8話:邪竜ちゃん成長期
今日は朝から雨が降っていた。
邪竜様の恵みとも言われる春先の雨。しとしとと水桶を溜め、川の水量を増やし、畑を湿らせる雨。
だけど洞窟暮らしの僕にとってはゆううつな雨だった。
脱皮の日から、邪竜ちゃんの態度が冷たくなった。
話しかけてもつんとしているのだ。ご飯の時だけはもそもそと近づいてくるけど。
よそよそしくなった邪竜ちゃんは、なにやら洞窟の奥でごりごりと音を立てていた。
「土埃が立つから止めてよ」
『むすー』
爪で洞窟の土をひっかく姿は、まるで猫の爪とぎのようだ。
邪竜ちゃんは少し大きくなったから、ねぐらを大きくしてるのかも?
ぷにぷにのお腹も引っ込んだ。
「雨止まないなぁ」
食べるものは猪の燻製肉がまだあるし、木の実などの乾燥食料も沢山ある。
だけど春先の果物を腐って落ちてしまう前に採っておきたい。
雨の中を出かけるのはおっくうだ。服が濡れてしまうし。
ちくちくと服の袖口を縫い直していて、ふと思いついた。
僕は箱にしまい込んでいた邪竜ちゃんの皮を取り出した。
そしてそれを頭から被ってみる。
「うん。いいかも」
邪竜ちゃんの皮を外套に仕立ててみよう。
首から手の部分を使えば、そのまま着るようにもできるかも?
僕はふんふんと鼻歌しながらナイフを取り出し、皮を切り出そうとした。
皮はぐにっと歪むだけで、ナイフの刃が全く通らない。
ナイフの刃は綺麗とは言えないものの天然砥石でちゃんと研いでいるし、兎の皮くらいならするっと裂けるのに。
こんな透明で薄い皮なのに不思議だ。
鉄のナイフを使うのを諦めて、邪竜ちゃんの爪ナイフを取り出した。
すごい切れ味だけど、すごく使いにくいんだ。だって爪だし。
だけど爪ナイフならするするっと皮が裂けていく。
邪竜ちゃんの爪でハサミが作れたらいいのに。
「ふぅ。前後逆になっちゃうけど、まあいいか」
邪竜ちゃんの皮を取る時に、上から首に沿って裂いたので、切れ目は邪竜ちゃんの背中側だ。
切れ目は縫い合わせず前に持ってきたいので、前後が逆になる形となる。
縫い合わせるとしても、針が皮を通さないのだ。
「紐で前を締めるよりも、引っ掛ける方が良いかな? よしっ」
切れ目の横に爪ナイフで穴を開け、紐を通し結んでいく。
左側は紐を輪にし、右側の紐には指ほどの長さに切った木の枝をくくりつけた。
木の枝に輪を引っ掛けると、前が締められるという形だ。これを3つ作った。
外套じゃなくてコートになったけど。
着てみて、うん。ちょうどいい。
角の近くの頭の部分もちょうどフードになって被れる。
試しに外に出てみると、ちゃんと水を弾いてくれた。軽いし動きやすいし丈夫だし。
これで雨の中でも外にも出られるぞ。
「どう? 見て見て」
呼びかけたけど邪竜ちゃんは僕を無視した。
邪竜ちゃんの足元にはどんどん土が溜まっていく。
そして邪竜ちゃんはそれを片付ける気はないようだ。
僕はため息一つ付いて、溜まった土を厚く平べったい樹皮に乗せ、外へ運んで捨てていった。
10回ほど往復すると、やっと邪竜ちゃんは僕に気づいて振り向いて、顔をぎょっとさせた。
『えっち!』
「いいでしょこれ。脱皮で作ったコートだよ」
『へんたい!』
「えー? だめ? 透明でキラキラして綺麗じゃない?」
濡れた皮に土がべっとり付いてしまうかと思ったら、軽く振るだけでするりと汚れは落ちた。
邪竜ちゃんの皮コートはすごく便利だ。
邪竜ちゃんの機嫌が悪くなるけど。
「それで、なんで壁を掘ってるの? 広くしてる?」
『爪とぎ』
え? ほんとに猫みたいな理由だったの?
土の上に、白い半透明の剥げた爪が落ちていた。
僕はそれを拾って、箱の上に置いておく。これもまた後で加工しよう。
『おなかすいた』
「土埃で汚れるからまだお湯沸かしてないよ」
『おなかすいた』
「はいはい。燻製肉でも食べて待っててねお嬢様」
僕がしゃぶって噛じればずっと口の中に残る燻製肉も、邪竜ちゃんの歯ならすぐに細切れだ。
1枚じゃ満足できなくて、2枚3枚と口の中に入れていく。
「ちょっと。食べすぎないでね」
『歯がぐらぐらすゆ』
「ええ? 今度は歯の生え変わり?」
ドラゴンって歯も生え変わるの?
口の中を覗いてみたら、みっしり生えてるから、人の乳歯と違って抜けたあとでも困らなそうだ。
邪竜ちゃんは料理の準備をしていた僕に向かってぺっと歯を飛ばしてきた。
歯は透明コートで弾かれて、床をころころ転がった。
「あぶな! 止めてよ! このコート着てなかったら、歯が刺さって死んでたかもしれないからね!?」
「けひひっ」
邪竜ちゃんは僕が鍋を作っている間、横でじっと伏せて眺めていた。
大きくなったら鍋一杯で満足しなくなって、僕の分が無くなるかもしれない。
雨が止んだら、町へ出て、大きい鍋を買ってこようかな。




