6話:邪竜ちゃんは太った
「まだ僕は帰る準備してなかったんだけど邪竜ちゃん?」
僕はいつものように邪竜ちゃんに掴まれてねぐらに戻ってきたのだ。
先ほど広場で、僕は呆れながら邪竜ちゃんにお小言を言おうとしたのだった。
邪竜ちゃんは突然「帰る」と言い出し僕を掴んで飛び立った。
そのせいで、僕は豪奢な巫女装束のままだし、荷物は竜殿に置きっぱなしであった。
「にゃむにゃむ」
ずっと村の広場で寝ていたのに、邪竜ちゃんはまたねぐらでごろんと横になった。
なんだか少し大きくなってる気がする。
大きくなったというより、お腹がたぷんたぷんになったような?
「ちょっと太った?」
「ぬあ!?」
珍しく邪竜ちゃんがびくんと反応した。
そりゃあ太ってもしょうがない。食べた分はその分身体に付くんだもの。
邪竜ちゃんは邪竜山の力で、その体躯に似合わない少食でも生きていけるのだ。
それなのに、邪竜ちゃんは祭りのために潰した羊肉をばくばく食べていたのだ。
山の麓の村ではその力は弱まるとしても、邪竜ちゃんは食べすぎであった。
「薪を拾ってこなきゃ。この服で森に入って平気かなぁ」
平気なわけないのだが、裸で森に入るわけにはいかない。せめて上着だけでも脱いでいこう。
幸い巫女装束は厚い丈夫な布で出来ているようで、ちょっと草木に引っ掛けたくらいでは穴が開くようなことはなさそうだ。駆け回ったりしなければ大丈夫だろう。
今日のところは薪拾いだけして、明日にまた村へ戻ろう。
薪にするにはしばらく置いて乾燥させないといけないから、無くなる前に採っておかないといけないのだ。
僕は籠となたを手にして、若木を探す。
なぜ若木かと言うと、邪竜山の力は木々の成長も早くするからだ。
春先に生えた苗木がすぐに斧が必要なほどの太さになってしまう。
「ふぅ。枝もすぐに伸びるなぁ」
大樹の根本から伸びたひこばえや、胴吹き枝も歩くのに邪魔なので断っていく。
そして籠に入れていくと、妙な気配がした。
邪竜ちゃんがしばらくいなかったので、動物が近くまでやってきたのだろうか?
まるで狩人のように気配が薄い。僕は、なんとなく、何かが居た形跡を感じたに過ぎない。
気のせいかと思いつつも、慎重に歩を進めたら、首筋に冷たい物が当てられた。
「動くな。何者だ」
何者ってこっちの台詞なんですけど!?
狩人だってこんな邪竜様のねぐらの近くに近づかない。もちろん村の狩人のおじさんは僕の首にナイフを押し付けたりしない。
僕が恐怖で答えられずにいると、前からも人が現れた。黒い髭のおっさんだ。猟銃を腰に下げているので、やはり狩人なのだろうか?
「お嬢ちゃん。なんでこんなところにいるんだい?」
お嬢ちゃん? 邪竜ちゃんのことかな?
とちょっと考えたけど、どうやら僕のことらしい。
巫女服を着ているので、僕が女の子に見えたようだ。
「誰ですか? あなたたちは」
「それはこっちが聞いてるんだけどなぁ?」
黒い髭のおっさんは身を屈めて、僕と目線の高さを合わせて顔を覗き込んできた。
「まあいい。俺たちは見ての通り狩人だ。狩人が山に居てもおかしくないだろう?」
「村の狩人はこんな山の奥まで入りませんよ」
お前達は村の狩人ではないことを知っているぞと言ってやる。
「そうか。ということはやはりこの近くなんだな? 巫女さんよ」
「さあ何のことやら」
やはり狙いは邪竜様か。
邪竜様のねぐらに遺留品があったように、竜退治を夢見た馬鹿者は時々現れたようだ。
こいつらもきっとそういう類の者だ。
「ほう? そんな態度を取るとは命が惜しくないと?」
僕の首筋から血が滴る。
ああ、巫女服に血が付いて汚れそうだなとか、僕は呑気に思っていた。
死んだ後の僕のことを、邪竜ちゃんは食べてくれるだろうか。
それとも祭りでお腹いっぱいお肉を食べたから、もう飽きてしまってるかな。
その時、頭の中につんと痛みが走った。邪竜ちゃんからの念話だ!
『太ってない』
邪竜ちゃん。邪竜ちゃん?
助けに来てくれたわけじゃないの?
男たちが何か騒いでる。うるさい。
それよりも、邪竜ちゃんが何か僕に伝えてきているんだ。静かにしてくれ。
『太ってないもん!』
黒い身体のぷにぷにのお腹が僕の目の前に降ってきた。
「ちぃ! しまった接敵した! 散開だ! 1人でも生きて帰って伝えろ!」
邪竜ちゃんが目当てのはずの偽狩人たちは一目散にあちこちに向かって走り出した。
しかもここにいたのは2人だけではなかったようだ。茂みの奥からもガサガサと遠ざかる音が2つ聞こえた。
『痩せる!』
「あ、はい」
邪竜ちゃんはぐおおぐおおと火を吹き始めた。
ちょっと邪竜ちゃん! 森が燃える! 燃えちゃう!
しかも茂みの奥から「あちちちちっ」と叫び声が聞こえてきた! 偽狩人も燃えてる!
まあ、邪竜ちゃんを狙ってた悪者みたいだし、燃えてもいっか。
それよりも邪竜ちゃんを落ち着かせないと。森が全て邪竜ちゃんに燃やされてしまう。
幸い森の不思議パワーで、火を吹いた場所の他には炎は燃え広がっていないみたいだけど。
「ねえねえ。ついでに村まで送っていってよ。動いたら痩せるでしょ?」
『痩せりゅ!』
邪竜ちゃんは飛び立ち、村の広場にぷにぷにお腹でぽよんと着地。
村の人らはその日のうちに戻ってきた邪竜ちゃんを見て腰を抜かしていた。




