一夜城ならぬ一夜豪邸。全自動の快適ログハウスに、公爵令嬢が涙する
「それじゃあ、少し離れててくれ。……『我が家』を建てるからな」
俺はシャルロットを安全な場所まで下がらせると、荒野の開けた土地に意識を集中した。 狙うのは、小高い丘の上。見晴らしが良く、地盤も安定している一等地だ。
脳内で設計図を一気に書き上げる。 これまでの冒険で作らされていた「雨風をしのぐだけの掘っ立て小屋」とはわけが違う。 今の俺の魔力と【超建築】スキルなら、妥協なしの理想郷が作れるはずだ。
「素材召喚……構造材、断熱材、配管、内装……よし」
俺は右手を天にかざし、スキル名を唱えた。
「【超建築:特級ログハウス『安らぎの離宮』】!」
ゴゴゴゴゴ……!
地響きと共に、空間が歪む。 無機質な荒野の景色が、まるで絵画を塗り替えるように書き換わっていく。
まず強固な石の土台が出現し、その上に太く逞しい丸太が組み上がっていく。屋根には赤いレンガ、窓には磨き抜かれたクリアガラス。 ものの十秒足らずで、そこには前世のペンションも裸足で逃げ出すような、温かみのある二階建てのログハウスが鎮座していた。
「な、な、な……っ!?」
後ろでシャルロットが腰を抜かす気配がした。 無理もない。何もない荒野に、王都の高級住宅街にあるような家が突然生えてきたのだから。
「よし、完成。……おーい、シャルロット。入ろうぜ」 「あ、貴方は……神様なのですか……?」 「ただの建築士だって言っただろ? さ、外は冷える」
俺は呆然とする彼女の手を引き、重厚な木製のドアを開けた。
ガチャリ。
その瞬間、ふわっとした温かい空気が二人を包み込んだ。
「あっ……温かい……」 「空調完備だからな。この家の中は、常に人間が一番快適に感じる温度と湿度に保たれるようになってる」
玄関ホールには、魔石を埋め込んだダウンライトが柔らかな光を投げかけている。 床は無垢材のフローリング。靴を脱いで上がると、足裏に木の優しさが伝わってくる。
シャルロットはおっかなびっくり、泥だらけの靴を脱ぎ、恐る恐る中へ入った。
「空気が……違いますわ。外の魔境の瘴気が、ここには一切ありません」 「ああ、壁には『聖域結界』を埋め込んであるからな。中に入っただけで、微弱な状態異常――疲労やストレスも含めて――が浄化される仕組みだ」
俺がそう説明すると、シャルロットはハッとしたように自分の身体を見下ろした。 逃亡生活でボロボロだったはずの彼女の顔色が、見る見るうちに良くなっていく。
「信じられません……。王宮の『癒やしの間』でも、こんなに即効性はありませんでしたわ」 「へえ、王宮より上か。それは自信になるな」
俺はリビングを通り抜け、奥の扉を開けた。 そこは、俺が一番こだわった場所だ。
「シャルロット、まずは汗と泥を流しておいで」 「えっ?」
彼女が見たのは、広々とした脱衣所と、その奥に見えるガラス張りの浴室だった。 蛇口からは湯気が立っている。
「お、お湯!? 水を沸かす魔道具は高級品ですのよ!? しかも、こんな大量に……」 「地下水を汲み上げて、魔力循環で常に適温が出るようにした『無限給湯システム』だ。シャンプーも石鹸も備え付けてあるから、自由に使っていいぞ」 「そ、そんな貴重なものを……」 「いいから。女の子がそんな汚れたままじゃ落ち着かないだろ?」
俺が笑って背中を押すと、シャルロットは震える声で「ありがとう、ございます……」と呟き、脱衣所へと消えていった。
しばらくして、シャワーの音と共に、微かに鼻歌のような、あるいは嗚咽のような声が聞こえてきた。
俺はその間に、キッチンの『自動調理コンロ』で簡単なスープとサンドイッチを用意した。 俺の【建築】スキルは、家とセットなら家具や調理器具も生み出せる。食材も少しなら備蓄庫から出せるのだ。
数十分後。
「お、お待たせいたしました……」
浴室から出てきたシャルロットを見て、俺は思わず息を呑んだ。 泥汚れが落ち、金色の髪はサラサラに輝き、肌は湯上がりでほんのり桜色に染まっている。 俺が用意しておいた大きめのシャツ(俺の予備だ)をワンピースのように着ている姿は、破壊力が凄まじかった。
「どうだ、さっぱりしたか?」 「はい……。夢のようでした。あんなに温かいお湯に浸かれるなんて……」
彼女はリビングのふかふかなソファに座ると、差し出されたスープを一口飲み――そして、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
「おいおい、熱かったか?」 「いいえ……違います、美味しくて……温かくて……」
シャルロットはスープ皿を抱きしめるようにして、顔を覆った。
「王城では……毎日毎日、王太子殿下の顔色を窺って、書類仕事に追われて……。食事だって冷え切ったものばかりでした……。婚約破棄された時も、誰一人として庇ってくれなくて……」
張り詰めていた糸が切れたのだろう。 公爵令嬢としての仮面が剥がれ、ただの少女としての弱さが溢れ出していた。
「私、ずっと辛かった……。でも、まさか追放された先で、こんなに優しくしてもらえるなんて……」
俺は黙って、彼女の隣に座り、震える背中をポンと叩いた。
「ここは俺の家だ。王太子も勇者も関係ない。お前はもう、誰にも気を使わなくていいんだよ」 「アレン様……」 「様はいらない。アレンでいい」 「……はい、アレンさん」
シャルロットは涙で潤んだ瞳で俺を見上げ、そして花が咲くように微笑んだ。
「このご恩は、一生かけてお返しします。……私、お掃除でもお洗濯でも何でもしますから、どうかここに置いてください」
その笑顔を見た瞬間、俺は確信した。 ああ、追放されてよかった、と。
(一方その頃。俺を追放した勇者一行は、冷たい風が吹きすさぶ岩陰で、「テントの設営にてこずって風邪を引き始めた」とも知らずに)
俺は温かいコーヒーを飲みながら、このログハウスでの新しい生活に思いを馳せた。




