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7話:邪竜ちゃん脱皮

 結局巫女服はそのまま着殺していいと言われて持たされてしまった。

 女の子に思われるし、着る機会なんてないけどね?


 そんなある日の朝。

 僕は灰の中の炭を割って削り、口の中で噛み砕いた。

 磨かれた遺品の鎧を鏡代わりにして、枝の断面を歯に擦り付ける。口の中が炭で真っ黒になった。

 昨日沸かした水で濯ぎ、細く割いた草の繊維を、歯の間に入れて磨いていく。


 ちなみに邪竜ちゃんの歯磨きは木の幹をがぶがぶ噛み付くだけなので楽そうだ。

 そんな邪竜ちゃんは、僕が歯磨きしている間、なんだかもぞもぞと頭や身体を床に擦りつけていた。


『かゆい』

「はいはいお嬢様」


 僕は黒い唾をぺっと吐き、よいしょと剣を担いだ。

 邪竜ちゃんの鱗は鋼の剣を弾いて傷一つ付かない。僕が全力で叩いてちょうどいいのだ。


「どこが痒いの?」

『ぜんぶ』


 全部って。

 村の広場で自分の炎で焼かれ続けて爛れたのかな?

 そんな様子は見当たらない。ツヤッツヤの黒曜石のような鱗をしていた。


「あぐぁぐぁ」


 ずりずりどたどた。

 洞窟内で暴れるから、土埃でくしゃみが出た。

 邪竜ちゃんの身体で床が削れてしまうのだ。その床も邪竜様が寝ていたからつやっつやなはずなんだけど。


「じゃあ、適当に打ち込むよ?」


 鋼の剣を邪竜ちゃんの身体に振り下ろす。

 グァングァンと衝撃で手が痺れる。10回。20回と打ち込んでも邪竜ちゃんは満足しなかった。

 いつもは鱗が1つ2つ剥がれて満足するはずなんだけど。

 身体中が痒いとなると、別の要因なのかな?

 うーん。人間の身体だと、ダニとかノミとか虫が原因だったりするけど、ドラゴンに虫は付かないよね。

 邪竜ちゃんの様子をよく見ると、薄っすらと頭の皮の一部が剥げていた。


「邪竜ちゃん! 擦りすぎて皮が剥けてるよ!?」

『えっち!』


 え? なんで?

 皮が剥けてるとえっちなの?

 そんな要素ある?

 なんだか見て欲しくないようなので、僕は朝の水汲みに外に出た。

 崖を下りて川に桶を突っ込む。

 視界の端にトカゲが見えたので、僕はそっと捕まえようとした。


「あ、逃した!」


 朝食にしようと思ったのに惜しいなぁ。手のひらくらい大きかったのに。

 そこでふと思い当たった。


「あ、脱皮かぁ」


 邪竜ちゃんの皮が剥けていたのは、きっと脱皮だったんだ。

 だけど脱皮って見られたくないものなのかな? ドラゴンの感覚はわからない。

 僕が水を汲んで戻っても、邪竜ちゃんはまだ「むいーむいー」と暴れていた。


「皮を剥くの手伝うよ」

『えっち!』

「いいからいいから」


 僕は邪竜ちゃんの爪ナイフを手にした。

 たかが皮だろうと、ドラゴンの皮がそこらのナイフでは切れないと思ったからだ。

 だけど邪竜ちゃんの爪ならきっと切れるはず。


「いきますよーお嬢様。動かないでねー」

「ぐるるるぅ」


 怒ってるのかなんだかわからないけど、邪竜ちゃんは伏せた格好でじっとした。

 僕はすでに皮がぺろんと剥けている部分から、そっと爪ナイフを当てていく。

 するするーっと透明な皮がさっくりと裂けていく。

 頭から首、背中、尻尾まで断つと、邪竜ちゃんは尻尾を左右にぶんぶんと振り出した。


「うわ! 危ないなぁもう!」


 僕は爪ナイフを床に置き、両手で皮の切れ目を引っ張った。

 最初は抵抗あったものの、少し剥け始めたら、びろーんと薄皮が伸びるようにぺりぺりと剥がれ始めた。


「またナイフ使うから動かないでね」

「ぎゃうぅ」


 爪ナイフで手と足の皮にさらに切れ目を入れて、晴れて邪竜ちゃんの脱皮は完了した。


「ふぅ。疲れたぁ」


 邪竜ちゃんはどたどたと洞窟から飛び出て、川にその身を投げだした。

 どうしたんだろう……。そんなに恥ずかしかったのかな。わからない。

 それにしてもこの邪竜ちゃんの皮、売れるのかな。

 服に仕立てたらすごく丈夫そうだけど、透明だからそのままじゃ使えなさそう。


「あれ? どこかで見た気がするなぁ」


 急に服にする考えなんてどうして浮かんだのだろうと思ったら、僕は祭りの時にそれを着ていたことを思い出した。

 巫女装束の上着である貫頭衣が、こんな透明な素材だった。

 邪竜ちゃんの皮で出来ていたのかぁと、巫女装束を取り出して比べてみた。邪竜ちゃんの皮の方が薄いのは、やっぱまだ若いからなのかな。


 僕が邪竜ちゃんの皮を空に透かしたりして眺めていると、水浸しの邪竜ちゃんが洞窟の入り口に現れて、僕に「ぐぁっ!」と叫んできた。

 もううるさいなぁ。


『へんたい!』

「ただの皮だよ?」


 僕がそう言うと、邪竜ちゃんはぷいと顔を背けて飛び立った。

 そしてゴリゴリゴリと幹が砕ける音が聞こえてきた。

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