勇者、アレンの村に亡命を希望するも、門前払いされる
「ぜぇ……はぁ……。ここか、アレンの拠点は」
勇者アルヴィンは、荒野の丘の上に立ち、眼下に広がる光景に言葉を失っていた。
そこにあったのは、かつてアレンを置き去りにした何もない荒野ではなかった。 高くそびえる堅牢な石壁。その向こうに見える巨大な屋敷(ログハウス改)と、立ち上る湯煙。 風に乗って漂ってくるのは、焼きたてのパンと、極上の肉を焼く匂いだ。
「な、なんだあの城塞都市は……!? これ全部、アレンが作ったのか!?」 「いい匂い……。私、もう三日も木の実しか食べてない……」
魔法使いのエリスが、虚ろな目でよだれを垂らす。 聖女のリナも、ボロボロの法衣を引きずりながら、涙目でその楽園を見つめていた。
「アルヴィン、もう謝りましょう? アレンにお願いして、中に入れてもらいましょうよぉ……」 「う、うるさい! 俺は勇者だぞ! 謝るのはあっちだ!」
アルヴィンは強がったが、その腹はグゥと情けない音を立てた。 彼らは限界だった。装備は壊れ、金も尽き、プライドだけが辛うじて彼らを立たせていた。
「行くぞ。……あいつのことだ、俺たちが顔を見せれば、泣いて喜んで出迎えるはずだ」
アルヴィンは根拠のない自信を胸に、立派な正門へと歩み寄った。
◇
「頼もぅ! 勇者アルヴィンである! アレンを出せ!」
正門の前でアルヴィンが叫ぶ。 すると、重厚な鉄扉の一部が開き、中からアレンが顔を出した。 清潔な服を着て、肌艶も良く、手には食べかけのサンドイッチを持っている。
「ん? 誰かと思えば、アルヴィンか。生きてたんだな」
アレンの反応は、拍子抜けするほど軽かった。 感動の再会も、恨み言もない。まるで、たまに来る野良犬を見るような目だった。
「なっ……なんだその態度は! かつての仲間に対して!」 「仲間? 俺をクビにしたのはお前らだろ。……で、何の用だ? ウチは今、会員制なんだが」
アレンがサンドイッチを齧る。カリッ、サクッという音が響き、勇者パーティの喉がゴクリと鳴った。
「よ、用件だと? ……ふん、特別にチャンスをやろうと思ってな」
アルヴィンは震える声で、必死に虚勢を張った。
「俺たちは今、人手不足でな。お前がどうしてもと言うなら、パーティに戻してやってもいいぞ。……その代わり、この拠点を俺たちの『前線基地』として提供し、備蓄食料を全て献上す――」
「お断りします」
アレンは食い気味に即答した。 そして、後ろを振り返って声をかけた。
「おーい、シャルロット。門の前に変なのが来てるから、塩まいといてくれ」 「はい、ただいま」
奥からエプロン姿のシャルロットが現れた。 その美しさと、満ち足りた幸福オーラに、アルヴィンたちは息を呑んだ。 かつて「地味な公爵令嬢」と噂されていた彼女が、今は女神のように輝いている。
「あ、貴様は……追放されたベルンシュタイン家の……!?」 「あら、勇者様ではありませんか。……ずいぶんと『みすぼらしい』お姿ですこと」
シャルロットは優雅に微笑んだが、その目は笑っていなかった。 彼女は手に持っていた「清めの塩(聖属性付与)」を、パラパラとアルヴィンたちの足元に撒いた。
「きゃっ!? な、何よこれ!?」 「不浄なものを払っておりますの。シッシッ」
「ふ、ふざけるな! アレン、いいのか!? 俺たちがいなくて寂しくないのか!?」
アルヴィンが叫ぶと、アレンの後ろから次々と「家族」が顔を出した。
「んー? アレン、また客か? 今夜の宴会の準備、手伝ってくれよー」 (ドワーフのエルザが、ジョッキ片手に顔を出す)
「ご主人様ー! 背中流してー!」 (猫耳のミアが、バスタオル一枚で飛びついてくる)
「マスター! プリンのおかわりはないかえ!?」 (銀髪幼女のココアが、アレンの足にしがみつく)
アレンはミアを抱き留め、ココアの頭を撫でながら、アルヴィンたちに向き直った。
「見ての通り、俺は今の生活で手一杯なんだ。……お前らの席なんて、どこにもないよ」
その言葉は、どんな罵倒よりも重く、勇者たちの心に突き刺さった。 彼らは気づいてしまったのだ。 自分たちがアレンを捨てたのではない。アレンが、自分たちという「重荷」から解放されて、本当の幸せを手に入れたのだということに。
「そ、そんな……」
聖女のリナが、その場に崩れ落ちた。 魔法使いのエリスが、懇願するように柵にしがみついた。
「お、お願いアレン! 私だけでも入れて! お風呂に入りたいの! 美味しいご飯が食べたいの!」 「私もです! 聖女の力なら、きっと役に立ちます! だから……!」
女性陣のプライドは崩壊していた。 だが、アレンは静かに首を横に振った。
「悪いな。ウチの従業員や、管理人の方が優秀なんだ。……それに、お前らが俺を追放した時、笑ってた顔を俺は忘れてないぞ」
アレンは冷徹に言い放ち、門のレバーに手をかけた。
「二度と来るな。……閉門」
ズズズズズ……。 重い扉が、絶望的な音を立てて閉まっていく。
「ま、待て! 待ってくれアレン! 俺が悪かった! 謝るから! ……肉! せめてそのサンドイッチをくれぇぇぇぇッ!!」
勇者の絶叫は、無情にも閉ざされた扉に遮断された。
◇
「……行っちゃいましたわね」
門の内側。シャルロットが少しだけ寂しそうな、しかしスッキリとした顔で呟いた。
「ああ。これで本当に縁が切れたな」
アレンは大きく伸びをした。 胸のつかえが取れたような気がした。
「さあ、みんな。今夜はレギス陛下も交えて、新メニューの試食会だ。肉を焼くぞー!」 「「「おーっ!!」」」
こうして、勇者パーティは完全に拒絶され、アレンたちの楽園は守られた。 だが、門の外に取り残された聖女と魔法使いが、このまま大人しく引き下がるとは思えなかった。彼女たちの目には、勇者を見限る「裏切り」の色が宿り始めていた。




