18.薬屋の事情聴取
誘拐未遂事件の翌日、アレンは通常通り店を開けていた。泥で汚れていた店の床も、踏み荒されていた薬草畑も元通り綺麗になっている。あの後リリアが掃除を手伝ってくれたのだ。
昨日アレンが店に戻ると、店のカウンターには走り書きのメモが一枚置いてあった。ユファニールからアレン宛。そこには戻ったら必ずリリアの食堂へ必ず顔を出すようにと書かれていた。
ユファニールの手を払い、アレンが一人で帰ることを予期していたようなメモ。行動を見透かされていた事は面白くないが、リリアに心配をかける訳にはいかない。アレンは素直に従って食堂へ顔を出した。
食堂へ行くなりリリアに抱きつかれ、心配したと叱られた。ついでに「吐くまで離さない」と事の真相を追究され、慌てて出かけて裏口の鍵をかけ忘れたと話したら、もう一度叱られた。
そこでリリアの両親が彼女を宥めてくれたので、そのまま食堂で共に食事を取る事になった。その際『何故ユファニール王子が薬屋に来たのか』という二度目の追求が待っていたのだが、知らないの一点張りで通した。何故ならアレンも彼がわざわざ店まで足を運んだ理由については知らないからだ。その後食事を終えたリリアが一緒に店までついて来て片づけを手伝ってくれたという訳だ。その頃にはリリアの追求も収まり、彼女の話はユファニールとヤナがどれだけ素敵だったとか、これを切欠に求愛されたらどうしようとか、そんな妄想話へと移っていた。
「よう! 薬屋」
「……いらっしゃい」
開店してから二時間後。顔を出したのはこげ茶の髪と顎鬚の、声のでかい騎士。確かロイヤードとか言ったか。彼はドアを開けるなりズカズカと中に入ってきた。
「今日は何? おつかい?」
「いや、事情聴取ってヤツだ」
昨日の事件について話を聞きに来たらしい。犯人は捕まったというのに今更アレンに聞く必要なんてあるのだろうか。そう思って見返せばアレンの考えを察したのか、ロイヤードが苦笑した。
「実はあの二人が口を割らなくてな。意外に強情で手を焼いてんだ」
「割らないって……主犯のこと?」
「あぁ。このタイミングでお前を誘拐したんだ。どう考えても殿下絡みだろ? こっちはどっかの貴族が糸引いてると見てるんだが、どうもなぁ……。あいつらはどこの組織にも属してない小物だし、庇う程強い繋がりがある貴族がいるとは思えねぇんだけどな。お前、何かあいつらから聞いてねぇか?」
「いや、主犯が誰かは知らない。俺の事が邪魔な貴族に雇われてるって言ってたから、多分ユファニール王子の妃候補関係だろ?」
「そっちか……。他には何か言ってたか?」
「特には」
「そうか。仕事中邪魔したな。あ、そうだこれ」
「?」
ロイヤードがズボンのポケットから取り出したのは見覚えのある形状の鍵。アレンも持っている薬屋の裏口の鍵だ。けれど何故彼がこれを持っているのだろう。
「店に入るのに食堂の姉ちゃんから借りたらしいんだが、昨日のバタバタで返し忘れたんだと」
「あぁ、分かった。俺から渡しておくよ」
「悪いな。じゃ」
「え?」
あっさりと店を出て行こうとするロイヤードに、思わず声が漏れる。すると彼が意外そうに振り返った。
「ん? どうした?」
「いや……、別に」
「そうか? じゃあな」
昨日の今日だ。てっきりユファニール王子への仕打ちについて罰はなくともお説教なり文句なりあると思って構えていた。けれど何事も無かったかのように彼はすんなり出て行ってしまった。
文句を言われないのならそれが一番だけれど、妙な後味の悪さが残る。
(どうせもう会うことも無いんだ……)
さっさと忘れよう。そう自分に言い聞かせた。




