耳に息
「な、何かしら?」
元委員長、……いや三島さんは忙しなく手で髪をいじりつつ質問してくる。
「ごめんね」
三島さんは俺の突然の謝罪に目をパチクリとさせ、慌て出した。
「え! そんな謝られることされてないわよ! 朝の事も私が取り乱しただけだし!」
あっ、取り乱してた事は理解してたんだ。少し安心した。
そんな内心を表に出さない様に気を付けながら、話をする。
「いや、確かに三島さんと話をする機会が少なかったって、言われてから気がついたよ。」
「そんな、私の方こそ図々しい事を言ったなって反省してた……」
……あれ反省してたのか。絶望に身を委ねてたのかと思ったわ。
「そんな事ないよ。中学の頃からの仲良しなんだから」
俺はそう言い、三島さんの右手を両手で包み込む様にして、目をじっと見つめる。そしてゆっくりと顔を三島さんの耳元に近づけ、そっと囁く。
「寂しい思いをさせてごめんね……」
そして、さりげなく耳に息をフッと吹き掛ける。
「あふん」
三島さんからとろけるような声が聞こえてくる。
顔を見ると上気した様子で、若干息が荒くなってる様な……。
やりすぎたか? 嫌……、でもしかし、少しぐらいのサービスは必要だろう? だいたいあんな言葉を言って、耳に息を吹き掛けるなんて行動、ものすごい恥ずかしいんだぞ! 俺頑張ったよ! 自分で自分を誉めても良いよ!
俺は三島さんの反応を見て、取り敢えず元気になったのを確認すると、そっと息を吐く。
「あっ、そう言えば」
俺は気になっていたことを質問する。
「な~に~か~し~ら~」
……刺激が強すぎたのか蕩けた顔でぼんやりとした返事を返してくる。……この人大丈夫だよな?
「いや、朝言ってた俺が女の子と会っていたってどこで見たの?」
「……ん?」
三島さんは蕩けた顔を綺麗な笑顔に変える。
「いや、あの人達俺に用事があったらしいんだけど、武道場の近くだったから三島さんが何でそこにいたのかなって?」
「…………」
三島さんは綺麗な笑顔のまま動かない。
「三島さん?」
「……たまたま、そう偶然三人が話してる所に出会ったの」
「あっ、そうなんだ、あの辺に何か用事でもあったの?」
「……」
さっきからやけに沈黙が多いな……。
「散歩」
「え?」
「散歩をしていたの! 何も怪しくないわよ!」
……怪しいなんて一言も言って無いんだが。
もしかして、あの時感じた気配って……。
「もしかして後をつけてきたとか?」
「……ま、まさか、そんな事」
俺は三島さんの態度に冷や汗を流す。
おそらくもう少し放置しておくとストーカーが爆誕していたかも知れない……。もう大丈夫だろうか?
「う、うん。わかった。でももうしないでね」
「ははっ……、はい……」
三島さんはがっくりと項垂れるが、直ぐに顔を上げ俺に質問してくる。
「で、でも! あの人達誰なの? なんだか親しそうにしていたけど…」
……この子自分の学校の生徒会長を知らないのか。……俺もだけど。とにかく放っておくと、何か変な誤解しそうだからきちんと話をしておこう。
「誰って……、あれこの学校の生徒会長だよ。入学式で挨拶してたの覚えてない?」
「生徒会長? そう言えばなんとなく見た記憶が……」
俺の言葉になんとなく思い出したのか、納得したような顔をする。
「でも生徒会長が秦野君に何の用事があったの?」
「ちょっと部活のことで注意事項を教えてくれただけだよ」
「そうなの?」
三島さんは少し首を傾げ、ふうんと言った表情を浮かべた。
「え……っと、別に結婚を前提にお付き合いしてるって訳じゃないのよね?」
当たり前である……。
「どこからそんな考えが……」
「だ、だって凄く仲がよく見えたんだもん……」
もん、ではない。かわいく言ったところでやっていることはストーカーの一歩手前である。
……それにそう見えたのは多分三島さんが落ち込みすぎて、相対的に他の人が良く見えただけだと思う。
そんな風に三島さんと話していると、三枝さんが近くに来て話しかけてきた。
「二人が仲良くなって良かったです。私も百合さんを慰める手段が無くなってきていましたので」
「ちょ、ちょっと三枝!」
どうやら、今まで落ち込んでいた三島さんを慰めていたのは、みのりさんだったらしい。
お疲れ様でーす。
「え、と……大変だったね」
俺の言葉にみのりさんは”それはもう……”と大きく息を吐いた。
「一日経つ事に落ち込みが激しくなって、最後の方にはブツブツと独り言を呟いていました……」
「わー! わー!」
落ち込んでいたときのことを知られたくないのか、一生懸命誤魔化そうとしている。
まぁ無理だけどね!
その後、みのりさんは立ち直って良かったと言い、部活があるのでと去っていった。
……今日は何人叩きのめすのだろうか。
「あ、あの秦野くん?」
三島さんが恐る恐る声を掛けてきた。おそらく俺が引いているのではと思っているのだろう。だがその段階は当の昔に過ぎている。
俺は三島さんに笑顔を向けて誘う。
「今日は一緒に帰ろうか?」
三島さんはその言葉に、良い笑顔で、はいと返事を返してきた。




