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聖女と魔法使い、勇者を売って奴隷志願!? 「メイドでいいから置いてください!」

重厚な鉄扉が閉ざされてから、数時間が経過した。 荒野には夜のとばりが下り、刺すような冷気が勇者パーティを襲っていた。


「くそっ……寒い、腹減った……」


勇者アルヴィンは、門の脇の岩陰で膝を抱えて震えていた。 火を起こそうにも薪がなく、魔法使いのエリスは「MP切れで火種も出せない」と言う。聖女のリナは、泥だらけの地面に座り込み、うつろな目で城壁の向こうの明かりを見つめている。


「おい、お前ら。交代で見張りしろよ。俺は少し寝るからな」


アルヴィンは、自分だけ少しマシな岩のくぼみを陣取り、マントを頭から被った。 リーダーとしての責務も、仲間への配慮も、極限状態で完全に消え失せていた。


その様子を、リナとエリスは冷ややかな目で見下ろしていた。


「……ねえ、リナ。聞いた?」 「ええ、エリス。聞こえたわ」


壁の向こうから、楽しそうな宴の声が漏れ聞こえてくる。 「肉が焼けたぞー!」「ビール冷えてるわよー!」という、天国からの福音こえが。


二人は顔を見合わせた。そして、無言で頷き合った。 彼女たちの目から、勇者への忠誠心が完全に消滅した瞬間だった。



「……ピンポーン」


ログハウスのリビングで、呼び出し音が鳴った。 宴会の最中だったアレンは、ジョッキを置いてモニターを確認した。


「ん? またか。しつこいな……」


モニターに映っていたのは、聖女リナと魔法使いエリスの二人だけだった。勇者の姿はない。 彼女たちはカメラに向かって、地面に額を擦り付けるように土下座していた。


『アレン様! シャルロット様! お願いします、話を聞いてください!』 『私たち、心を入れ替えました! もう勇者パーティなんて辞めます! だから……っ!』


アレンはため息をついた。 正直、関わりたくはない。だが、シャルロットが意外な反応を示した。


「……アレンさん。少しだけ、話を聞いてみませんか?」 「え? いいのか?」 「ええ。ちょうど『下働き』の手が足りないと思っていましたの」


シャルロットは、冷徹な女主人ミストレスの顔をしていた。



通用口の小さな扉が開き、リナとエリスが招き入れられた。 ただし、玄関ではなく、勝手口の土間だ。 二人は温かい室内の空気に触れただけで、涙を流して崩れ落ちた。


「あたたかい……」 「生き返る……」


そんな二人の前に、腕を組んだアレンと、冷ややかな視線のシャルロットが立つ。 後ろでは、ミアが短剣を弄びながら威嚇していた。


「で? 勇者を捨てて来たって?」 「は、はい! あんな役立たず、もううんざりです!」


リナが必死に叫ぶ。


「プライドばかり高くて、野営の準備もできないし、戦闘になればすぐ逃げるし……! アレンさんがいた頃は、全部アレンさんに押し付けてただけだって、やっと気づいたんです!」


「私もです! あいつのせいで、私の肌はボロボロ……! もう限界です! アレン様、どうか私たちを雇ってください!」


エリスも続く。


「私たち、なんでもします! 聖女の回復魔法も、攻撃魔法も、きっとお役に立ちます! だから、あのフカフカのベッドとご飯を……!」


アレンは困ったように頭をかいた。


「うーん、でもなぁ。回復なら温泉があるし、攻撃ならミアとエルザがいるし……」 「そ、そんな……」 「それに、一度裏切った奴を信用して家に置くのは、セキュリティ的にどうなんだ?」


アレンの正論に、二人は絶望の表情を浮かべる。 だが、そこでシャルロットが一歩前に出た。


「アレンさん。彼女たち、魔法や聖女の力は『そこそこ』ですが、体力と根性だけはあるようですわ」 「……そうなのか?」 「ええ。あのアルヴィンに今まで付いてこれたのですから、耐性(ストレス耐性)は一級品です」


シャルロットは扇子で口元を隠し、ニッコリと笑った。


「そこで提案ですわ。彼女たちを『奴隷契約』……いえ、『終身住み込み見習い』として雇うのはいかが?」 「見習い?」


「ええ。お客様に接する表の業務は無理ですが……例えば、ダンジョンのトイレ掃除や、畑の肥料運び、スケルトンさんたちの骨磨きなど、人手が欲しい雑用は山ほどあります」


リナとエリスの顔が引きつる。 聖女と魔法使いというエリート職が、トイレ掃除に肥料運び。プライドが許すはずが――。


グゥゥゥゥ……。 二人の腹が、爆音を鳴らした。 そして、キッチンから漂ってくるビーフシチューの香りが、彼女たちの理性を粉砕した。


「や、やります!!」 「トイレでもドブさらいでも何でもします! だからご飯をください!!」


二人はプライドをかなぐり捨て、床に頭を打ち付けた。 シャルロットは満足げに頷いた。


「よろしい。では、契約成立です。――ミア、彼女たちを『従業員寮(元・ゴブリンの巣穴をリフォームした部屋)』へ案内しなさい。あ、まかないの残飯くらいは出してあげてね」 「りょーかい。ついてきな。新入り」


「あ、ありがとうございますぅぅぅ……!」


リナとエリスは、残飯(と言っても最高級肉の切れ端が入ったシチュー)にありつける喜びに泣きながら、ミアに連行されていった。



翌朝。


「……ん、あぁ? よく寝た……」


勇者アルヴィンは、寒さで目を覚ました。 朝日が眩しい。 彼は伸びをして、周囲を見回した。


「おい、リナ、エリス。朝飯はどうすん……だ……?」


誰もいない。 岩陰にも、どこにも。 荷物も消えている。


「え? おい、嘘だろ?」


砂の上に、書き置きが残されていた。


『勇者様へ。  私たちは新しい就職先(アレン様の家のトイレ掃除係)が見つかりましたので、パーティを脱退します。  探さないでください。あと、貴方の剣は質屋に売るために持ち出しました。  さようなら。元気で野垂れ死んでください』


「な、ななな……」


アルヴィンは紙を握りしめ、震えた。 仲間も、装備も、金も、全てを失った。 残ったのは、ボロボロの服と、無駄に高いプライドだけ。


「ふ、ふざけるなァァァァッ!! アレンんんんッ!! 俺の仲間を返せェェェェッ!!」


勇者の絶叫が、虚しく荒野に響き渡る。 だが、その声に答える者はもう誰もいなかった。


その頃、アレンの家の裏庭では、体操服のような質素な服を着せられた元聖女と元魔法使いが、スケルトン監督の指導の下、必死に肥料を運んでいた。


「重いぃぃ!」 「臭いぃぃ! でも……今夜はお風呂に入れるから頑張るのよ!」


彼女たちのスローライフ(重労働)もまた、ここから始まるのである。

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