魔王と国王が同盟締結。アレン公国、ついに世界平和の中心になる
夜も更けたアレン公国のVIP専用ラウンジ。 最高級の革張りソファに腰を下ろし、片手にブランデー(アレン製)を揺らす二人の巨頭がいた。
人間界の支配者、国王レギス。 魔界の支配者、魔帝ヴォルゴス。
本来ならば、戦場で血を流し合い、互いの首を狙うべき宿敵同士だ。 しかし今、彼らは同じ銘柄の酒を飲み、同じ皿の「枝豆(塩ゆで)」をつまんでいる。 そして、二人の間には、一枚の羊皮紙が置かれていた。
「……ヴォルゴスよ。単刀直入に言おう」 「聞こうか、レギス」
空気が張り詰める。 給仕をしていたシャルロットが、ゴクリと唾を飲み込む。 歴史が動く瞬間だ。
レギス王は重々しく口を開いた。
「戦争など、馬鹿らしくないか?」
ヴォルゴスは目を閉じ、深く頷いた。
「……同感だ。正直、ここに来てからというもの、人間を滅ぼす気力が湧かん。こんな美味い酒と、極上の温泉がある世界を壊して何になる?」
「であろう? 余もだ。兵を動かせば金がかかる。その金をアレン殿の『カジノ』に使った方が、よほど有意義だと思わんか?」 「違いない。昨夜のスロットは楽しかった……」
二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。 利害は完全に一致した。 世界平和の理由は、「愛」でも「正義」でもなく、「温泉と娯楽を守るため」だった。
「では、調印といくか」
レギス王が羽ペンを取り、ヴォルゴスが爪でサインをする。
『アレン公国・極楽温泉条約』
1.人間界と魔界は、本日をもって無期限の停戦とする。
2.両国の国境は開放するが、軍隊の移動は禁止する。
3.ただし、「アレン公国への観光」を目的とする通行はこれを妨げない。
4.アレン公国は「永世中立・聖域」とし、ここでの揉め事は「出入り禁止」で処罰する。
歴史的な瞬間だった。 数百年続いた人と魔の争いが、一本のペンと一杯の温泉によって終結したのだ。
「かんぱーい!」
どこからともなく現れたアレンが、新しいビールジョッキを持ってきた。
「おめでとうございます、お二人とも。これで心置きなく遊べますね」 「うむ! アレン殿、これも全て貴殿のおかげだ!」 「我が魔界の技術者も派遣しよう。貴様の建築と合わせれば、もっと面白いことができるはずだ」
宴が始まった。 もはや人間も魔族もない。あるのは「アレン公国のファン」という共通点だけだ。
◇
バルコニーに出たアレンとシャルロットは、夜空に打ち上がる魔法花火を見上げていた。
「……信じられませんわ」 シャルロットが感慨深げに呟く。 「ただの追放者だった私たちが、まさか世界の平和を作ってしまうなんて」
彼女の横顔は、出会った頃の悲壮感など微塵もなく、希望に満ち溢れていた。
「俺はただ、快適な家を作りたかっただけなんだけどな」 アレンは肩をすくめた。 「でも、悪くない結果だろ?」
「はい。……最高ですわ」
シャルロットは少し頬を染め、そっとアレンの肩に頭を預けた。 甘い香りがアレンの鼻をくすぐる。
「アレンさん。私、今が一番幸せです。……あの日、貴方に拾われて本当によかった」 「俺の方こそ。シャルロットがいなきゃ、ただの引きこもり建築士で終わってたよ」
二人は見つめ合い、自然と距離が縮まる。 花火の光が、二人のシルエットを照らし出す。
「……これからも、ずっと傍にいてくれますか?」 「ああ。俺たちのスローライフは、まだ始まったばかりだろ?」
アレンが答えると、シャルロットは花が咲くような満面の笑みを浮かべた。
「はい! 旦那様!」
こうして。 「役立たず」と追放された建築士と、「可愛げがない」と捨てられた公爵令嬢は、世界で一番幸せで、世界で一番影響力のあるカップルとなった。
彼らの周りには、最強の鍛冶師、元暗殺者の猫娘、幼女ダンジョンマスター、そして改心した元聖女たちが集まっている。 さらにバックには国王と魔帝がついている。
もはや、彼らを脅かすものは何もな――
「くっ……くしゅんッ!」
遠くのゴミ捨て場で、残飯を漁っていた元勇者アルヴィンがくしゃみをした。 「覚えてろよ……! 第2章では、必ず逆転してやるからな……!」
彼の負け惜しみは、夜風にかき消された。




