解決策を模索する
ジレットの頬の熱が引いた頃、クロードが寝ている間に起きたことを話してくれた。
「まず、見ての通りここは城だ。以前私が使わせてもらっていた一室を借りることになった」
「な、なるほど……ですが、あれ? ベッドルーム……が、二つ?」
「ああ。どうやら、急務で作ってくれたらしい」
「……え?」
「まああれだ。魔術だ。実際に部屋があるのは別の場所だが、ドアを作って空間をつなげている。魔術師の間では、転移扉と呼ばれている特殊な移動手段だな」
「そ、そうなのですか……」
何がなんだか分からないが、かなり高度な力が使われているのだろうなーということは分かった。
ジレットが頷くのを見ながら、クロードはさらに話を続ける。
「まぁ、部屋の構造に関しては気にしなくて良い。さして重要でもないからな。リビングとベッドルームが通じている、ということだけ覚えといてくれれば良い」
「はい」
「そして、起きて早々私の身を案じてくれるのは嬉しいが……私のほうが心配したのだぞ?」
「……へ? ど、どうしてでしょう……?」
ジレットが思わず首をかしげると、クロードはため息を漏らす。そして眉を釣り上げた。
「ジレット。君は二日も寝ていたんだ」
「……え? ……ええ!?」
(二日!? 私二日も寝ていたの!?)
衝撃のあまり、ジレットは固まってしまった。生まれてこの方、風邪を引いた以外で寝込んだことなどない。なのにどうして二日も寝込んだのだろうか。
(あまりの恐怖体験に、昏睡した、とか……?)
自分で考えてみたものの、なんだかしっくりこなかった。
すると、クロードがジレットの手を取り真剣な顔で聞いてくる。
「あまりにも起きないから魔術を強くかけすぎたのかと思ったが、それが原因ではないようだし……体のほうは大丈夫なのか?」
「え、あ、はい! お腹も空いてますし、むしろ健康体といいますか……」
「顔が赤いようだが」
「ふぇっ!? え、っと、これは……」
ジレットは、握られた手とクロードの顔を交互に見返しながら、慌てた。
(手を握られているから、恥ずかしいだけです……!)
ジレットを心配してのことなのだろうが、恥ずかしくてたまらない。しかもクロードの顔がとても近いのだ。こんなふうにスキンシップをされて、恥ずかしがらない者などいないだろう。
ジレットは全力で首を横に振った。
「大丈夫です! ちょっと体温が一時的に上がってるだけなのです!」
「……どうして?」
「そ、それ、はっ」
にっこりと、意地の悪い笑みを浮かべられ、ジレットはたじろぐ。クロードは、なんだか楽しそうだった。そんな顔にすらときめいてしまうジレットもジレットだが、やめて欲しい。
しかも、クロードはさらに意地悪な質問をしてくる。
「どうして体温が上がっているのか、言えないのか?」
「え、えっ……」
「答えなさい、ジレット。どうしてそんな真っ赤な顔をしているんだ?」
愉しそうな声でそう言われ、くらりと目眩がした。美形の色気というものがとんでもないくらい恐ろしいということを、ジレットはこのとき実感する。
(だれか、だれか助けてください……!!)
これ以上ぐいぐい来られたら、倒れる自信があった。それほどまでに、クロードの笑みは心臓に悪い。
――ジレットのそんな思いが通じたのか。がちゃりと、ドアが開く音がした。
入ってきたのは、メイドを数人率いたアシルだ。
「やっほー二人とも……って、なにこの空気」
「……チッ」
「クロード、舌打ちするのやめて。悪かったから。邪魔したの悪かったから」
そんなクロードとは裏腹に、ジレットはアシルに心の底から感謝したのだった。
それから、ジレットはメイドたちにドレスを着せてもらった。さすがにあのままの格好で話すのは、忍びなかったからだ。
髪型も整え、アイボリーにピンクのボーダーが入ったドレスを身にまとったジレットは、困惑しつつもメイドたちに問いかける。
「あの……私のメイド服はどちらに……?」
「洗って保管してありますが、それがどうかしましたか?」
「えっと、その……ドレスを着るのはこう、忍びなくて……できれば、元の服を着たいなと」
するとメイドたちは、あっけからんと言った。
「お城の中でメイド服を着られるのは、城のメイドのみです。ジレット様が城で着る服ではありません。それに、ジレット様はお客様にございます。まったくもって問題ないかと存じますが」
「で、ですけど……」
「お似合いですよ、ジレット様。さあさあ、行きましょう」
ぐいぐいとメイドたちに押し出されたジレットは、仕方なくリビングに行く。すると、ソファに座っていたクロードとアシルが褒めてくれた。
「ジレット、可愛いな」
「うんうん。すごく可愛いよ、ジレットちゃん。僕の目に狂いはなかった!」
「なんかムカつくから、後で殴って良いか?」
「理不尽だよね、それ!?」
手放しに褒められたジレットは、頬を赤らめながら俯く。
(は、恥ずかしい……)
着慣れないものを身にまとっているからだろうか。心が余計にそわそわする。
すると、クロードが近づいてきて、ジレットに手を差し伸べてきた。
「おいで、ジレット」
「あ……は、い」
手が繋がるのはやっぱり恥ずかしいが、格好のせいだろうか。自然とクロードの手を取ってしまった。
ジレットがクロードのとなりに座り、アシルはその向かい側の椅子に腰かける。アシルの背後には、メイドたちが控えていた。
そんな状態で、三人は今回の問題について話し合う。
「よし、本題だ。ジレットちゃんに無駄に絡もうとする吸血鬼たちの話しよっか」
