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14.不在の店主と看板娘

 

「会ってくれると思うか?」

「分かりません」

「お前……。仮にも俺は主君だぞ? もうちょっと気を使ったコメントはないのか?」

「?」

「もういい……」


 首を傾げる近衛騎士ヤナと共に歩いているのは緊張した面持ちの若い男性。見れば女性達がうっとりと頬を染めるであろう華やかな金髪碧眼の持ち主はこの国の第一王子ユファニールだ。今二人が歩いているのは城下街の端の端。お忍びなので若い下級貴族のような地味な装いをしている。

 二人が目的の薬屋の前に着くと、そこには白髪の老人が立っていた。彼は何度か店のドアノブを握るが、それを開ける様子は無い。

 二人は目を合わせ、ユファニールが声を掛ける。


「ご老人。中に入らないのか?」


 するとドアの前に居た老人が振り返った。髪がすっかり真っ白だから思わず“ご老人”と言ってしまったが、まだ腰も曲がっていないし、振り返った顔は理知的で眼光が鋭い。


「おや、これはこれは殿下。こんな所までどうなさったのですか?」

「ん? サーダルか?」


 目元を緩めたその顔をユファニールは良く知っていた。彼はドルマンが就任する前、王城付の医師を務めていたサーダルだ。ユファニールが生まれた際取り上げてくれたのも彼で、十歳頃までは彼にお世話になっていた。


「久しいな。相変わらず元気そうだ」

「ほほ。まだまだ仕事は引退しておりませんぞ」

「そう言えば、この薬屋はサーダルの紹介だとドルマンが言っていたな。買い物か?」

「えぇ。ですが……」


 ちらりとサーダルがドアを見る。髪と同じように白くなった眉が下がって困り顔を作った。


「どうした?」

「閉まってるんですよ。どうもアレンが留守のようで」

「留守?」


 ユファニールもドアノブを握ってみるが、押しても引いてもドアは開かない。鍵がかかっているようで確かに閉まっていた。横の窓から覗いてみても人気は無く、物音もしない。


「なんだ。折角ここまで来たのに休みなのか」


 ドルマンのお使いはいつも五日前後に行っていたが、今回はどうしてもユファニールが同行したいと言い張り、彼のスケジュールに会わせる為、いつもより二日遅れての訪問となってしまった。いつもの間隔なら気を遣ってアレンも店に居てくれたかもしれないが、事前に連絡もしていないし、今回はイレギュラーだったので仕方がない。

 ユファニールが諦めかけた時、サーダルがその肩を叩いた。


「良いことを教えてあげましょう」

「ん? どこへ行くんだ?」

「こういう時はね、表通りの食堂へ行くんですよ」


 そう言って先を歩くサーダルについて行く。着いた先は人通りの多い場所に店を構えている小さな食堂だった。こじんまりしているが、お昼前でも店内はお客で賑わっている。


「あら、サーダル先生! いらっしゃい!」


 元気の良い声で迎えてくれたのはこの食堂の看板娘だ。サーダルはまるで孫を見るように目尻を下げた。


「こんにちは、リリア。聞きたい事があるんだがいいかね」

「はい。どうぞ?」

「実は今アレンの所に行ってきたんだが留守でな。何か知らんか?」

「え? アレンが? でもこの前休みを取ったばっかりだし……。今日はサーダルさんが来る日だからアレンが店を空ける筈ないんですけど……」

「なんだと?」


 首を傾げるリリアの言葉に、目立たないよう後ろに控えていたユファニールが厳しい声を上げた。地味な色合いの服装と目深にかぶったハットで変装しているが、間近で顔を見られたらバレてしまう可能性が高い。声を出した後に思わずマズいと我に返る。


「あれ? あなた……」


 案の定、リリアの目がユファニールに向けられた。その顔を確認しようと一歩踏み出す。


「…………」

「…………」

「え!? もしかして……ふぐっ!!!」


 何かに感づいたリリアの口を素早い動きでヤナが後ろから塞ぐ。


「ひゃにふる……へ? ひゃなはま!?」


 だが、それでもリリアの口は止まらなかった。それ所かヤナの姿を認めて余計に興奮したようだ。大きな手で口を覆われても、ももごもごと唇を動かし何事かをしゃべっている。周囲の客に怪しまれない内にと、サーダルが助け舟を出した。


「仕事中悪いが、二人と共にアレンの店へ行ってやってくれないか。私は出直すよ」

「ふぁーい!」


 目を輝かせてリリアが精一杯手を上げる。

 ようやくヤナは手を離し、店前でサーダルとは別れて三人で薬屋に戻った。

 

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