悪役の苦心
本日2話投稿です
王城へ到着したカレンディラは、早速ふけたジークセイドを探していた。実の妹やカレンディラの弟のカルロに呼ばれているとおり、ジークセイドは馬鹿であるとカレンディラもよく知っている。勉強は出来るのに、ちっとも賢くない。毎度毎度ふける場所が一緒なため、探す手間がなくすぐに見つけられる。探すのに手間取れれば、なるべく長く二人の時間を作ってあげられるのに。一度、「見つけるのが早すぎる」とジークセイドに不機嫌そうに言われた。ならもっと場所を考えてとカレンディラも返したが、ジークセイドは一向に変えない。その場所をルルーシュが気に入っているとのことらしい。
今日も今日とて、例の場所にいるのをカレンディラは早々に見つけた。すでに二人の世界が展開していた。
どうにかしようと悩んだすえ、カレンディラが出したのは、
「ちょっと。そこのあなた」
文官だろうか。書類を抱えた男にカレンディラは声をかけた。声をかけられた男は、カレンディラを認めると微かに顔をしかめた。
「ご機嫌麗しゅう、ユシュアン公爵令嬢」
「ご機嫌よう。わたくし、王太子殿下を探しておりますの。ご存知?」
「……さきほど、中庭の東屋に」
「そう。ありがとう」
書類を抱えた男が立ち去った。カレンディラは言われた通り、中庭の東屋に向かった。ちなみに。ジークセイドがいるのは中庭ではあるが、東屋とは反対である。
適当な誰かに所在を尋ねる。そうすると皆、だいたい嘘を教えてくれた。なんて言ったってカレンディラは評判がすこぶる悪い。移動したのだ、と言えばいいとでも思っているのだろう。しかしその嘘のおかげで時間が稼げて助かっている。けれど、尋ねたさい相手の顔が歪むのは、いつまで経っても慣れなかった。
東屋には、やはり誰もいなくて。カレンディラは一人座った。本来なら、侍女を連れ歩くべきだが、王太子を探すのはいつも一人だ。
ふう、とため息をついたとき、ふいに影がかかった。カレンディラが驚いて顔を上げると、柔和な笑顔がカレンディラを見下ろしていた。
「……驚かさないでくださいな、ショーティ殿」
「それは失礼。お疲れですね、カレン様」
「訓練はどうされたのですか?」
「ちょうど休憩中なんですよ。自主的なね」
ショーティの言葉に、カレンディラは笑った。ダメじゃないですか、という言葉に、ショーティはさらに笑みを深めた。
「貴女はそうして笑っている時が一番美しい」
「ありがとうございます」
「本気で言っているのに」
肩をすくめたショーティに、カレンディラはまた笑った。
ショーティ・リュグロ。優しげな顔立ちに柔らかい物腰を持つ、騎士。カレンディラは彼とナツキに絡むようになってから出会った。彼には何故か『悪役』が通じず、「どのような事情があるかは存じませんが」と痛々しそうな顔で言われたのがカレンディラには衝撃だった。
「今日は殿下ですか?」
「ええ。いつもの所で密会中でして」
「貴女は何故ここに?」
「ちょっと休憩に」
「では。ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「よくってよ」
カレンディラはニコッと笑った。悪役令嬢らしくない、可愛らしい笑み。
そういう顔を見ていると、ショーティはカレンディラが日々無理しているのだとよく分かった。事情はさっぱり知らないが、彼女が嫌われることをする理由に胸を痛めていた。
王太子も同僚も、いっぺん死ねばいいのにな。ぶっちゃけショーティはそう思ってる。そしたら、自分がカレンディラの側に居座れるのにと。正直、彼女を選ばない理由が理解できなかった。きっと王太子の目は腐ってるんだと思う。まあライバルが少ないにこしたことはないのだが。
ショーティの家は伯爵家。低くはないが、公爵家とは釣り合いが取れない。それになにより、カレンディラの弟のカルロにバレたときが非常に面倒だ。かろうじてまだ大丈夫だが、同僚が理由もなく減給と公休がなしになったのが誰のせいか、ショーティは察していた。
隣で笑うカレンディラが、ふいに立ち上がる。
「そろそろ、いきますね。ありがとうございました、ショーティ殿」
「こちらこそ、有意義な時間をありがとうございました。ではまた、カレン様」
立ち去ったカレンディラが、これから向かう先を考えて、ショーティは少しだけ不愉快になった。
カレンディラはそのあと、ジークセイドとルルーシュを引き剥がした。そしてジークセイドと二人になった時、切り出した。
「殿下」
「なんだ」
ジークセイドはニコニコというか、顔を幸せそうにゆるゆるにしたまま、上機嫌で応えた。さきほどの余韻に浸っているらしい。
「わたくし、いつまでルルーシュ様をいじめればよろしいの?」
「んー……もうちょい」
「左様ですか」
「もうちょい頼むな」
カレンディラの胸に、不安が大きくなった。
案の定、もうちょいは全然終わらなかった。




