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勇者、アレンの村に亡命を希望するも、門前払いされる

「ぜぇ……はぁ……。ここか、アレンの拠点は」


勇者アルヴィンは、荒野の丘の上に立ち、眼下に広がる光景に言葉を失っていた。


そこにあったのは、かつてアレンを置き去りにした何もない荒野ではなかった。 高くそびえる堅牢な石壁。その向こうに見える巨大な屋敷(ログハウス改)と、立ち上る湯煙。 風に乗って漂ってくるのは、焼きたてのパンと、極上の肉を焼く匂いだ。


「な、なんだあの城塞都市は……!? これ全部、アレンが作ったのか!?」 「いい匂い……。私、もう三日も木の実しか食べてない……」


魔法使いのエリスが、虚ろな目でよだれを垂らす。 聖女のリナも、ボロボロの法衣を引きずりながら、涙目でその楽園を見つめていた。


「アルヴィン、もう謝りましょう? アレンにお願いして、中に入れてもらいましょうよぉ……」 「う、うるさい! 俺は勇者だぞ! 謝るのはあっちだ!」


アルヴィンは強がったが、その腹はグゥと情けない音を立てた。 彼らは限界だった。装備は壊れ、金も尽き、プライドだけが辛うじて彼らを立たせていた。


「行くぞ。……あいつのことだ、俺たちが顔を見せれば、泣いて喜んで出迎えるはずだ」


アルヴィンは根拠のない自信を胸に、立派な正門へと歩み寄った。



「頼もぅ! 勇者アルヴィンである! アレンを出せ!」


正門の前でアルヴィンが叫ぶ。 すると、重厚な鉄扉の一部が開き、中からアレンが顔を出した。 清潔な服を着て、肌艶も良く、手には食べかけのサンドイッチを持っている。


「ん? 誰かと思えば、アルヴィンか。生きてたんだな」


アレンの反応は、拍子抜けするほど軽かった。 感動の再会も、恨み言もない。まるで、たまに来る野良犬を見るような目だった。


「なっ……なんだその態度は! かつての仲間に対して!」 「仲間? 俺をクビにしたのはお前らだろ。……で、何の用だ? ウチは今、会員制なんだが」


アレンがサンドイッチを齧る。カリッ、サクッという音が響き、勇者パーティの喉がゴクリと鳴った。


「よ、用件だと? ……ふん、特別にチャンスをやろうと思ってな」


アルヴィンは震える声で、必死に虚勢を張った。


「俺たちは今、人手不足でな。お前がどうしてもと言うなら、パーティに戻してやってもいいぞ。……その代わり、この拠点を俺たちの『前線基地』として提供し、備蓄食料を全て献上す――」


「お断りします」


アレンは食い気味に即答した。 そして、後ろを振り返って声をかけた。


「おーい、シャルロット。門の前に変なのが来てるから、塩まいといてくれ」 「はい、ただいま」


奥からエプロン姿のシャルロットが現れた。 その美しさと、満ち足りた幸福オーラに、アルヴィンたちは息を呑んだ。 かつて「地味な公爵令嬢」と噂されていた彼女が、今は女神のように輝いている。


「あ、貴様は……追放されたベルンシュタイン家の……!?」 「あら、勇者様ではありませんか。……ずいぶんと『みすぼらしい』お姿ですこと」


シャルロットは優雅に微笑んだが、その目は笑っていなかった。 彼女は手に持っていた「清めの塩(聖属性付与)」を、パラパラとアルヴィンたちの足元に撒いた。


「きゃっ!? な、何よこれ!?」 「不浄なものを払っておりますの。シッシッ」


「ふ、ふざけるな! アレン、いいのか!? 俺たちがいなくて寂しくないのか!?」


アルヴィンが叫ぶと、アレンの後ろから次々と「家族」が顔を出した。


「んー? アレン、また客か? 今夜の宴会の準備、手伝ってくれよー」 (ドワーフのエルザが、ジョッキ片手に顔を出す)


「ご主人様ー! 背中流してー!」 (猫耳のミアが、バスタオル一枚で飛びついてくる)


「マスター! プリンのおかわりはないかえ!?」 (銀髪幼女のココアが、アレンの足にしがみつく)


アレンはミアを抱き留め、ココアの頭を撫でながら、アルヴィンたちに向き直った。


「見ての通り、俺は今の生活で手一杯なんだ。……お前らの席なんて、どこにもないよ」


その言葉は、どんな罵倒よりも重く、勇者たちの心に突き刺さった。 彼らは気づいてしまったのだ。 自分たちがアレンを捨てたのではない。アレンが、自分たちという「重荷」から解放されて、本当の幸せを手に入れたのだということに。


「そ、そんな……」


聖女のリナが、その場に崩れ落ちた。 魔法使いのエリスが、懇願するように柵にしがみついた。


「お、お願いアレン! 私だけでも入れて! お風呂に入りたいの! 美味しいご飯が食べたいの!」 「私もです! 聖女の力なら、きっと役に立ちます! だから……!」


女性陣のプライドは崩壊していた。 だが、アレンは静かに首を横に振った。


「悪いな。ウチの従業員スケルトンや、管理人シャルロットの方が優秀なんだ。……それに、お前らが俺を追放した時、笑ってた顔を俺は忘れてないぞ」


アレンは冷徹に言い放ち、門のレバーに手をかけた。


「二度と来るな。……閉門クローズ


ズズズズズ……。 重い扉が、絶望的な音を立てて閉まっていく。


「ま、待て! 待ってくれアレン! 俺が悪かった! 謝るから! ……肉! せめてそのサンドイッチをくれぇぇぇぇッ!!」


勇者の絶叫は、無情にも閉ざされた扉に遮断された。



「……行っちゃいましたわね」


門の内側。シャルロットが少しだけ寂しそうな、しかしスッキリとした顔で呟いた。


「ああ。これで本当に縁が切れたな」


アレンは大きく伸びをした。 胸のつかえが取れたような気がした。


「さあ、みんな。今夜はレギス陛下も交えて、新メニューの試食会だ。肉を焼くぞー!」 「「「おーっ!!」」」


こうして、勇者パーティは完全に拒絶され、アレンたちの楽園は守られた。 だが、門の外に取り残された聖女と魔法使いが、このまま大人しく引き下がるとは思えなかった。彼女たちの目には、勇者を見限る「裏切り」の色が宿り始めていた。

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