彼女の選択
表情を強張らせたシェルアに、カレンディラは一通の手紙を出した。瞬間、シェルアがハッとした。
「この手紙」
カレンディラは一度そこで言葉を止めて、シェルアを見た。シェルアは何かを決めた、というか腹をくくったという顔になっていた。
「貴女で間違いなくて?」
「はい」
少しだけ震えた声で、シェルアはしかしハッキリ頷いた。
「私が、カレンディラ様に出したものです」
「そう。ところで、内容なのだけれど」
カレンディラの言葉に、シェルアの膝の上に置かれた手が拳を作った。
「理由を伺ってもいいかしら? 何故これをわたくしに送ったのか」
「はい」
シェルアは迷わず話始めた。
「ユージン・ロシェ、ダリオ・ロジャーズ、オディール・ルクセント、フィリス・ディディールをご存知でしょうか?」
「ロシェ侯爵家の三男、ロジャーズ伯爵家の長男、ルクセント伯爵家の令嬢、ディディール男爵家の長男ね。共通点は皆、エリエーデと同じ学園に通っているということかしら」
「はい。この四人が、エリエーデ様の取り巻き筆頭なのです」
カレンディラは微笑んだ。比較的優しく見える笑顔だったので、シェルアは少しホッとしつつ話を進めた。
「オディール様はよく茶会を開きます。私も何度か参加しました。そこで、聞いたのです。カレンディラ様を表舞台から引きずり下ろし、エリエーデ様を日の当たる場所へ連れて行くと画策していることを」
くす
シェルアが言い終えた途端、カレンディラは思わず笑ってしまった。固まるシェルアに、一言「失礼」と言い、未だ笑いそうになる口元を抑えて尋ねた。
「話は以上かしら?」
「は、はい」
「ではもう一つ。何故わたくしに教えようと思ったの?」
「私は、以前カレンディラ様に助けていただいたことがあります」
カレンディラは数回瞬きをした。そんなことあったの。彼女の記憶にはもうなかった。シェルアは少しだけ頬を染めて、続けた。
「カレンディラ様は覚えてはいらっしゃらないと思います。とても小さなことでしたから。それでも私はとても感謝しています」
シェルアは何故かそれ以上は言わなかった。
「そうなの」
「ですから、私はカレンディラ様にいなくなってもらいたくないのです」
「それが、手紙を出した理由?」
「はい」
「その心遣いには感謝いたします。でも」
カレンディラは笑った。シェルアが思わず身震いするほど、カレンディラが浮かべた笑顔は完璧な悪役のそれだった。
「心配は無用です。わたくしを引きずり下ろすなんて出来るはずがありませんもの」
「え……」
「わたくしは、カレンディラ・ユシュアン。公爵家第一子です。とりあえずですがまだ、王太子の婚約者です。そのわたくしに、一体どうやって歯向かうつもりなのか。お馬鹿さんすぎて思わず笑ってしまいました」
カレンディラの言いように、シェルアはぽかんとした。しかし考えてみれば確かにそうで。それでもシェルアは言い募った。
「しかし、彼らは……」
「確かに由緒ある力のある家柄の者が多いです。ですが」
格が違いますもの。
カレンディラはお人好しな性格だ。他人のために自分の評判を悪くしてもいいと考えるほどに。それでも、
「侯爵家や伯爵家の子供風情にやられるほど、わたくし弱くありません」
国内の五大公爵家の一角の家柄の令嬢。肩書きは同じといえど、エリエーデには務まらない。その身に流れる血が違うから。カレンディラは本来はこんなこと言いたくはないが、しかし事実である。それゆえにカレンディラとエリエーデは代わることが出来ない。
それにカルロの存在。怖いほどシスコンなカルロが、大切な姉をそんな目に遭わされて黙っているはずがない。しかも彼は次期公爵。王位継承権も持っている。家の一つ二つ、簡単に潰せる力があり、その時になればカルロはけして躊躇わない。
さらにたとえ現状危うくても、カレンディラはまだ王太子の婚約者である。限りなく薄くなっているが、一応次期王妃である。王家の信頼もある。そんなカレンディラを、どう引きずり下ろすというのか。カレンディラが何もしなくても、向こうの敗北しか見えないのだ。おかしくて、むしろ楽しくなって、カレンディラは先ほど思わず笑ってしまった。
シェルアは呆然とした。エリエーデの取り巻き筆頭達は皆大きな力を持っている。だからこそ、危機を覚えた。しかし。目の前で悠然と微笑む彼女は、もっと大きな力を持っていた。筆頭達が力を合わせても敵わないほどの。どうして気づかなかったのだろう。そう思ってしまった。
カレンディラは笑う。
「貴女の心遣いは本当の嬉しかった。でもね、わたくし、実はこう思ってしまいます」
それを聞いて、シェルアは思った。
この人だけは、敵に回したくないと。
「やれるものならどうぞ。やってご覧なさい、と」
「時々、どのカレンが本物か分からなくなる」
シェルアが帰ったあと、カルロがカレンディラの部屋を訪れた。カレンディラは長椅子に座ったまま、出迎えた。
「聞いていたの?」
「俺がそんな無粋な真似するわけないだろう」
カルロは肩を竦めると、カレンディラの隣に座った。
「ではカルロが思うわたくしって何?」
「面倒見がよくてお人好し。頑張り屋。でもやるときは容赦ない。完璧主義。嘘が上手いけど、俺には通じない。それから、なんでもすぐ一人で抱え込む」
「わたくし、ダメねえ」
「それでも、俺はその全てが愛おしい」
偽っている時も全て。
カレンディラに伸ばした手は、届く前に避けられた。
「……カレン」
「わたくしは貴方が心配よ」
傷ついた顔をしたカルロに苦笑いと共にそう告げた。
「なるべく早くお嫁さん貰って、お父様に孫を見せてあげなさい」
「俺は」
「カルロ」
その先を、カレンディラはカルロにはけして言わせない。だからいつも、カルロはその言葉を飲み込みしかない。
俺はカレンがいい。
伝えたいけれど、この言葉を告げた時、きっと全てが崩れ落ちるのだと。カルロは分かってる。カレンディラも気付いてる。だからこそ、言わせないし、言えない。
「カルロがいるから、我が家は安寧ね」
大切な弟。唯一と言っていい、自分を分かってくれる存在。だからこそ、失いたくなかった。
事は急いだ方がいい。カレンディラは判断した。
悪役を終わらせて、どこかへ行こう。
それがきっと、最善だ。
誰にとっても。
第2章終了です。




