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一方その頃、王都にて。野菜不足で肌荒れに悩む王妃様と、後悔し始める王子たち

アレンたちが辺境で優雅なディナーを楽しんでいる頃、王国の中心である王都では、静かなる崩壊が始まっていた。


場所は王城、王妃の私室。 そこでは、ヒステリックな声が響き渡っていた。


「なんですの、この食事はっ!! スープは泥のようだし、サラダは萎びているではありませんか!」


ガシャンッ! 豪奢な食器が床に叩きつけられる。 王国の第一王子、フレデリックは青ざめた顔で、激昂する母親――王妃マリアンヌをなだめようとしていた。


「母上、どうかお静まりを。今年は冷害で野菜の出来が悪く、料理長も最善を尽くして……」 「言い訳など聞きたくありません! ああ、もう……見てちょうだい、この肌を! 最近カサカサで化粧ノリも最悪よ!」


王妃は鏡を見て悲鳴を上げる。 確かにその肌は荒れ、目の下にはクマができている。


「以前はもっと美味しい野菜や、肌に良い美容茶が毎日届いていたはずでしょう!? あれを持ってきなさい!」 「そ、それは……」


フレデリックは言葉に詰まった。 王妃が気に入っていた「特級品質の食材」や「美容用品」。 それらを王都中の商人から厳選し、安定供給ルートを確保していたのは――他ならぬ、彼が追放した元婚約者、シャルロットだったからだ。


「シャルロット嬢がいなくなってから、納入業者が『正規の値段じゃないと卸さない』と言い出しまして……。彼女が独自の交渉術とコネで、安く仕入れていたようで……」


「なんですって!? あの子、そんなことまでしていたの!?」 「は、はい……。『地味で事務的な女だ』と思っておりましたが、まさかこれほど裏方を取り仕切っていたとは……」


フレデリックは脂汗を拭った。 シャルロットを追放した翌日から、彼の執務室は地獄と化していた。 決裁書類は山積みになり、地方領主からの陳情は捌ききれず、財務報告書には計算ミスが多発している。


『殿下、これは私がやっておきますわ』 『殿下はサインだけなさってください』


彼女の控えめな言葉に甘え、自分は何もしていなかったことを、フレデリックは今さらながら痛感していた。


「……愚か者ですね、貴方は。あんな優秀な補佐役を、ただ『可愛げがない』という理由で手放すなんて」 「ぐっ……申し訳ありません……」


王妃の冷ややかな視線が突き刺さる。 その時、部屋に侍女が慌てて飛び込んできた。


「へ、陛下! 王妃殿下! た、大変でございます!」 「騒々しいわね。何事ですか」 「『奇跡の野菜』です! 今、貴族街で話題沸騰中の!」


侍女は興奮した様子で、一つの木箱を差し出した。 行商人のトーマスが持ち帰った、あのアレンの村の野菜だ。


「なんでも、辺境から来た行商人が持ち込んだとかで……『一口食べれば若返る』『どんな病も治る聖なる野菜』と噂になっております! とある伯爵夫人は、これを食べて十歳も肌年齢が若返ったとか!」


「なんですって!? 若返る!? ……貸しなさい!」


王妃はひったくるように箱を開け、中に入っていたトマトを一つ、洗わずに齧り付いた。


「――っ!?」


王妃の動きが止まる。 次の瞬間、カッと目を見開き、恍惚の表情を浮かべた。


「あ……甘いっ! そして、身体の中に魔力が満ちていくわ……! ああ、肌が、肌が潤っていくのが分かる……!」


「母上!?」


「フレデリック! すぐにこの野菜を確保なさい! どこの商会が扱っているのです! 金に糸目はつけません!」 「は、はい! すぐに調べさせます!」


フレデリックは慌てて部下に命じた。 だが、彼らはまだ知らない。 この野菜の生産地が、彼らが「不毛の地」として見捨てた場所であり、生産者が「役立たず」として追放した二人であることを。



一方、王都の下町にある安宿。 ここにも、後悔に沈む者たちがいた。


「……硬い。背中が痛い」


勇者アルヴィンは、煎餅布団の上で寝返りを打った。 かつては遠征中でも、アレンの作った【快適コテージ】でぐっすり眠れていた。それが当たり前だと思っていた。


「ねえアルヴィン……私の杖、まだ直らないの?」 「鍛冶屋に頼んだら『こんな高レベルな聖杖、修理できるわけないだろ』って追い返されたわよ……」


聖女と魔法使いが陰鬱な声で呟く。 アレンは【即時修理リペア】も使えた。戦闘が終わるたびに、彼はみんなの装備を新品同様にメンテナンスしてくれていたのだ。


「クソッ、なんでどいつもこいつも俺たちの邪魔をするんだ!」


アルヴィンは壁を殴った。薄い壁はミシミシと音を立てる。


「アレンの奴、今頃どうしてるかな……。あの荒野じゃ、もう野垂れ死んでるかもしれないけど」 「……そうね。あんな役立たず、いない方がマシよ。私たちは選ばれた勇者パーティなんだから」


彼らはそう自分に言い聞かせるしかなかった。 アレンがいないと何もできない自分たちを認めたくなかったからだ。


「明日だ。明日こそ、王都近くの『新緑のダンジョン』を攻略して、名誉挽回するぞ」


だが、彼らは知らない。 アレンという「最強の兵站ロジスティクス」を失った彼らが、ダンジョンの過酷な環境に耐えられるはずがないことを。

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