17.別れ道の選択
(あ~ぁ……)
途端に男達の目がうつろになっていく。間違いなく<魅了>の効果を発したことにアレンは安堵ではなく落胆した。両手両足を縛られた状態でこの場を脱する為にとった最善の方法だったけれど、アレンにとっては同時に最悪の方法でもある。<魅了>が発動する笑みは嫌でも他人とは違うことを突きつけられてしまうから。
自分の嫌いな部分を目の当たりして、アレンの表情はすぐに暗くなった。
「縄を解け」
アレンの命令に従い、男の一人が荷台に乗りあがる。男の頬は良い夢を見ているかのように緩み、その目がうっとりとアレンを見つめている。自分の命令とは言え、<魅了>にかかった男が近付いてくる事に寒気がした。
数分経って手と足が自由になる。自分の傍から離れない男をどけようとした時、声が飛び込んできた。
「アレン!! 無事か!?」
「ユファ……」
男を押しのけ、自分の手を力強く引っ張ってくれたのはユファニール王子だった。彼に抱き上げられたまま、荷台から飛び降りる。そこでは馬車の周りを馬に乗った騎士達が取り囲みつつあった。
「アレン! 大丈夫かい?」
「ビート……」
自分の騎馬から下り、ビートが駆け寄ってくる。けれどその前にユファニール王子がアレンを抱く腕に力を篭めて、そちらを振り向けなかった。
「おい、ちょっと……」
「アレン、無事だな?」
「あ、あぁ……。へーき……」
あまりに近すぎる距離のせいでユファニールの乱れた呼吸や首筋を流れる汗に気付く。そして安心したように吐いた彼の息がアレンの前髪を揺らした。
どくん。アレンの鼓動が大きく揺れる。
「お、王子……」
「…………」
「王子!!」
いつまでも自分を離そうとしないユファニールの胸を両手で思い切り押してなんとか距離を取る。はっと息を飲んだユファニールの顔を見る事ができず、アレンは俯いたまま口を開いた。
「あんたはもう……オレに関わらない方がいい」
「どうしてだ? 俺が王子だからか? だが、そんなものは……」
ダメだ。これ以上彼に言わせてはダメだ。アレンに対して彼が抱いているものがどんな形の感情だとしても、これ以上関わってはいけない。彼を許してしまえばまた同じことが起きる。王子という立場が持つ問題と、ダークエルフという種族が持つ問題。どちらも根深く複雑で、アレンの手に負えるものではない。
アレンは一度唇を噛み、覚悟を決めて顔を上げた。
二度目の微笑み。自分を攫った男達に見せた冷めた笑みとは違う、口角は上がっていてもその瞳は悲しさと苦しさを湛えていた。
「よせ!」
アレンの持つ微笑みの意味を知っているユファニールは咄嗟に片手で目を覆う。だが、遅い。
その隙にアレンは腰のポーチから薬包紙を一つ取り出す。以前虎を眠らせたものよりも効果の低い睡眠薬。そしてそれを迷わずユファニールに向かって振りかけた。
「アレ……」
「アンタはダークエルフの<魅了>にかかってるんだ」
「ちが……、おれ、は……」
言い終わるよりもユファニールが崩れ落ちる方が先だった。驚いたビートがとっさに彼を受け止める。戸惑う彼の目がアレンを捕らえた。俯いたアレンの表情は銀色の髪に隠れて見えない。
「……連れてけよ」
「君は……、これでいいのかい?」
これでいい。周囲の騎士達もこれまでのアレンに対する王子の態度は全て<魅了>のせいだと、一時の気の迷いだと思うだろう。魔力を篭めた微笑ではないから、<魅了>の効果はそう長く続かない。ユファニールが次に目を覚ました時は正気に戻っている筈だ。そうしてまた今まで通りの生活に戻ればいい。
どうせなら記憶を失うような効果もあれば良かったのに。
「オレは王子なんて厄介なもんに関わるのはごめんだ」
「そうか……」
後から追ってきた騎士達は犯人達を捕らえ、荷車には縛り上げた二人と眠った王子を横たえて馬車ごと連行する事になった。その準備が整った時、すでに現場にアレンの姿はなかった。