「はい。私の意識がなくなった後、なんとかお城に逃げてきたところまでは聞きました」
「ああ、そうだ。途中で出会った吸血鬼たちを振り切って、なんとか逃げてきたのは良いのだが……奴ら、存外しつこくてな。書状で何度も「会わせろ」とか言ってきているらしい」
「……何がそんなにも気になるのでしょう?」
ジレットは思わず首をかしげてしまった。
(吸血鬼が人間に興味を示すって、そうそうないでしょうし……)
ジレットはこの通り、あまりぱっとしない。何かと失敗をするし、薬術も上手くならないし、初対面の人と話すのだって戸惑ってしまう。
にもかかわらず、吸血鬼たちはジレットに興味を持っているのだと言う。ジレットにはそれが、どうしても理解できなかった。
すると、アシルが苦笑する。
「うーん。何が気になるって、ジレットちゃんの存在すべてだと思うよ?」
「……えっ」
「これに関しては、クロードも大いに関係してると思うけどねー」
そう言うと、アシルはにっこり笑ってクロードを見る。するとクロードは、嫌な顔をした。
「なんだ」
「うん。クロード、この通り吸血鬼的には変人だし。その上今まで一人で過ごしてきたからなあ、みんな気になるんでしょ。そんなクロードがそばに置いてる上に、あんなふうに庇う人間の少女はどんな子なんだーって」
「……面倒臭い奴らだな」
クロードは、言葉の端々に棘を含ませながらつぶやいた。
すると、アシルは今度ジレットを見てくる。
「で、だ。ジレットちゃんのことは、夜会に参加してた者たちが見てる。ジレットちゃん綺麗だし、余計に気になっちゃったんじゃないかな」
「そんな、ことは……」
先ほどから、綺麗だの可愛いだの言われすぎて恥ずかしくなってしまった。思わず俯くと、アシルはくすくす笑う。
「ジレットちゃんはなーそういう反応も可愛いんだよなー。ものすごく新鮮で、僕楽しい。吸血鬼って自信家が多いから、そんなかわいー反応しないもんねー。そこも、ジレットちゃんの魅力だよ!」
「あ、あの、そ、の……」
「……アシル。やはり国外に出ようと思うのだが」
「ごめんなさいやめてください。真面目に解決策を見つけるから、ほんとそれだけはやめてください」
ジレットがウサギのようにぷるぷる震えながら顔を赤くしていると、クロードが蔑んだ目をして言い放つ。
するとアシルは、深々と頭を下げて謝ってきた。あまりの早さに、呆気にとられるほかない。
頭を上げたアシルは、はあ、と大きくため息を漏らす。
「といっても、何があるのやら。僕らがやめろっていっても、一時的なものだと思うよ? クロードも知っての通り、吸血鬼は一度興味を抱いたものに対して、すんごく執着するから。遠ざけたり守ろうとしたりするなら、余計気になっちゃうと思うんだけど」
「それをどうにかして抑えつけるのが、お前の仕事だろうが」
「機嫌悪いなぁ……落ち着こうよ」
「平穏だった日々を壊されて、苛立たない者がいるのか?」
「僕だったら喜ぶね。だって、つまんないの嫌いだし」
「……お前に聞いた私が間違っていたな」
「その通りだとも。クロードと僕の興味の対象は、まったく違うからね!」
そのやり取りを聞きながら、ジレットは困惑してしまった。
(もしかして……この問題が解決しなければ、このままお城に居続けることになるのかしら)
それは、色々な意味で嫌だった。クロードの役に立つどころか、足を引っ張っていることになるからだ。
クロードと過ごしてきて分かったが、クロードは魔道具作りや薬術など、一つの作業に集中するのが好きだった。アシルも言っていたが、興味の対象が根本的に異なるのである。
そんな彼の負担になっていることを知り、ジレットは落ち込む。
(私が奇異の目にさらされるくらいなら……まだ、なんとか)
そう。そういう目で見られたことは、今までだってあった。というより、村ではずっとそんなふうな目で見られていたのだ。なら、いまさらどうってことはなかろう。
そう思ったジレットは、クロードのほうを向き口を開いた。
「あの、クロード様……」
「なんだ?」
「私は大丈夫ですから、その方たちと話をさせてくれませんか? 話せば、興味も薄れると思うのです。この通り、私は普通なので」
「……ジレット。君に興味を持っている吸血鬼が、いったい何人いると思う?」
「……え?」
「暇なことに、あの夜会に参加した貴族の大半が、君に興味関心を抱いてしまっているんだ」
「そ、そんなにですか!?」
「ああ。書状も毎回たくさんくるし、参加してなかった地方にいる者たちでさえ、気にし始めているのが現状だ。だから、その意見には賛同できない」
思っていた以上にことが大きくなっていることに気づき、ジレットは顔を青くする。
すると、クロードが頭を抱えため息を漏らした。
「それに、悪いのはジレットだけじゃないしな……私も大いに関係している」
「だね。僕も迂闊だったなぁ……さすがに、ああなることは予想できなかった。失敗失敗」
「まったく反省していないな、お前。いい度胸だ」
「ごめんなさい反省してるから、国外に出るっていうのだけはほんとやめて!!」
二人がジレットのことを励まそうと軽口を叩き合ってくれているが、ジレットの心は晴れない。なんとかうまく笑おうとしたが、できなかった。
(クロード様に迷惑ばかりかけて……私はいったい何をしているのかしら……)
もっと上手く対処できていたら、ここまでの騒ぎにはならなかったかもしれない。そう思うと、自分のダメさが嫌になる。
手のひらをぎゅっと握り締めると、スカートにシワが寄る。
二人が話し合っているのを横目に、ジレットはしばらく落ち込んでいた。




