22.元王子様のお使い風景
カランカランッとドアベルの音が店内に鳴り響く。入口から現れた姿を見て、アレンは開きかけた口を再び閉じた。
「…………」
「ひどいなぁ。お客さんに挨拶も無しかい?」
「あんた客じゃないだろ」
「そんな事ないよ、ホラ。おつかい」
そう言ってユファニールがヒラヒラとお使いメモを顔の横で振ってみせる。何度目になるか分からないやり取りに、アレンは溜息を吐いた。
プロポーズ大作戦と称してアレンの家に無断侵入したあの日から、ユファニールはしょっちゅう薬屋に顔を出していた。何故かと言えば、店主を口説くためである。つまり、アレンはあの日の求婚を断ったのだが、宣言通り元王子様は諦めず、こうして店に通っているのだ。
「ならさっさとメモをよこせ」
ところがユファニールは差し出されたアレンの手を取り、その甲に口付けを落とす始末。緩んだ顔にチョップを落とし、隙を突いてメモを奪った。その内容は頭痛薬と胃薬、解熱剤。ユファニールがプロポーズしたあの日以来、睡眠薬の類は一切メモに書かれていない。どうやら王位継承権を放棄してすっかりストレスは除かれたらしい。その代わり胃薬が常備薬になっているのは代わりに誰かがそれを被ったからだろう。気の毒に、と思いながら手作業を進めていると、それを楽しそうに眺めていたユファニールが口を開いた。
「そうだ、アイレーン」
「ん? 何?」
「ここに惚れ薬は置いてないのか?」
「はぁ!?」
「俺に惚れさせたい子がいるんだけど」
「…………」
聞き覚えのある言葉にアレンは眉をしかめる。確かこれはリリアが一時期ハマっていた恋愛小説の中で、魔女に惚れた男が彼女を口説くのに使っていた台詞ではなかろうか。
「アンタ……」
「ん?」
「またリリアに助言してもらったろ?」
「バレたか。でもおかしいなぁ。これならアイレーンもイチコロだって師匠に太鼓判もらった台詞なのに」
「いつからあいつに弟子入りしたんだ……」
むしろ逆効果だろ、と思ったが黙っておいた。それに二人は意外に気が合うらしい。ユファニールも相当乙女チックなものが好きなようだ。
「ビートと食事の席を設けるよ、と言ったら快く相談に応じてくれたぞ」
「部下を売るなよ……」
最近リリアが浮かれているのは春が近付いているからではなかったらしい。袋詰めの終わった薬を渡すと、近付いたその隙を狙って今度は頬にキスされた。
「~~~~!!!」
「俺はもうとっくに君に惚れてるんだから、いくらでも笑ってくれていいんだよ? 但し俺の前だけね」
「うっさい!」
「あははっ。また来るよ」
真っ赤になったアレンを見て、上機嫌にユファニールが去っていく。
アレンだって気付いているのだ。まだ素直になれないけれど、「もう来るな!」とは言えない理由に。
そしてアイレーンと呼ばれる度に胸が甘くうずく、その訳を。
END
アイレーンとユファニールはまだ知らない。
リリアがファンクラブ会報誌の隅っこで、二人をモデルにした恋愛小説を連載している事を――
お粗末さまでした。




