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21.乙女の理想

 

「ここに居る経緯は分かったから、とりあえず離せよ」

「どうして?」

「どうしてって……、この体勢はおかしいだろ!」


 抱きしめられた腕の中でアレンがいくら暴れてもそれが緩む事はない。


「ねぇ、アイレーン」


 家族以外の異性に初めて呼ばれるその名前。低く擦れた声に、アレンの肌が粟立つ。


「どうして俺が王室から出たのか分からない?」

「は? そんなの知らな……」

「君にプロポーズするためだよ」

「……プロポーズ?」


 あまりに突拍子も無い言葉に、アレンは口がぽかんと開いたまま目を丸くする。それすら可愛いと言うように、ユファニールの手が銀色の髪を撫でた。

 ギギギッとぎこちない動きでアレンが首を巡らす。小さなリビング中に敷き詰められた綺麗な花。そう言えば、このシチュエーションはリリアが昔力説していた理想のプロポーズの中にあった気がする。


「まさかお前……リリアと連絡取ってたのか?」

「あ? 分かったかい? 彼女にずっとアドバイスを貰っていたんだ」


 こっそり合鍵で家に入り、花で飾るサプライズも彼女の助言してくれた演出らしい。

 女性はこれが一番喜ぶと聞いて、とユファニールは嬉しそうにニコニコしている。だが、アレンは声を大にして言いたい。お前は色々間違っていると。


「あんた馬鹿だろ……」

「え?どうして? もっと違うサプライズが良かった?」

「そうじゃなくて!! そもそもオレ達は恋人同士でもなんでもないんだぞ!! それなのにプロポーズとか王位継承権放棄とか先走りすぎだろ!!」


 大恋愛をした恋人とか将来を誓い合った仲ならば、王位継承権を返上してまで追いかけるのも分かる。けれど現時点でアレンとユファニールはただの知り合いなのだ。アレンが断ったらどうしようか考えていないのだろうか。


「だって、今フラれても諦めない」

「……はい?」

「それに、ここまでしなければ君は俺の本気を信じてくれないだろう?」

「…………」


 確かにそれは否定できなかった。相手は将来王位を継ぐ事が決まっている王子様。かたやただの街人で、しかも人から距離を取って暮らしてきた異種族。王族につり合う家柄も、美しい容姿も、豊満な体も何も無いアレンに懸想するなど信じられる筈が無い。


 けれどユファニールの胸の中には最後に見たアレンの表情がずっと残っていた。最初は好ましいと思う程度だった女の子。二度目の会った時、彼女の芯の強さを知った。そしてあの日、霞む視界の中でアレンが見せたのは寂しげな微笑み。気にかけていた女の子のあんな表情を見て放って置ける男が居るだろうか。

 次に目を覚ましたのは王城内に設けられた自分の寝室。その傍にアレンの姿が無い事で全てを察した。そして自分の想いにも。

 彼女が望まないのならこのまま離れた方が良い。一度はそう思ったけれど、ポケットの中に残っていた合鍵に希望を見つけてしまった。それから何をしてもアレンを忘れられず、作った合鍵を見るたびに想いは募り、リリアに連絡を取って今こうしてアレンの傍にいる。


「アイレーン=サングス」


 不意に名前を呼ばれ、鼓動が跳ねる。ユファニールの顔が近付いたかと思ったその瞬間、柔らかい感触がアレンの額に落ちた。


「あなたを愛しています。私と一緒になってくれませんか?」


 甘い視線に酔いそうになって、アレンは慌てて視線を逸らす。


「違う! あんたは<魅了>にかかってるんだ!! 離せよ!」


 命令した所で、ユファニールの腕は緩む気配すらない。


「良いこと教えてあげようか?」

「え?」

「普段から王族はあらゆるものから身を守る術を身につけている。軽装でも腰には短剣を忍ばせているし、護符の効果を持つアクセサリーだって肌身離さず身につけている」

「……護符?」

「そう。よほど強力な魔法でなければ全て弾く強力な結界だよ」

「!?」

「分かったかい? 俺は最初から君の<魅了>にはかかっていないんだ」

「…………」


 少し考えれば分かった筈だ。厳重に護られるべき王族が常に丸腰でいる訳がないと。

 だから最初から、客と薬屋として出会ったあの時から――


「俺が好きになったのは、ただの薬師の女の子だよ」

 

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