闇堕ち勇者の逆襲。魔剣の力 VS 全自動防衛システム(レベル99)
数日後。 アレン公国の国境付近(と言っても、アレンの家の敷地境界線)に、不穏な黒雲が立ち込めていた。
「見ろ、ゼギオン。あれが憎きアレンの城だ」
漆黒の鎧に身を包み、目元を仮面で隠した(隠せていない)男――闇の勇者アルヴィンが、崖の上から指差した。 その背後には、ゼギオン率いる魔物軍団、およそ五百匹が控えている。オーク、ゴブリン、ガーゴイル……いずれも凶暴な魔物たちだ。
「ほう……。辺境にしてはずいぶんと立派な建物だな」 「ああ。だが、あの中身は空っぽだ。俺が魔剣の一撃で粉砕してやる!」
アルヴィンは魔剣ダーインスレイヴを掲げた。 その身体からは、以前とは比べ物にならない瘴気が溢れている。魔剣の呪いにより、彼のステータスは全盛期の三倍以上に膨れ上がっていた。
「行くぞ! アレンを殺し、女どもを侍らせ、あの温泉と食料を全て俺のものにするのだ!」 「「「ウオオオオオッ!!」」」
魔物たちの咆哮が響き渡る。 アルヴィンは先頭を切って駆け出した。
(見ていろアレン! 今の俺は最強だ! お前の作った壁など、紙切れのように切り裂いてやる!)
◇
「――警告。敵性集団の接近を確認。数、約500。危険度判定:B(一部Sランク反応あり)」
リビングでお茶を飲んでいたアレンたちの元に、無機質なアラート音が鳴り響いた。
「あら、またお客様? 最近多いですわね」 「んー、どれどれ」
アレンがモニターを確認すると、そこには中二病全開の鎧を着たアルヴィンが、魔物を引き連れて突っ込んでくる姿が映っていた。
「ぶっ! ……アルヴィンじゃん。なんだあの格好」 「まあ……見ていられませんわ。三十路手前であの衣装は痛いです」
シャルロットが憐れむような目を向ける。 だが、数は多い。普通の村なら壊滅する規模だ。
「アレン、どうする? ワシらが迎撃に出るか?」 エルザがハンマーを構える。ミアも爪を研いでいる。 だが、アレンは首を横に振った。
「いや、せっかくだから『あれ』のテストをしよう」 「あれ?」 「昨日完成した、新しい防衛システムだ」
アレンは手元のリモコン(魔石製)をポチッと押した。
◇
「死ねぇぇぇぇッ!!」
アルヴィンは正門に向かって魔剣を振り下ろした。 必殺の闇属性斬撃が飛ぶ――はずだった。
『――侵入者を検知。防衛モード・レベル1起動』
ズガガガガガッ!!
突然、地面から無数の「何か」が生えてきた。 それは、ミスリル製の筒――『自動追尾型水弾タレット(高圧洗浄機カスタム)』だった。
「な、なんだ!?」
バシュゥゥゥゥッ!!
タレットから発射されたのは、弾丸ではなく「超高圧の水流」だった。 アレンが「温泉の掃除用」兼「迎撃用」に開発したもので、鉄板すら貫く水圧を誇る。
「ぐわぁぁぁッ!?」 「ギャァァァッ!?」
先頭を走っていたオークたちが、水圧で空の彼方へ吹き飛ばされる。 アルヴィンは魔剣で水を斬ろうとしたが、水は斬れない。
「つ、冷たっ!? なんだこの威力は!?」 「怯むな! たかが水だ! 突撃ぃぃ!」
アルヴィンは濡れ鼠になりながらも前進した。 だが、次のラインを超えた瞬間、第二のトラップが発動した。
『――レベル2起動。強制入浴エリア展開』
ボシュッ!! 地面が落とし穴のように開き、魔物たちが次々と落下した。 落ちた先は――煮えたぎる熱湯(激熱風呂)ではなく、ヌルヌルとしたローション(スライム溶液)のプールだった。
「ぬ、ぬるぬるするぅぅ!?」 「足が滑るッ! 立てないッ!」
「クソッ、ふざけた真似を! 俺は飛ぶぞ!」
アルヴィンは魔剣の力で跳躍した。 空からなら関係ない。本丸である屋敷へダイブする!
「もらったぁぁぁッ!」
『――レベル3起動。対空迎撃システム【ハエ叩き・改】』
屋敷の屋根が開き、巨大な「手」のようなマジックハンドが出現した。 それは空中のアルヴィンを正確に捕捉し――。
ぺちーん!!
「ぶべらっ!?」
巨大なハエ叩き(ピコピコハンマー仕様)が、アルヴィンを真上から叩き落とした。 彼は地面のローションプールに頭から突っ込み、美しい犬神家の一族ポーズを決めた。
「…………」
戦場に静寂が訪れた。 後ろで見ていた魔王軍四天王ゼギオンは、額に手を当てた。
「……撤退だ。あんなふざけた要塞、まともに相手をするな」 「ま、待てゼギオン! 俺はまだやれる!」
ローションまみれのアルヴィンが這い上がってくるが、その姿に威厳はない。 魔物たちはドン引きして、さっさと魔界の方角へ逃げ帰り始めていた。
「おのれ……おのれアレン……! 覚えてろよぉぉぉッ!」
捨て台詞を残し、アルヴィンもまたヌルヌルと滑りながら撤退していった。
◇
「ふぅ。テスト完了だな」 「アレンさん、最後のピコピコハンマー、音が可愛かったですわ」 「だろ? 殺伐としないように工夫したんだ」
アレンたちはモニターを見ながら笑い合った。 だが、この戦い(?)を見ていた者がもう一人いた。
逃げ帰る魔王軍を遠くから監視していた、帝国の密偵ではない。 もっと近く。 アレンの家の「離れ」で、黙々とトイレ掃除をしていた元聖女リナと、元魔法使いエリスだ。
「……見た? リナ」 「ええ、見たわエリス」
彼女たちは、かつてのリーダーがローションまみれで叩き落とされる様を目撃し、心の底から思った。
「「こっち(奴隷)に残って本当によかった……」」
彼女たちの忠誠心が、また一つ上がった瞬間だった。
◇
「……ほう? 人間どもが、我らより良い風呂に入っているだと?」




