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20.月光と花とお守りと

 

 成人の儀と言っても特別なことをする訳ではない。お祝いに家族でご馳走を食べて、親から名前を貰って、ご近所にお披露目をする。それだけだ。アレンの希望もあってお披露目は大々的なものではなく、明日以降お世話になっている人達へ挨拶をする程度に留める事になった。


 ワインですっかり酔っ払ったリリアにしつこく引き止められたせいで、いつもより大分帰りが遅くなってしまったアレンは足早に店舗兼自宅へと向かう。裏口から入って扉を閉め、二階への階段を上がった。

 アレンの家は一階が薬屋と水場、二階が住居になっている。コートを脱ぎながら階段を上りきって、そして絶句した。

 まだ明りのついていないリビング。月明かりだけが窓から降り注ぐ床の上にはぎっしりと白い花々が敷き詰められていた。そしてその中央には一人の人影。


「ア、アンタ……、なんで……」


 ここに居る筈がない。だって、今アレンの目の前に居るのは現在進行形で王城の夜会へと参加していなければならない人物だ。

 月光を浴びてキラキラと光る金色の髪。そして唖然としているアレンを見つめているのは碧の瞳。嬉しそうに微笑むその人物――ユファニール第一王子が、一歩一歩静かにアレンに向かって近付いてくる。


「こんばんは。アレン。いや、アイレーン」

「その名前……」


 先程正式に授かったばかりの本当の名前。彼が、知る筈の無い名前。


「君の幼馴染に聞いたんだ」

「リリアに? っていうか、あんたこんな所で何やってんだよ! 今日は城で夜会があるんだろ!?」


 慌てて距離取ろうとするアレンを引き止めるように、その両手をぎゅっと握る。冷えた手が自分よりも高い体温で温められていく。それが酷く落ち着かない。


「夜会はいいんだよ。俺の用事はもう済んでるから」

「済んでる?」

「そう。今日正式に王位継承権を返上してきた」

「……は?」


 爽やかな笑顔でそうのたまうユファニールをアレンは唖然と見返した。とんでもない事の筈なのにそう聞こえないのは、彼の表情に少しも未練が感じられないからだ。


「ちょっ、ちょっと待て! あんた第一王子だろ!? 何やってんだよ!!」

「心配しなくても平気だよ。兄弟はあと5人も居る。それに俺は裏方の方が向いてると思うんだ。これからは大臣辺りになって裏から政治を支えるつもりだ」

「…………」


 なんだか嫌な予感がひしひしと伝わってくる。けれどユファニールが引く筈はなく、それ所か手を離して今度は抱きしめられた。


「オイ! ちょっと……」

「身辺整理がついたら我慢しきれなくなって、君に会いに来た」

「だ、だからってどうやって中に……」


 アレンは確かに鍵をかけて食堂に行ったのだ。すると彼がポケットから鍵を取り出した。


「これ」

「……合鍵? それ、リリアのじゃないよな?」


 彼が持っていたのは裏口の合鍵だが、リリアの一家に預けているものよりも真新しい。


「あ! まさか……」

「うん。作ってみた」


 半年前、アレンの誘拐未遂が会ったあの日、リリアに借りた合鍵をすぐに返せなかったのは、ロイヤードが告げた通り返すタイミングを逃したからだ。だがただでは転ばないユファニールはすぐにロイヤードに協力してもらい合鍵を作った。本物は彼に返却してもらって、新しい合鍵はユファニールが持つこととなった。これがあればいつでもアレンに会いにいける。そう思っていつもこの鍵を眺めていたのだと言う。


「俺にとってはお守り代わりでもあったんだよ」


 勝手に作ったくせに。そう思ったけれど、久しぶりに見るその顔が余りに嬉しそうで口には出来なかった。

 

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