その頃、元勇者はバイト先で邪神の封印を解いていた
アレンたちが空で優雅なティータイムを楽しんでいた頃。 元勇者アルヴィンは、泥まみれになって働いていた。
場所は、アレン公国から遠く離れた古代遺跡の発掘現場。 カジノですっからかんになった彼は、日銭を稼ぐために怪しい発掘バイトに応募していたのだ。
「おい新入り! もっと深く掘れ! 今日中にノルマ達成しねぇと飯抜きだぞ!」 「くそっ……なんで勇者の俺が、こんな土木作業を……」
アルヴィンはスコップを握りしめ、歯ぎしりした。 (アレン……アレン……! あいつは今頃、ぬくぬくと暮らしているのに……!)
カキンッ。
スコップが硬いものに当たった。 土を払うと、そこには禍々しい紋様が刻まれた、古びた壺が出てきた。
「なんだこれ? ……金目のものか?」
壺には、古代語でこう書かれていた。 『触れるな。開けるな。世を滅ぼす災厄、ここに眠る』
普通の人間なら、あるいはかつての勇者なら、決して触れないだろう。 だが、今のアルヴィンは「金」と「復讐心」に飢えた愚者だった。
「災厄? はっ、俺の人生よりマシだろ。……中に財宝が入ってるかもしれねぇ」
彼はためらいもなく、封印の蓋をこじ開けた。
ボシュゥゥゥゥゥッ!!
壺からどす黒い煙が噴き出し、空を覆った。 現場監督や他の作業員たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、煙は凝縮し、一つの巨大な影を形作った。 不定形の肉塊に、無数の目玉がついた異形の姿。
『……我を呼んだのは誰だ』
脳に直接響く、おぞましい声。 【邪神・グルグラ】。かつて世界を滅ぼしかけ、神々によって封印された最悪の存在だ。
アルヴィンは腰を抜かしたが、同時に狂気的な笑みを浮かべた。 (これだ……! 魔王軍もダメ、魔剣もダメだったが……神なら! 神ならあいつに勝てるはずだ!)
「お、俺だ! 俺がお前を解放してやったんだ!」 アルヴィンは叫んだ。
『ほう……人間か。礼を言おう。で、望みは何だ? 金か? 永遠の命か?』 「力だ! アレンという男を殺し、全てを奪い取るための力が欲しい!」
邪神の無数の目玉が、アルヴィンをじっと見つめ――そして、歪んだ笑みを浮かべた。
『良いだろう。その薄汚い欲望、気に入った。我と契約せよ。貴様の身体を器とすれば、世界など容易く踏み潰せる』
「やってやるよ! 身体でも魂でもくれてやる!」
ズブブブブ……。 黒い煙がアルヴィンの目や口から侵入し、彼と同化していく。
「グガァァァァッ!! 力が……力が溢れてくるぅぅッ!!」
アルヴィンの姿が変わる。 肌は灰色になり、背中からは触手が生え、瞳は赤く発光した。 勇者でも魔族でもない、「邪神の依代」の誕生だ。
「ハハハハハ! 見えるぞ! アレンの拠点が! ……待っていろ、今度こそ本物の『絶望』を教えてやる!」
邪神化したアルヴィンは、空へと舞い上がった。 その視線の先にあるのは、空に浮かぶアレンの島。
スローライフを脅かす最大の危機が、迫っていた。




