女性を多く侍らせる事になるだろう……、しかしその女性を自分から増やす真似なんてする訳がない。いつだって自分に構って欲しいのだ!
「しょ……」
「駄目です」
「意地悪だ……」
「意地悪ではありません」
先輩は眉をハの字にして残念そうにしている。しかし次に浮かんだ表情は不敵な笑顔だった。
「でも今日の試合みてくれる?」
「ええ、私の応援をしてくれるとの事です」
「…………」
「私のですよ……」
「大丈夫……、試合を見たら、きっと私のファンになってくれる……」
その言葉の意味は自分が勝利すると言うことである。
みのりはその言葉を聞くと自分の顔が自然と笑みを浮かべていることに気づく。
おそらく目の前の少女と同じような不敵な笑みを浮かべているのだと思う。
「有野先輩……、残念ですがそれはあり得ませんよ」
「どうして?」
「勝利の神の微笑みは何時だって勝者に向けられる物ですもの……」
「ふう……ん」
先輩の目が鋭くなる。
「とても楽しみ」
そう言い残し、去っていった。
みのりは去っていく少女の背中にポツリと声を投げ掛ける。
「負けるわけにはいきません……、絶対に……」
そして時計を確認すると、そろそろ出番である。
思いの外、話し込んでいたらしい。ヨシッ! と声を出しみのりは入場口に向かう。
そしてとうとう試合の時間が来てアナウンスが流れ入場する。
……しかしあの入場の文句考えたのは誰だろうか? いくらなんでも無礼すぎないだろうか? 明日からの部活で避けられたりしないと良いのだけど……。
そんなことを考えていると、向かいから相手も入場してくる。手には二本のバールが握られており、鈍い光を放っている。ここから見るに相手も気合い十分みたいである。
「上等ですね……」
鞘から刀を抜き構える。
そして試合が始まった。




