王子、アレンの村へ進軍する。が、王様の私兵(スケルトン)にボコボコにされる
「見えてきたぞ! あれが報告にあった『反逆者の拠点』か!」
王国の第一王子フレデリックは、白馬の上で声を張り上げた。 彼の背後には、近衛騎士団の中から無理やり引き抜いてきた精鋭三十名が続いている。
王都での彼の立場は、限界を迎えていた。 父王は「視察に行く」と言って行方不明(実はアレンの温泉にいる)。母である王妃は「野菜を持ってこい」とヒステリーを起こし、国政は滞り、貴族たちからの突き上げは激化している。
そんな中、彼のもとに飛び込んできたのは「辺境の荒野に、シャルロットがアレンという男と違法な拠点を築き、物資を独占している」という情報だった。
「おのれシャルロットめ。余を困らせるために、わざと野菜の供給を止めたな? これは王家への反逆だ!」
フレデリックの思考は、都合よく歪曲されていた。 彼は武力でその拠点を制圧し、シャルロットを連れ戻して再び馬車馬のように働かせ、ついでにその拠点の資産を没収して自分の手柄にするつもりだった。
「突撃せよ! 逆賊どもを捕らえ、資材を全て接収するのだ!」
騎士たちが剣を抜き、鬨の声を上げる。 彼らが目指す先には、荒野に似つかわしくない立派な正門と、風にたなびく『極楽の湯』の暖簾が見えていた。
◇
「……アレンさん。来ましたわ、元婚約者が」
ログハウスのバルコニーで、シャルロットが冷ややかな目をして遠くを見つめていた。 アレンは望遠鏡(自作)を覗き込み、苦笑する。
「三十人か。大層な行列だな。……よりによって、今日来るとは」 「迎撃しますか? 私の『殲滅トラップ』を作動させれば、一瞬でミンチにできますけど」
元暗殺者のミアが、物騒なスイッチに手をかけている。
「いや、殺しちゃまずい。一応、王子だしな。……それに今日は『あの方』が来てるから、騒ぎは最小限にしたい」
アレンは視線を下の広場――温泉の入り口付近に向けた。 そこでは、従業員であるスケルトンたちが、いつも通りデッキブラシを持って掃除をしていた。
「よし、スケルトン部隊(クリーン班)に迎撃指示。『お客様への迷惑行為として排除せよ』。ただし、殺さず半殺し程度で」
◇
「な、なんだあの化け物どもは!?」
村の入り口に殺到したフレデリックたちは、足を止めた。 彼らの前には、法被を着て、手ぬぐいを頭に乗せた骸骨の集団が立ち塞がっていたからだ。
「スケルトン……? 低級アンデッドか。舐められたものだな!」
フレデリックは鼻で笑った。 スケルトンなど、新米冒険者でも倒せる雑魚だ。近衛騎士にかかれば一太刀だろう。
「蹴散らせ! 道を開けろ!」
騎士の一人が、先頭のスケルトンに向かって剣を振り下ろす。 ――ガギィンッ!!
「なっ……!?」
甲高い金属音が響き、騎士の剣が折れた。 スケルトンは無傷。それどころか、手に持っていた「ヒノキの風呂桶」で剣を受け止めていたのだ。
「カカッ(お客様、武器の持ち込みは禁止デス)」
スケルトンは目にも止まらぬ速さで風呂桶を振るった。 ポコーン!! 小気味良い音がして、フルプレートの騎士が紙屑のように吹き飛んだ。
「は……? 騎士が、桶で……?」
フレデリックは目を疑った。 無理もない。このスケルトンたちは、アレンのバフでステータスが強化されている上に、エルザが「暇つぶしに強化しておいたぞい」と言って、ミスリルコーティングされた風呂桶(攻撃力S)を持たされていたのだ。
「カカッカ!(清掃の邪魔デス!)」 「カカッ!(お帰りはアチラ!)」
「ぐわぁぁぁっ!?」 「デッキブラシが……剣より重い……ッ!?」
精鋭のはずの近衛騎士団が、掃除用具を持った骸骨たちに次々と薙ぎ倒されていく。 それは戦争ですらなかった。ただの「強制退店」だった。
「ば、馬鹿な……! ええい、どけッ! 余は王太子だぞ!」
フレデリックは錯乱し、自ら剣を抜いて突っ込んだ。 だが、彼の剣がスケルトンに届く前に――。
「――騒々しいな。せっかくの湯上がりが台無しではないか」
威厳ある声が、戦場に響き渡った。
暖簾をくぐり、一人の男が現れた。 肌艶の良い顔に、湯気の立つ頭。 身に纏っているのは、アレンが用意した「温泉浴衣(リラックス効果付き)」と、腰に手を当てて持っているのは「フルーツ牛乳」。
「ち、父上……!?」
フレデリックの手から剣が滑り落ちた。 そこにいたのは、行方不明になっていた国王レギスその人だったからだ。
「陛下!? な、なぜこのような蛮地に!?」 「『蛮地』だと? 言葉を慎め愚か者。ここは余の『聖域』であるぞ」
レギス王は牛乳を一気に飲み干し、氷のような視線を息子に向けた。
「フレデリックよ。余は全て見ておったぞ。……アレン殿たちの平穏を乱し、あまつさえ余の楽しみである風呂の時間に騒音を撒き散らすとは」 「い、いえ! 私は、シャルロットが違法に物資を……」
「黙れ」
王の一喝。空気が凍りつく。
「シャルロット嬢は、正当な商取引で利益を上げているだけだ。それを『違法』などと因縁をつけ、武力で奪おうとするなど……盗賊の所業ではないか!」
「し、しかし……! 彼女がいなければ、城の仕事が……」
「それが本音か。自らの無能を棚に上げ、追放した相手に縋りつき、拒否されれば暴力……。情けなくて涙も出んわ」
レギス王は深々とため息をつき、後ろに控えていた影に合図を送った。
「この愚か者と騎士たちを捕縛し、王都へ連れ帰れ。……処分が決まるまで、地下牢で頭を冷やさせておけ」 「そ、そんな……父上ぇぇぇぇッ!!」
フレデリックは抵抗する気力もなく、あっさりと自分の部下だったはずの騎士たちと共に縄を打たれた。 ドナドナと運ばれていく王子を見送りながら、バルコニーのアレンとシャルロットは顔を見合わせた。
「……あっけない幕切れだったな」 「ええ。……でも、少しだけスッキリしましたわ」
シャルロットは、かつて自分を捨てた男の惨めな背中を見て、小さく笑った。 そこにはもう、未練も憎しみも残っていないようだった。
「さて、騒ぎも収まったし……アレンさん、新しいお料理の試作をしませんか?」 「お、いいね。レギス陛下も誘って、宴会でもするか」
こうして、王子のクーデター(未遂)は、桶を持ったスケルトンと浴衣姿の王様によって、わずか十分で鎮圧されたのだった。
だが、アレンたちの平穏を脅かす「元・仲間」は、まだ残っていた。




