役立たずと追放された建築士、荒野で同じく捨てられた公爵令嬢を拾う
「――アレン、お前はクビだ。今日限りでパーティから出ていってくれ」
勇者アルヴィンにそう告げられた時のことを、俺は乾いた風が吹き荒れる荒野を歩きながら反芻していた。
理由は単純。「戦闘の役に立たないから」だそうだ。 俺のスキルは【建築】。 素材さえあれば、壁や小屋、橋などを瞬時に作り出すことができる。
野営のたびに頑丈な小屋を建て、雨風をしのぎ、魔物の侵入を防いできたつもりだったのだが……勇者たちには不満だったらしい。
「お前の建築は金がかかるんだよ。資材代も馬鹿にならん。テントで十分だろ」 「それに、戦ってる最中に壁を作るくらいじゃ決定打にならないしねぇ」
聖女や魔法使いにも同意され、俺は装備一式を剥ぎ取られた上で、魔境と呼ばれるこの「果ての荒野」に置き去りにされた。
「……ま、いっか」
俺は肩をすくめた。 実は、あいつらは知らないのだ。俺の【建築】スキルが、最近レベルアップして【超建築】に進化していたことを。 そして、俺が作った建物には、凄まじい「付与効果」が付くようになっていることを。
あいつら、野宿で疲れが取れるといいんだけどな。俺の「完全回復コテージ」なしで。
「さて、とりあえず今日の寝床を……ん?」
手頃な岩場を探そうとした時だった。 風の音に混じって、何か争うような、悲痛な叫び声が聞こえた。
「キャアアアッ! こ、来ないで……!」
女性の声だ。こんな魔物しかいない荒野に? 俺は声のする方へ走った。
小高い丘を越えた先、岩陰に追い詰められている少女の姿があった。 泥と埃にまみれているが、隠しきれないほど煌びやかなドレス。金色の髪はボサボサだが、月光を浴びて輝いている。 そして、彼女を取り囲んでいるのは、三匹の「荒野狼」だった。
「グルルルゥ……」 「ひっ……うぅ……」
少女は震えながら、小さな短剣を構えている。だが、足がすくんで動けていない。 このままじゃ食われる。
「――おい、そこのお嬢さん! 伏せろ!」 「えっ!?」
俺は走りながら、脳内で設計図を展開する。 イメージするのは、強固な遮断壁。
スキル発動。 【即時建築:石材の防壁】
ズズズズズンッ!!
地面から突如として、高さ三メートルほどの分厚い石壁がせり上がった。 それは少女と狼の間を完全に分断し、飛びかかろうとしていた狼の一匹を弾き飛ばす。
「キャッ!?」 「ギャンッ!?」
狼たちは突然現れた壁に驚き、警戒するように後ずさりした。 俺はその隙に、壁を回り込んで少女の隣に滑り込む。
「け、怪我はないか?」 「あ、貴方は……?」 「通りすがりの元冒険者だ。……ちっ、まだ諦めてないな」
狼たちは壁を迂回し、再びこちらへ向かってこようとしている。 俺はニヤリと笑った。 普通の冒険者なら剣を抜くところだが、俺にはこれがある。
「悪いが、ここはもう俺の『陣地』だ」
俺は地面に手を付く。 想像するのは、侵入者を許さない拒絶の檻。
【即時建築:鉄格子の捕獲檻】
ガシャンッ!!
狼たちが踏み込んだ地面の四方から、金属の格子が勢いよく飛び出し、天井部分でガッチリと組み合わさる。 一瞬にして、三匹の狼は頑丈な檻の中に閉じ込められてしまった。
「ギャンッ! クゥーン……」 「え……? 魔法……?」
少女がぽかんと口を開けている。 俺はパンパンと手の汚れを払って立ち上がった。
「魔法じゃないよ。【建築】だ。ま、檻を作っただけさ」 「建築……? 一瞬で……?」
腰を抜かしていた少女に手を差し伸べる。 近くで見ると、驚くほどの美少女だった。透き通るような白い肌に、少し吊り上がった気の強そうな青い瞳。 だが、そのドレスはあちこち破れ、見るも無惨な状態だ。
「助けていただき、感謝しますわ……。私は、シャルロット。……シャルロット・フォン・ベルンシュタイン、です」 「ベルンシュタイン? それって、公爵家の?」
俺は驚いた。国内でも有数の大貴族の令嬢が、なぜこんな場所に?
彼女――シャルロットは、自嘲気味に笑った。
「ええ。ですが、今はただの追放者ですわ。王太子殿下から婚約破棄を言い渡されまして。『可愛げがない』『地味でつまらない』と……。無実の罪を着せられ、着の身着のまま、この荒野に捨てられたのです」
なるほど。 俺と同じ、「要らないもの」として捨てられた口か。
彼女の瞳には、絶望と、それ以上の悔しさが滲んでいた。 俺は自分の境遇と重ね合わせ、不思議な親近感を覚えた。
「奇遇だな。俺も勇者パーティを追放されたばかりなんだ。『役立たずの建築士』だってさ」 「貴方が役立たず……? あんなすごい力を持っているのに?」
シャルロットは目を丸くして、先ほど出現した石壁と鉄格子を見た。 そして、俺の顔をじっと見つめる。
「見る目がないのですわね、その勇者という方は」 「はは、違いない。……そっちの王太子様もな」
俺たちは顔を見合わせ、ふっと笑い合った。 風が冷たい。夜が来る。 ここには何もない。家も、食料も、明かりもない。
だが、俺にはスキルがある。
「なあ、シャルロットお嬢様。行くあてはあるのか?」 「……いいえ。ここで野垂れ死ぬのを待つだけですわ」 「じゃあさ、俺と一緒に暮らさないか?」 「えっ……」
俺は荒野のど真ん中、何もない平地を指差した。
「俺たちが『要らないもの』扱いされたっていうなら、ここを俺たちの国にしちまえばいい。王都の城よりも、勇者のテントよりも、ずっと快適な場所を今から俺が作ってやる」
「……本気、ですか?」 「建築士は嘘をつかないよ。設計図はもう出来てる」
俺は不敵に笑い、スキルを発動させる体勢に入った。 これが、俺たちのスローライフの始まりだった。




