彼女とこれから
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「まだやめてもらったら困るわ」
マリーシアはその言葉通り困った顔になった。
「でもマリー。貴女もう充分上手くいったじゃない」
「正式に結婚するまでは分からないでしょう? だからお願いよカレン。まだやめないで」
ね? と小首を傾げてお願いされ、カレンディラは頷くしかなかった。
手紙で約束を取り付け、カレンディラはクラウン邸を訪れた。こう言ってはなんだが、マリーシアは交友関係が狭い。そのため難なく予定を入れることが出来た。そして挨拶を交わしたあと、カレンディラは早々に尋ねた。「もうナツキ様に干渉するのをやめてもいいか」と。その答えが冒頭であった。
「次、ナツキ様と会うのは明後日なの。よろしくね、カレン」
「……分かったわ」
それからマリーシアは、ナツキとの出来事を聞いてもないのに語り始めた。カレンディラはほどほどに相槌を打ちながら、聞き続けた。
うっとりと陶酔しながら語るマリーシアを見ながら、カレンディラは恋って凄いと思った。実はジークセイドといても同じことを思った。正直、似たものをカルロにも感じる。
カレンディラは、自分が恋ができるとは思っていない。自分立場からして、そんな感情は邪魔だと思っている。
ジークセイドには恋は出来なかったけれど、上手くやれると思っていた。しかしジークセイドにルルーシュという相手が出来て。カレンディラは自分がどうなるのか分からなくなった。
単純に、時期が来たら、自分がジークセイドと結婚し、ルルーシュが妾妃となるのだろうか。
それとも。
自分との婚約が破棄され、ルルーシュと結婚するのだろうか。
未来の話は、考えてこなかった。おそらくジークセイドは何も考えていないだろう。奴がそういう輩だと、カレンディラはよく知っている。とはいえ、カレンディラ自身もあまり考えないようにして逃げていたことは確かだった。
(おそらく、後者になるでしょう)
目の前ですっかり自分の世界に陶酔し、ナツキについて語るマリーシアを見ながら、カレンディラは考える。全てが終わった後のことを。
褒賞はがっぽりもらう。でなきゃ割に合わない。マリーシアのエリエーデも惜しまないだろう。自分達の望みも叶ったのだし。特にジークセイドからはふんだくる気だった。そして地方で余生を過ごす。これがカレンディラの理想とするルートである。しかし、である。
カレンディラの家ユシュアン公爵家は、国で五つある公爵家の中で現在最も王家と血が近い。故にカレンディラはリーリアに続き身分の高い淑女である。そのためジークセイドの婚約者だったと言っても過言はないのだが、それが解消されたとなると、おそらくリーリアとカルロの婚約が発生するとカレンディラは見ていた。歳も近く、仲も比較的良好。それだけでなく、城内には王太子ジークセイドを不安に思う者がおり、彼らがカルロとリーリアを担ごうとする傾向があった。理由は、ジークセイドの浅慮さである。腹黒いカルロと冷静なリーリアの方が王位に向いているという意見は、カレンディラが婚約者の頃からあった。なのでルルーシュの存在と王宮ドロドロ恋物語展開後、それはより顕著である。それでもジークセイドが王太子でいるのは、カレンディラが婚約者だからだった。兄妹そろって同じ家の姉弟と婚姻結ぶのは、他の家がいい顔をしなかった。だからリーリアは違う家に降嫁すると思われていた。しかし、カレンディラがジークセイドと婚約を解消したら。リーリアがカルロと婚約しても文句はでない。しかしなによりも当人達がその展開になることを死ぬ気で嫌がっていた。
果たしてどう転ぶのか。カレンディラは傍観していた。こんなことにまで首を突っ込ぬ余裕はさすがになかった。
長々と語り続けるマリーシアの話の句切れに口を挟んで、そろそろお暇すると告げると、マリーシアはにこっと笑って、
「またいらしてね」
と告げた。マリーシアの笑顔は本当に愛らしい。本人の自覚が芽生えるのも仕方ないだろう思えるほどに。
帰宅すると、すでに日は傾いていた。心配そうな顔で出迎えたカルロに笑顔を見せたあと、カレンディラは自室に戻り、そこでやっと息を吐いた。
自室だけが、カレンディラが気を緩められる場所だった。しかしその安息も、ノックの音ですぐ引き締められた。
「失礼致します」
入ってきたのは家令だった。彼の手には、一通の手紙。
「カレンディラ様宛に、届いております」
便箋は見たことのないもの。首を傾げながらも受け取って、家令が出て行ってからカレンディラは恐る恐る手紙を調べた。すでに検問はしてあるので危険性はないだろうが、念のためである。封筒から手紙を出して、一読。たったの一行だけだった。カレンディラの柳眉がひそめられた。
『このままでは貴女は破滅する』
「まあ」
見慣れない字で書かれた注告に、カレンディラは思わず笑った。
「そんなこと、分かっていてよ」
しかしそれでも嫌われているわたくしにわざわざ書いてくださるなんてお優しいこと。
封筒を見れば、流暢な字でシェルア・ゴルゴアと書かれていた。普通こういうことは匿名でするでしょうに。本当に親切からなのか間抜けなのか。測りかねて、カレンディラは笑みを深めた。




