決意と拒絶
リーリアのもとを出たカレンディラは、急ぎ足である場所へ向かう。
(間に合うかしら)
思った以上にリーリアのところで長居しすぎた。あまりにも居心地がよかったから。焦りながらカレンディラが向かったのは騎士の修練場。今日はマリーシアがナツキと会う日である。真面目なナツキのは、本来はカレンディラが突撃しない限りいつも遅くまで修練を積んでいるらしい。申し訳なさを感じるが、涙で潤むマリーシアを思い耐える。
受付で簡単な手続きをすれば、修練場は誰でも立ち入り可能である。貴族の娘が騎士を観にやって来てきゃあきゃあ言うには別段珍しい光景ではない。だから受付の者も貴族令嬢の訪れには慣れている。しかし、カレンディラの姿を認めた途端、受付にいた少年の顔が引きつった。
「カ、カレンディラ・ユシュアン様」
「ナツキ様はいらして?」
即座に『悪役』の振る舞いになったカレンディラ。普段より迫力倍増なのは、時間を気にし焦っていたからだ。
「ナツキ・シュレイド様は、本日はすでに、あ」
その言葉を聞いたカレンディラは「あ、そう」と短く告げて身を翻した。颯爽と立ち去ったカレンディラを、少年はぽかんと見送った。
マズイ。カレンディラはドレスで出せる最速のスピードで回廊を歩く。よろしくね、と頼まれた手前、ナツキに特攻をかけなければいけないのに。カレンディラが目指すのは馬屋。騎士の愛馬達の住まいだ。ナツキが馬に乗って訪れるという情報は、マリーシアから聞かされていた。「本当に王子様みたい」らしい。
馬屋が見えて来た時、カレンディラの耳のふと話し声が入ってきた。
「急いでいるんだが」
「まあいいじゃないか」
カレンディラはゆっくりと歩みを緩め、そして止めた。声の主らは回廊を出て馬屋に行く途中に居た。それを認めて、カレンディラはとりあえず胸を下ろした。片方が白金の見事な髪の男であり、それがナツキと確認したから。
カレンディラは足音と気配を殺しながら、そっと近付く。普通ならあっさり気付かれてしまうだろうが、案外殺気さえなければイケるとカレンディラは経験を積むと共に知った。それに今、ナツキはもう一人の男に引き止められてイライラしている。絶好チャンスだった。
じりじり近付くうちに、カレンディラはもう一人の男がショーティだということに気付いた。ナツキの背に向かっているので、必然的にショーティの顔が見え気付いた。ともかくそれは置いておいて、カレンディラは接近の成功するとナツキの背中の手を伸ばした。
「見つけましたっ」
その声と腕の感触だけで、ナツキは背筋をブルッと震わせる。密着してるから気付くので、それは本当に些細なもの。それぐらい嫌がられてると分かり、少しだけカレンディラの胸がチクリと痛む。ごめんなさい。口から出たには、それじゃない。
「……ユシュアン公爵令嬢」
「今日はもう上がったと伺いましたの。もうお会い出来ないかと思いました」
背中にくっついているため、表情は伺えない。しかしきっと「今日はあんたに会わなくてすむんだと思ってたのに畜生」みたいな顔をしてるんだろうなと思った。
ナツキに回した手が、荒くしかしそれでもそっと外される。ナツキはそのままくるりと半回転して、カレンディラに向き合った。その顔は無表情で、カレンディラは眉間に寄る皺を見つけた。
「こういう行動、どうかと思いますけど」
「そうかしら?」
肩をすくめたカレンディラを、ナツキは何故かじっと見た。
「ナツキ様?」
「貴女は、本当に俺に好かれたいのですか」
その言葉に、カレンディラは固まる。……なんてことはなかった。即座ににっこりと笑顔を作って、
「勿論。ですがナツキ様がマリーの婚約者だとちゃんとわきまえてますもの。だから」
そっと顔をナツキに近づけて、カレンディラは囁いた。
「飽きたら、でよろしくてよ」
何を、とは言わなかったが、瞬間ナツキの目がカッと開かれ、カレンディラの肩に手を置き引き剥がした。その顔は嫌悪に染まっていた。
「二度と俺に、マリーに近づくな」
ナツキはそう言うと、足早に馬屋へ向かった。
「ほんの冗談ですのに。ねえ、ショーティ殿?」
「……そうですね」
なるべく聞こえるような大きめな声で、ターゲット移したことがわかるように。そうすれば、ナツキの嫌悪感は跳ね上がる。ショーティも合わせてくれて大きめだった。
「……いつ見ても見事ですね、カレン様」
「うふふ。お褒めに預かり光栄です」
カレンディラはショーティに笑いかけて、
「ところで」
そのままの笑顔で告げた。
「ナツキ様に余計なこと言いましたでしょう」
「ええ。カレンディラ・ユシュアン嬢がアタックするなら、もっと意味のある行動をすると思わないか?とね」
「……意味のある、とは?」
「嫌がられる行動ばかりでおかしいと思わないか?ということですよ」
あいつ全然おかしいと思ってなかったみたいで、言われてびっくりしてました。
ショーティの言葉にカレンディラの顔から笑みが一瞬消えた。しかしそれは本当に一瞬で、すぐに『悪役』らしい笑顔が浮かべられた。
「ショーティ殿はわたくしの邪魔をなさるおつもりかしら?」
「滅相も無い。しかし貴女が今進もうとしている道ならば、話は別ですよ」
真摯な顔と声で、ショーティは告げた。しかしカレンディラは、『悪役』の笑みを浮かべたまま。
「リュグロ様」
呼ばれたのは家名。ハッとしたものの、すでに遅かった。
「これはわたくし自身が決めたことです」
貴殿には、関係ないでしょう?
御機嫌よう。そう言ってカレンディラは引き止める間もなく立ち去っていった。声にあったには明確な拒絶。邪魔してくれるな。それがカレンディラの意思だった。残されたショーティは、ただただその場に立ち尽くした。
最初から彼女の『悪役』が通じないから、彼女はちょっと困ったように笑って。「内緒にしてくださいね」。その仕草に目を奪われて。それからナツキに会いに来た後何度か会い話すことで、ようやく愛称で呼ぶ許可を貰えたのに。
何故ショーティに『悪役』が通じなかったのか、カレンディラはきっと理由は知らないだろう。たった一度のことでたまたまだった。今より少し前、カレンディラとジークセイドが騎士の修練場に見学に来たことがあった。そこでショーティがうっかり転び肘を擦りむいたのを見たカレンディラが、自身のハンカチを差し出してくれたことがあった。「どうぞお使いください」。その声忘れたことはない。
それを見ていたのはあとジークセイドだけ。きっとカレンディラは覚えていないこと。
そのハンカチは、今も返せず持っている。綺麗に畳んで、しまってある。
ちなみに。
その日マリーシアの元を訪れたナツキが、なんでか突然プロポーズをしたと後日クラウン邸を訪れたカレンディラは興奮気味のマリーシアから伝えられた。




