勇者パーティ、ダンジョンでボコボコにされる。一方アレンは、ダンジョンマスターの幼女に懐かれていた
「ぜぇ……はぁ……! な、なんなんだよ、あいつらはっ!」
薄暗い洞窟の中、勇者アルヴィンの情けない悲鳴が響き渡った。 王都近郊にある初級ダンジョン『新緑の迷宮』。かつてのアレンがいた頃なら、鼻歌交じりで攻略できていた場所だ。
だが、現実は違った。
「ギャギャッ!」 「うわぁっ! またゴブリンだ! 数が多すぎる!」
錆びついた剣で斬りかかるが、切れ味が悪く一撃で倒せない。 その隙に横から殴られ、アルヴィンは無様に泥水の中へ転がった。
「きゃあっ! 私のローブが! 泥だらけよ!」 「魔力が……もう魔力が尽きたわ……回復ポーションは!?」 「もうないぞ! さっき全部飲んじまった!」
パーティは半壊状態だった。 これまでは、アレンが野営のたびに【結界付きコテージ】を建て、そこで完全休息を取ることで、HPもMPも常に万全の状態を維持できていた。 さらに、アレンが即席で作る【足場】や【バリケード】のおかげで、敵に囲まれることもなかったのだ。
「くそっ、なんで休憩所がないんだ!」
アルヴィンは八つ当たりのように叫んだ。 ダンジョンにそんな都合の良い場所などあるわけがない。以前はアレンが無理やり作っていただけだということに、彼らはまだ気づいていない。
「て、撤退だ! これ以上は死ぬ!」
勇者パーティは、たかがゴブリンの群れ相手に、尻尾を巻いて逃げ出した。 その背中は、かつての英雄の面影など微塵もなかった。
◇
一方その頃。 アレンたちのログハウスでは、新たな「建築」が行われていた。
「この辺に、貯蔵庫を作りたいんだよな」
アレンはリビングの床下を指差して言った。 シャルロットやミア、エルザが増えたことで、食料の備蓄スペースが足りなくなってきたのだ。特に、エルザが持ち込む鉱石類や、トーマスから仕入れた酒類を保管する場所が必要だった。
「よし、掘るか」
アレンは床下の地面に手を触れた。
「【超建築:地下大倉庫】」
ズズズズズ……。
アレンの魔力が地面に浸透し、土砂が自動的に圧縮され、空間が広がっていく。 階段ができ、棚ができ、冷んやりとした快適な地下室が形成されていく――はずだった。
ガゴンッ!!
突然、硬質な音が響き、手応えが変わった。 アレンの意識に、本来そこにあるはずのない「異質な空間」が引っかかったのだ。
「ん? 空洞?」
アレンが壁の一部を崩してみると、そこには人工的――いや、魔力的に作られた、青白く光る石造りの部屋が広がっていた。 そして、部屋の中央には巨大な水晶が浮いており、その前に一人の少女がぽつんと座っていた。
透き通るような銀髪に、ゴシック調の黒いドレス。年齢は十歳くらいだろうか。 彼女は突然壁をぶち抜いて現れたアレンを見て、ポカンと口を開けていた。
「……え?」 「……あ、どうも。お隣さんです」
アレンが軽く挨拶すると、少女はハッと我に返り、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「き、貴様ぁぁぁっ! 何奴じゃ! 妾の聖域に土足で踏み込むとは!」
少女の身体から、凄まじい魔力が溢れ出す。 空気がビリビリと震える。ただの子供ではない。
「我こそはこの『荒野の地下迷宮』を統べるダンジョンマスター! コアの精霊、ココアである! 侵入者め、排除してくれるわ!」
彼女が手を振ると、部屋の四隅からガーゴイルの石像が動き出した。 どうやら、地下倉庫を作ろうとして、偶然真下にあった未発見ダンジョンの「コアルーム(最奥部)」に接続してしまったらしい。
「排除! 排除じゃー!」
ココアが叫ぶ。ガーゴイルが襲いかかる。 だが、アレンは慌てなかった。 彼はガーゴイルではなく、この部屋の「環境」を見て眉をひそめた。
「……ジメジメしてるな」 「へ?」
アレンの一言に、ココアが動きを止めた。
「換気が悪い。カビ臭いし、床も冷たすぎる。こんなところに住んでたら身体を壊すぞ?」 「な、何を……」 「それにこのガーゴイル、配置が悪い。動線が塞がれてて邪魔だ」
アレンはガーゴイルの拳を片手で受け止めると、パチンと指を鳴らした。
「【超建築:リフォーム(劇的ビフォーアフター)】」
カッ!!
眩い光が部屋を包む。 湿気っていた石壁は、吸湿性の高い漆喰塗りの壁に変化。 冷たい床には床暖房機能付きのフローリングが敷かれ、殺風景だった部屋にはフカフカの絨毯と、天蓋付きのベッドが出現した。
「な、な、な……っ!?」
光が収まると、そこは陰鬱なダンジョンの最奥部ではなく、王族の姫君の私室のような空間に変わっていた。
「ど、どうなっておるんじゃ!? 妾のダンジョンが……!」 「ついでに照明も変えておいた。間接照明の方が落ち着くだろ? あと、ガーゴイルは邪魔だから壁のオブジェにしておいたぞ」
ガーゴイルたちは可愛らしいぬいぐるみに姿を変え、棚に綺麗に並べられていた。
ココアは震えながら、新しくなったベッドに恐る恐る触れた。
「ふ、ふわふわ……」 「床も暖かいぞ。裸足でも平気だ」
ココアは靴を脱ぎ、床暖房のフローリングを踏みしめる。 その瞬間、彼女の表情がとろけた。
「あったかいぃぃ……」
ダンジョンの精霊として生まれて数百年。ずっと冷たく暗い地下で孤独に過ごしてきた彼女にとって、それは初めて知る「温もり」だった。
「どうだ? 気に入ったか?」 「う、うむ……。悪くない、というか……最高じゃ……」
ココアはモジモジしながら、上目遣いでアレンを見た。 敵意は完全に消え失せている。
「あの……お主、これを作ったのか?」 「ああ。俺は建築士だからな」 「……」
ココアはトテトテとアレンに歩み寄ると、その服の裾をギュッと掴んだ。
「マスター」 「ん?」 「お主を、妾のマスター(主)と認める! このダンジョンごと、妾を貰ってくれ!」 「……はい?」
こうして。 アレンは地下倉庫を作るつもりが、広大な地下ダンジョンと、それを統べる幼女精霊を手に入れてしまった。
「アレンさーん? 地下から女の子の声が聞こえた気がするのですけど……」
上からシャルロットの声が聞こえる。 アレンは冷や汗をかきながら、新しい同居人を抱き上げた。
「……説明が大変そうだな、これ」




